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まっかな白と淡い夏  作者: 紺野みつき
8/9

乾いたミイラは蘇らない3

中学に入ると、苗字で呼びあおうと提案された。優介は、僕のことを八束と呼ぶようになった。一丁前に思春期か、と思った。優介は、中学に入るとすぐに体躯が大きくなり、骨が目立ち、母親似だった目元は父親に似てきた。声変わりをして、大きくなった喉仏が邪魔なのか、学ランのホックを留めるのを極端に嫌がる。成長期が来ても、あまり身体も顔も変わらなかった僕からすれば、優介の外見の変化は大きく思える。しかし、それよりも、優介の中身の方の変化が気になった。


少し影を感じるようになった性格。母親が亡くなったから、という理由だけでは片付かない何かがあるように思えて、気がかりだった。そして、優介がクールだと女子に評されているのを聞いて、なぜ優介のSOSに気が付くことさえできない、しようとしない奴らが、性別だけで僕が超えられない壁を超える可能性を持っているんだろうと悔しさを感じていた。


「最近、なんか変わったな。」

「顔だろ。親戚に言われたよ、父さんにそっくりだって。」


目を細めて優介が笑う。笑うと目尻に浮かぶ皺は、変わらない。無理をして笑うときに、やけに綺麗に口角が上がって、綺麗に八つの歯が見えるところも。


「愛想笑いするなよ、何があった。」


僕は一歩にじり寄って、優介の首元にあるホックに触れた。すると優介は、勢いよく僕の手を振り払った。


「……ごめん、」

「謝罪なんか要らない。いいから、吐け。」


何を隠している。何におびえている。それを、僕は知りたかった。


「俺に選ばれなかったせいで、母さんは首に縄をかけて死んだ。俺は選択を間違った。」


優介は、口の中から胃液を吐いた。酸っぱい臭いがして、固形物がほとんどない中身に、僕は戸惑った。自分より大きな身体を引き寄せて抱きしめ、背中をさする。優介は、繰り返し誤って、壊れてしまいそうだった。別にゲロくらいなんともない。中身ごとでいい、全部吐いてくれ。


「選んだのは俺だ。誰のせいにも出来ないんだ。俺のせいになるんだ。過去に戻ることもできない、なかったことにできない、違う方を選びなおすことができない……俺は、どうしたらよかったの、大切にするために、大切だから選んだのに、どうして……」


最後の方は嗚咽になって、聞き取れなかった。ただ、優介が、もう何も選びたくないことだけはわかった。


「わかった。全部、僕が選んでやる。」


そう言った途端、得体のしれない快感が、うねるように沸き上がった。鳩尾あたりを圧迫されているような感覚がした。不気味な何かが、僕の中に確かにあった。その何かのせいで打ち震えないように、拳を握りしめたその日から、全てが変わってしまった。




桜の花が、ガクごと落ちていく。これは鳥が花の蜜を吸うことによって、花の付け根が弱ることが原因らしい。それを知ってからは、甘いところを吸い上げられて、打ち首にあったように落ちていく花を見ると、気持ちが萎えるようになった。祝いの花と言われるような桜が、ツバキみたいに不吉な姿で落ちていくのは、皮肉なものだと思う。


「八束君、何を見てるの?」


声をかけてきたのは、一年の時は副担任、二年では担任になった三浦だった。三浦は、口元が印象的で、安川さんに雰囲気が似ているような気がする。色素が薄い瞳も、カラーコンタクトをしているみたいだと女子に評判らしいが、僕は口元の方が気になる。


「窓の外?桜が綺麗ね。」

「そうですね。」


ここで、さっき感じていたことを言えば、中二病だとか痛いやつと思われるんだろう。適当に言葉を返すと、三浦は隣に並んだ。世間話なんか求めていないのに、なんでわざわざ隣にくるのか。人一人分の距離を取って口を噤むと、三浦は、お話しようよと拗ねるように言った。


「何か話すことありますか。」

「……中島君のこととか。」


僕が一瞬目を見開いたのを、三浦は見逃さなかったのだろう。もう一度、お話しようよと言った。緩く孤を描いた口元に、光る艶が気持ち悪い。僕は目を桜の枝にやって、動揺を悟られまいとした。


「支配と従属。それがもたらすのは、なんだろうね。」


――支配。


「私の、個人的な話をしてもいい?私ね、父親が居たの。今は離婚して、母一人子一人なんだけど。父は、お前達のためだ、そう言って金を稼いでくる。ここまではいい父親だよね。お前達のためだ、そう言って私たちの行動を強制する。お前達のためだ、そう言って手を、暴力をふるう。神経質な父の機嫌を損ねると、手を付けられなくなるの。一通り暴れた後で、私達に感謝の言葉を言わせるのよ。お前達のためだと言ってね。そう、父は、支配するのが上手かった。私達は従属するしかなかった。」


違う、僕と優介は、支配と従属なんかじゃない。僕は選んでいるだけだ。優介のために、という自分の内言が、僕の手を湿らせていく。僕の身体の中から、沸騰した蒸気が手に集まっているように思えた。その癖に手先は冷たくなって、震える。


「私の父は、私が十歳くらいの時に再婚したらしいわ。授かり婚、だったらしいと、憔悴しきった母に知らされた。この学校に就職したときに、父親の名前の病院がかかりつけだと知った、ねえ、もうわかるでしょう。」


春なのに、かじかんだ手は上手く動かなかった。


「八束君、あなた、お父さんにそっくりね。」


柔らかく歪んだ唇が紡いだ言葉は、耳に張り付いてこだました。

その日から、僕は学校に行くのを辞めた。


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