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82 第17章:全世界への存在誇示

第17章 第3節


ガレス=アルド帝国の最前線拠点「白亜の要塞」の崩壊、ならびに帝国軍第3師団の完全壊滅——その破天荒な報せは、帝国本国を恐怖の底に突き落としただけに留まらなかった。魔導通信の電波と密偵たちの最速の伝書鳩に乗り、その驚天動地の凶報は、大陸全土に散らばる諸国の王宮、大名の居城、そして諸侯の会議室へと、疾風のごとく駆け巡っていった。


大陸の西に位置する伝統ある大国「サンクチュアリ王国」。


その黄金の装飾が施された聖王庁の会議室では、王国の重臣たちと聖騎士団長たちが、卓上に広げられた「要塞崩壊の被害報告書」を囲み、言葉を失って凍りついていた。


「……信じられん。ガレス=アルド帝国の第3師団といえば、我が王国の聖騎士団二個師団と対峙しても一歩も引かぬ、敵の最精鋭であったはずだ」


重厚な白銀の甲冑を身に纏った聖騎士総長・レオンハルトが、震える指先で報告書を叩いた。


「あの『金剛の将軍』ヴァルターが内側から破裂して死に、生体実験の首魁ザハールが跡形もなく蒸発……さらには一千余の重装歩兵連隊が、要塞の昇降シャフトの中で骨ごと焼き尽くされただと……!? これほどの規模の軍勢を一人で消滅させるなど、神話の時代の魔神でも不可能な業だ!」


「総長、問題はそれだけに留まりません」


王国の宰相である老爵が、深々と溜息をつきながら羊皮紙の巻物を開いた。


「この大惨撃を引き起こしたのが、5年前に帝国によって滅ぼされたヴァルハイト伯爵家の遺児……アレン・フォン・ヴァルハイトであるという事実です。彼は自らの『再生』の血を猛毒に変え、物理と化学の知見をもって、要塞全体を敵ごと自爆させる密室へと作り替えたと……」


「ヴァルハイトの生き残り……! あの不死の血脈か!」


「そうです。ガレス=アルド帝国は、この5年間、不死の軍隊を完成させて諸国へ侵略の手を伸ばそうと野心を燃やしていた。……だが、彼らが踏みにじったその『血の残骸』が、いまや帝国そのものを噛み殺す最悪の怪異となって解き放たれたのです」


聖王庁の空間に、重苦しい沈黙が落ちた。


これまでサンクチュアリ王国をはじめとする周辺諸国は、帝国の圧倒的な軍事的圧力の前に平伏し、防戦一方の外交を強いてこられていた。帝国が「不死兵士」の完成に迫っているという噂は、諸国にとって夜も眠れぬ脅威であったのだ。


しかし、その帝国の威信と野望の象徴であった第3師団が、たった一人の15歳の少年の手によって、完膚なきまでに屠殺・解剖された。


「勢力図が……大陸のパワーバランスが根底から覆るぞ……!」


レオンハルト総長が息をのんだ。


「帝国はもはや、我が国へ侵略の兵を向ける余裕など存在しない。喉元に『レヴナント』という名の解剖外科医の刃を突きつけられているのだからな!」


「直ちに動くべきです!」

若き軍事参謀が立ち上がった。

「帝国が混乱に陥っている今こそ、我が王国軍を東部国境へ集結させ、失われた領土を奪還する好機! 諸侯へ動員令を打ち出すべきです!」


「待て! 早まるな!」

宰相が鋭い声でそれを制した。

「相手は帝国だけではないのだぞ! その帝国軍を一晩でハメ殺した『アレン・フォン・ヴァルハイト』……あの怪異の動向はどうなっている!?」


「は……報告によれば、彼は救出した領民すら平然と見捨て、ただ一人で帝国本国へ向けて進軍を開始したとのこと……」


「見捨てただと……? 故郷の人間すら見捨てる冷血さ……。彼はもはや人間ではない。己の肉体を自傷再生の兵器とし、敵の構造を解剖して全滅させるためだけに動く『死神』だ」


宰相の瞳に、深い恐れが浮かんでいた。


「もし……もし我々が軽挙妄動を起こし、あの少年の『解剖作業』の邪魔をしたとみなされたらどうなる? 帝国を全滅させたあの自傷再生のハメ殺しの方程式が、今度は我が王国に向けられるのだぞ……!」


諸高官たちが一斉に身震いした。


そう。世界が直面しているのは、単なる「帝国の弱体化」という政治的変化ではなかった。

人間としての情も、自らの命への執着すらも捨て去り、物理法則と化学反応の絶対的な力で一国の大軍を内側から圧殺する「たった一人の絶対の暴力」が、世界の表舞台へと躍り出たという恐ろしい現実であった。


一方、北方同盟の東部を支配する武闘派諸侯「黒狼公国」の評議会においても、同様の激震が走っていた。


「ハハハハハ! 見ろ! あの高慢ちきな帝国どもが、たった一人のガキに要塞ごと挽き肉にされたぞ!」


狼の皮を羽織った巨大な武将・黒狼公が、豪快に酒杯を叩きつけた。


「ヴァルハイトのガキだと? 面白い! 帝国が5年かけて集めた薬品と防衛結界を逆手に取り、可燃性ガスで一千の歩兵を串焼きにしたというのだからな! 魔法の威力に甘えていた帝国の腰抜けどもにはお似合いの末路だ!」


「閣下、笑い事ではありません」

傍らの参謀が真顔で進言する。

「帝国の第3師団が全滅したことにより、我が国の南部に位置する帝国の補給線は断絶いたしました。今ならば、帝国の鉱山地帯を無血で占領可能です。……しかし、問題はアレン・フォン・ヴァルハイトです」


「あのガキがどうした?」


「彼は……自らの手足を砕いて敵の関節に突き立て、自らの過剰再生血を流し込んで敵将軍を内側から爆破したと報告されています。痛みの感覚を脳からスルーし、己の生身を使い捨てのボルトとして扱う者……。あれは武人でも、戦士でもありません。生体構造の欠陥を突いてハメ殺す、完璧な『殺戮機械』です」


黒狼公の豪快な笑みが、徐々に引きつり、消えていった。


「……己の肉体を潰して……敵の関節を固定しただと……?」


「はい。彼は自らの命すら『自爆用の触媒』として計算に組み込んでいます。どれほど強大な軍勢を差し向けようと、彼の前では『自爆の火薬』へと反転させられるだけです」


「……全軍に通達しろ」

黒狼公が、重い声で命じた。

「帝国国境への進軍は一時凍結だ。……あの『動く死体』が帝国本国をどこまで解剖し尽くすか……離れた場所から静観する。絶対にあのガキの視界に入るな!」


各国の王族、大名、諸侯、そして秘密結社たち。


かつてガレス=アルド帝国の圧倒的な威圧感の前に息を潜めていた者たちが、一斉に蠢き始めていた。

しかし、彼らの動きは単なる侵略や同盟の結成ではなかった。


帝国という巨大な巨獣が、たった一人の「自傷再生の暗殺者」によって内側から惨絶に解剖されていく様を、息を殺し、震えながら見守るという——極限の警戒と恐怖による動静であった。


アレン・フォン・ヴァルハイト(レヴナント)。


彼が放った一閃の火花と、敵軍全滅という冷酷な解剖結果は、ガレス=アルド帝国の命運を狂わせただけでなく、大陸全土の国際情勢をも一瞬にして激変させていたのだった。

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