必要な魔石と悪徳刑事ですわ!
リビングに満ちた沈黙は、冷たく湿った霧のように、わたくしたちの肌に纏わりつく。そんな中、小雪さんのすすり泣く声だけが、皮肉なほど立派な調度品に反響し、彼女の孤独を際立たせています。
「……身内に、これほどまでの悪意を向けられるとは。他人事ながら反吐が出ますわ」
わたくしの言葉は、重苦しい空気の中に鋭く突き刺さりました。
叔父という男が仕掛けた罠は、暴力よりもなお陰湿です。希望をチラつかせながら、その希望そのものを重石にして、可愛らしい姪っ子を泥沼に沈めていく。
小雪さんの憔悴しきった横顔を見れば、彼女がどれほどの夜、この絶望と向き合ってきたか想像に難くありません。
(肖像画の中の小雪さん達は、あんなに幸せそうなのに……)
私は肖像画の中で静かに佇む『彼女』──メイド姿の美しいゴーレムの姿を見上げました。
その美しき守護者は、主が窮地に立たされている今も、動力不足で満足に動くことすら叶わない……あまりにも残酷な話です。
私は静かに、しかし冷徹に事態を整理するために、顔を伏せている小雪さんに問いかけました。
「……小雪さん。わたくしの胸糞の悪さを解消するためにも、一つお聞きしてもよろしいかしら」
「……はい、何でしょうか、メイカさん……」
「彼女を起動させ、維持するために必要な魔石の量は、具体的にどれほどなんですの? どの程度の質と量があれば、彼女は活動出来るのか。出来るだけ正確な数字を教えてくださいませ」
小雪さんは涙を拭い、記憶を辿るように、震える声でその絶望的な内訳を口にしました。
「そうですね……まず、『魔石のカケラ』程度では、機能を最小限に絞ったセーフモードでさえ、わずか半日。動くことは出来ず、会話を交わすのが精一杯です」
「半日……。それだけでは、何の解決にもなりませんわね」
「はい。そして『小魔石』一個で、ようやく2日。『中魔石』であれば、1ヶ月は館内であれば移動や家事など日常生活レベルの行動を維持する事ができます」
エレナが眉をひそめて、呆れたように呟きます。
「中魔石一個でたった一ヶ月!? 冗談でしょ……。中魔石なんて、中〜上級ダンジョンのボスクラスのドロップよ。それをたった一ヶ月で食いつぶすなんて、金食い虫にも程があるわ」
「……ですが」
小雪さんの瞳に、一瞬だけ、希望にも似た光が宿りました。
「もし、『大魔石』を捧げることができれば……。彼女は完全な自律稼働を取り戻し、2年間は無補給で活動を継続できます。そして、その時初めて……封印されている、戦闘モードが開放されると、彼女は話していました。
「大魔石で、2年……。それに戦闘モードの開放ですのね」
1個で数千万円の価値のある、純度や大きさが秀でた魔石が、たった2年。でも小雪さんの状況を考えると、戦闘に秀でた者が護るのは絶対条件ですので、他の魔石でお茶を濁すのはあり得ないといえます。
(……これは言い訳を考えないといけないですわね)
私の小さなマジックバッグの中に潜む、大きな石ころに思いを馳せながら、彼女たちを助けるプランを模索し始めた時、それは鳴りました。
リンゴーン
「……警察だ。通報のあった暴漢を引き取りに来た」
少し間の抜けたチャイムの後、インターフォン越しに聞こえたのは、事務的でどこか傲岸不遜な男の声。先程わたくしたちが叩きのめして転がしておいた賊を引き取りに来たのでしょう。
「ご苦労様です。ただいま門を開けましたので、そのまま左側の道を進んでください」
私たちが来訪した時と同じ案内をする小雪さんを尻目に、私は少し嫌な予感を感じていた。
「やれやれ、随分と派手にやり合ったもんだ。おい、こいつらを回収しろ」
数分後、応接間に現れたのは、安っぽいスーツをだらしなく着崩した中年刑事と、その部下でした。
彼は転がった男たちを一瞥すると、賊を捕獲するべく部下へ指示を出すと、こちらの方へのしのしと歩み寄ってきます。ですが、彼の視線は被害者である小雪さんを保護するどころか、品定めするような、あるいは嘲笑うような卑俗な色が混じっています。
(……嫌な予感が当たりましたわね。この男、正義の側に立っておりませんわ)
わたくしの直感は、最悪の可能性を告げていました。叔父という男、どうやら公的機関にまで汚い裏の手を回していたと見えます。
「さて、お嬢さん方。相手の負傷具合から過剰防衛の疑いがあるな。賊の方にも言い分があるようだし、現場検証は適当に済ませて、署でゆっくり話を聞こうか。ああ、この屋敷に隠し持っている『不法な魔石』の捜索もついでにさせてもらうぞ」
「そ、そんな!?」
「はぁ!?なんですかそれ!?その対応はおかしすぎるでしょ!」
刑事は下卑た笑みを浮かべ、震える小雪さんの腕を強引に掴もうと手を伸ばしました。適当にでっち上げた罪状と権力を盾にした、あまりにも露骨な恫喝。
これ以上、この男を好き勝手にさせるわけにはいきません。エレナさんが小雪さんを庇いながら文句を言おうとした、その瞬間。
「──ちょっと、お待ちになって!!」
わたくしは腹の底から声を張り上げ、その場を支配する腐った空気を一喝して吹き飛ばしました。
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