↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

87/88

87 第18章:影の王の誕生—

第18章 第3節


崩落した天守の窓枠から吹き込む冷たい夜風が、足元に撒き散らされた羊皮紙の書簡を乾いた音で翻していた。


石畳の上に全裸のまま打ち捨てられ、寒さと絶望に全身を震わせる闇の女・エリス。彼女が私を籠絡(ろうらく)し、他国の傀儡(かいらい)へと仕立て上げるために持参した極秘文書——そこには、ガレス=アルド帝国のみならず、サンクチュアリ王国、北方魔導連邦、そして暗黒大陸に点在する主要国家の「血統支配者(特権階級)」たちの詳細な系譜と生体データがびっしりと記載されていた。


ガレス=アルド帝国の皇帝家をはじめとする各国の王族たち。


彼らは単なる政治的権力者ではない。太古の昔から「神聖なる血脈」や「特権的魔導遺伝子」を独占し、それを維持・強化するために他領の人間をすり潰し、生体実験の検体として搾取し続けてきた支配のシステムそのものであった。


5年前、我がヴァルハイト伯爵家が夜襲され、父と母が理不尽な暴力によって殺害された真の理由。


それは単なる帝国の領土欲などではない。我が一族に脈々と流れていた「再生」という特異な血統を、各国の王族や大名たちが自らの不死と永久支配の道具として欲しがり、裏で陰惨な血の取引(オークション)を行っていたという、構造的な病巣の物理的事実に他ならなかった。


「……あ……アレン様……」


石畳に這いつくばったエリスが、か細く震える声で哀願するように私を見上げた。


「その書簡には……帝国だけでなく、サンクチュアリ王国の聖王家、黒狼公国の公爵家、そして北方連邦の長老たちの『密約』がすべて記されています……。彼らはみな……不死の鍵であるあなた様の『再生の血』を喉から手が出るほど求めているのです……!」


「……不死」


私は、拾い上げた羊皮紙の束を「死んだ目」で冷ややかに見下ろした。


医学、遺伝子工学、ならびに社会構造学における支配機構の解剖。


「血統」という名の優生学的特権思想。

自らの血脈だけを特別なものと定義し、その存続と不死のために下層の人間を家畜や検体としてすり潰す支配のシステム。


ガレス=アルド帝国の将軍ヴァルターやザハール中佐を殺し、第3師団を全滅させたところで、この「血統を誇る支配者たち」という根本的な病巣が存在し続ける限り、この世界に理不尽な惨劇と生体解剖の連鎖が絶えることはないのだ。


彼らは一人目の害獣(ヴァルター)が死ねば二人目を送り込み、一つの帝国が崩壊すれば他国の王族がその血を奪い合いに群がってくる。


「……愚問だな」


私は感情を排した、高低差のない静かな声でつぶやいた。


「なに……が……?」


「害獣(ヴァルター)の個体を一匹ずつ殺すのは、解剖学的作業として非効率的だ。……病巣を根絶するためには、毒を撒き散らしている『遺伝子の供給源』そのものをすべて分子レベルで破砕しなければならない」


パチッ……。


私の右手の指先から、赤紫色の微弱な過剰再生放電(スパーク)が走った。


私はいま保持している羊皮紙の書簡——各国の王族や大名たちの名前、居城、魔導防衛線の配置、そして彼らが抱える生体研究室の位置データに向けて、自らの高濃度過剰再生血の微粒子を染み込ませていった。


ジュゥゥゥ……。


羊皮紙の表面が過剰再生血の化学反応によって淡く発光し、そこに記載されていた数百名の王族たちの名簿が、私自身の脳内の演算領域へと「屠殺すべき解剖標本リスト」としてスキャン・同期(同期)されていった。


『ガレス=アルド帝国 第十五代皇帝 アルドガルド三世』

『サンクチュアリ王国 第一聖王子 レオリウス』

『黒狼公国 大公 ヴォルフガング』

『北方魔導連邦 十三最高長老会 全構成員』

……。


「新たなるリストの作成完了」


私の口から漏れたのは、憎悪の情でも、正義感すらでもなかった。


ただ、冷酷な解剖外科医が、次に切除すべき全身のガン細胞(腫瘍)の位置を狂いなくカルテに書き写したかのような、絶対的な無感情の宣言であった。


「ひ……ヒィィィィッ……!????」


私との肌の密着を通じてその「異常な演算処理」の気配を直感したエリスが、顔面を死人のように蒼白にさせて悲鳴を上げた。


「き……狂っている……! 貴様は……帝国だけでなく……この世界に存在するすべての『王族』と『支配者』を……全員殺し尽くすつもりなのか……!? 世界の秩序を……国家の仕組みそのものを崩壊させる気かぁぁぁっ!?」


「秩序?」


私はリストのデータを完全に脳内へ格納し、黒磁の短剣の柄を静かに握り直した。


「自らの不死のために他者の肉体をすり潰す構造を『秩序』と呼ぶのは、論理の破綻だ。……それはただの腐敗した生体ゴミの山に過ぎん」


そう。私は世界を救う「英雄」になるつもりなど一微粒子も存在しない。

かといって、王族たちの支配を受け入れ、彼らの家畜として生きるつもりも毛頭ない。


自分が「動く死体(レヴナント)」としてこの世界に存在し続けている理由。

それは、自らの手足を切り刻み、過剰再生の血を刃に変えて、この世界に蔓延する「血統という名の腐敗した支配機構」を、物理的・化学的に解剖し尽くすというただそれだけの目的のためなのだ。


「レヴナント様」


影の中から滑らかに姿を現したシルヴァが、私の背後に静かに膝をついた。


「『血統殺し(血脈解剖)』の新たなリスト……その第一項目の実行に入られますか?」


「ああ」


私は冷たい月光の下、崩落した城塞の見張り台から、第一の標的であるガレス=アルド帝国の本国首都「帝都アルドガルド」の方向を指し示した。


「まずは、我が一族をすり潰した最大の病巣……帝国皇帝と皇導魔導院の老虫(十三人委員会)どもから解剖する。……彼らの誇る『金剛の血』も『神聖なる魔導遺伝子』も、三千度の爆縮熱波と過剰再生の猛毒の前では、ただの燃えやすい有機物に過ぎんということを証明してやる」


「……御意に」


シルヴァの短い応答とともに、夜風が吹き荒れる天守の頂に、凄絶なまでの死の殺気が充満していった。


他国の思惑も、女の媚態も、王族たちの権力も、すべてはハメ殺しの解剖方程式の前には無価値なノイズ。


「血統」を誇るすべての支配者たちを屠るための新たなるリストを携え、自傷再生の暗殺者レヴナントは、世界そのものを解剖するための惨絶なる血の行軍を、いま再び開始するのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。