ウォートシエイラ訪問 八
毎日1000文字を目標に続きを書いています。
次回の更新は明日です。
「熊の耳? ああ、あの時の熊だね。それなら、あるよ」
工房に入り、革職人のおばちゃんに事情を説明すると、おばちゃんはすぐに俺の言っていることを汲み取ってくれた。
あの時の熊とは、俺がこちらの世界に転移して間もない頃、おっさんたちと協力して狩った巨大熊のことだ。
今となっては懐かしいが、あの時の戦闘が俺にとっての初陣になる。
「私の耳のことではなかったのか……」
待っているように言い残して奥の倉庫に向かったおばちゃんを見送りながら、結局、一緒に工房の中まで付いてきたオルツが安堵のため息を吐いた。
「俺もヒヤッとしたよ」
おっさんまで、胸を撫で下ろしている。
「お前らさぁ……。いくら必要だからって、俺が生きている獣人の耳を寄こせとか言い出す、危ない奴だと思っているのかよ?」
「……」(無言で目を逸らす)
「……」(無言で目を逸らす)
どうやら、二人は俺のことをサイコパスだと思っているらしい。
「それなら、お望み通りお前らの耳を毟り取ってやるよ」
「待て! 冗談だから! それに、俺の耳は関係無いだろ!」
「畑に植えてやるよ」
「芽なんか出てこねーよ!」
俺とおっさんが取っ組み合いをしていると、倉庫から戻ってきたおばちゃんに注意された。
「ほら。これでいいかい?」
そう言っておばちゃんが作業台の上に置いたのは、なめし作業を終えて防腐処理の施された巨大熊の頭部の毛皮だった。肝心の耳もきちんと付いている。
「頭部の損傷が酷くて、ここだけ余っていたんだよ」
「脳天をぶっ叩いてトドメを刺したからな」
『なんだか、懐かしいですね』
山田も感慨深げに感想を口にした。
『肉はご馳走になって、牙は鬼人に変装するのに使って、毛皮は炎の魔法を防ぐのに役立って、今度は耳ですか』
(熊は捨てるところが無いって言うからな)
『捨てるところが無いのは魚ですよ。アンコウとか、鮭とか……』
山田がまたどうでもいい雑学を披露し始めたので、俺は聞き流すことにして熊の毛皮を手に取り、帽子のように頭に被った。
「どうだ? 獣人に見えるんじゃないか?」
「見えない」(オルツ)
「見えねーな」(おっさん)
「見えないね」(ボルゾイ)
満場一致で、否決されてしまった。
「毛皮を頭に乗せているようにしか見えないねぇ」
おばちゃんからも駄目出しをされてしまう。
「やっぱり、このままじゃ駄目か」
だが、これで万策尽きたわけではない。
「おばちゃん、これ、カツラにできる?」
「カツラかい?」
「そう。頭にかぶったら、ちょうど熊の耳が生えているように見えるカツラを作ってほしいんだけど」
この世界にカツラが存在することについては、既に判明している。
山田の調査によると、女性の長い髪が売り物になる程度には、カツラは主に貴族の界隈では普及しているらしい。
言われてみれば、これまでに俺が見てきた貴族たちは、今にして思えば不自然なくらい、全員の頭髪がフサフサだった。
(今まで会った貴族の中にも、被っている野郎が絶対に何人かはいたよな?)
『まあ、そうでしょうね』
(次から貴族と会う時は、髪の毛を引っ張って地毛かどうかを確かめるか)
『そういうことは、やめましょうよ。デリケートな問題なんですから』
(……お前、もしかして)
『フサフサだわ!』
ムキになって反論するところが、余計に怪しい。
俺の中で山田に対する疑惑が一つ増えたが、おばちゃんが熊の毛皮を手に取ってチェックを始めたので、俺は現実に意識を戻した。
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