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88 第18章:影の王の誕生

第18章 第4節


黒鉄の峡谷を抜け、ガレス=アルド帝国本国国境の切り立った断崖の縁に、私は一人静かに佇んでいた。


振り返る視界の果て——暗雲が垂れ込めるはるか南の地平線に、かつて「白亜の城」と称えられ、この5年間にわたっては敵国第3師団の支配拠点であった旧ヴァルハイト伯爵領の全景が広がっていた。


だが、そこにあるのは、豊かな農村でも、威厳ある要塞の姿でもない。


地下主冷却炉の連鎖誘爆と、最上階での気体爆縮によって徹底的に破壊された城塞の廃墟。何千トンもの魔導コンクリートと岩盤が崩れ落ち、無残に亀裂の入った大地の亀裂からは、未だに黒々とした不気味な煙と、焦げた生体薬品の紫煙が激しく吹き上がり続けていた。


要塞の周囲を埋め尽くすのは、全滅した一千二〇〇名の帝国正規軍歩兵と、三百体の完成型不死兵士たちの挽き肉のごとき残骸。そして、城下町の関門でパニックを起こし、自国の連装魔導バリスタと過剰再生血の触媒反応によって自滅・全滅していった残存部隊の死体の山であった。


かつて、夜襲によって我がヴァルハイト一族を惨殺し、父の首を跳ね、母の肉体を踏みにじり、我が故郷を実験場へと変え果てた帝国軍第3師団。


彼らが誇った「金剛の将軍」ヴァルターも、天才生体魔導士ザハールも、その威光のすべてが、私というたった一人の自傷再生の暗殺者によって、文字通り一片の生存者すら出さずに「完全消滅」させられたのだ。


普通の世界であれば、ここは圧倒的な「カタルシス」の頂点であるはずだ。


5年間、暗闇の中で自らの手足を切り刻み、痛みの神経を焼き切り、過剰再生の血を刃へと研ぎ澄ませてきた。

その苦痛と怨念のすべてを解き放ち、両親の仇を地獄の底へと突き落とし、自分を弄んだ敵のシステムを破滅させた。


崩れ去る要塞を背にし、昇る朝焼けの赤い光を浴びながら、絶頂の復讐劇の余韻に身を震わせる。長年の重圧から解放され、胸のすくような達成感と、敵を全滅させた熱い万能感(カタルシス)に酔いしれるのが、物語における「復讐者」の姿であるはずだった。


だが——。


崩壊した故郷の残骸を「死んだ目」で見下ろす私の胸の中に去来していたのは、情熱的な歓喜や復讐の快感などでは断じてなかった。


私を満たしていたのは、完璧なまでに冷え切り、研ぎ澄まされた、絶対的な「解剖学的カタルシス」だけであった。


(第3師団全滅……処理完了。自傷再生血のエアロゾル爆縮率……計算通り九九・九九パーセント。敵生体システムの破壊効率……理想値)


そう。私にとってのカタルシスとは、熱い感情の爆発ではない。


複雑な物理・化学・解剖学の方程式を解き明かし、どれほど強大に見えた敵の軍事システムであっても、その「構造的欠陥(エラー)」を突き、自らの肉体を自爆の触媒としてハメ殺したという、完璧すぎる計算の合致(フィッティング)に対する、静かで冷酷な理知的快感に他ならなかったのだ。


「私を殺そうとしたシステムが……私の計算通りに内側から自爆し、完膚なきまでに全滅した」


私は静かに口元を歪め、感情の起伏のない声で呟いた。


「これが……『解剖』だ」


敵が強く、堅固であればあるほど。

敵が傲慢に不死の夢を語れば語るほど。

その敵自身が張り巡らせた魔法の結界や、高圧の薬品プラント、密集した兵力の「システムそのもの」を逆手にとり、ただ一つの火花(トリガー)で全滅へと追いやる。


この完膚なきまでのハメ殺し。

自らの過剰再生血という最高の毒を注ぎ込み、敵が誇る最高峰の要塞を、自分たちを焼き尽くす「巨大な自爆用密室(トラップハウス)」へと反転させて破滅させたという、絶対的な支配の快感。


仇への情念や悲しみを超越した次元に存在する、構造破壊の完璧さからもたらされる冷酷なカタルシス。


「レヴナント様……」


シルヴァが、私の横顔を見上げ、その圧倒的な存在感の前に身体を震わせた。


そこに立つのは、過去の傷に涙する悲劇の少年ではなかった。

自らの傷ついた過去すらも「自爆の動機」として計算に組み込み、壊滅した領地の惨劇を背景にしながら、一切の感情の乱れを見せずにただ冷ややかな達成感のデータを噛み締める、完全なる「解剖の悪魔」の姿であった。


「ヴァルターも、ザハールも、彼らが踏みにじったこの地も……すべては私のハメ殺しの方程式(コード)を証明するための、ただの実験材料に過ぎなかった」


私は黒磁の短剣を鞘へと収め、カチリと静かな金属音を響かせた。


壊滅した領地の煙が、朝焼けの空へと高くたなびいていく。

かつて父と母の温かな愛に満ちていた故郷は、いまや私が帝国を全滅させるための「絶望の記念碑」として、圧倒的な破滅の美しさを湛えて沈黙していた。


過去の思い出に縛られる者は、ここで足を止めるだろう。

だが、壊滅した領地を足蹴にし、完璧な解剖のカタルシスをその身に纏った暗殺者レヴナントは、立ち止まることなど微塵も考えない。


「次は……帝国本国だ」


私は一度も振り返ることなく、崩壊した故郷に完全に背を向けた。


自傷再生の血塗られた刃を手に、壊滅した領地のカタルシスを胸に秘めた少年は、帝国本国というさらなる巨大な解剖台へ向けて、どこまでも冷酷に、どこまでも圧倒的に、暗黒の歩みを進めていくのだった。

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