81 第17章:全世界への存在誇示
第17章 第2節
ガレス=アルド帝国の首都・帝都アルドガルドの北翼にそびえ立つ、皇導魔導院の最深部「黒磁の回廊」。
外部の光を一切遮断した漆黒の結界室の中央において、巨大な魔導水晶球が不気味な紫黒色の光を放ちながら、みしみしと音を立てて亀裂を深めていた。
水晶球を取り囲むのは、帝国の魔導研究と生体技術の頂点に君臨する「十三人委員会」の老魔導士たちであった。白銀の刺繍が施された最高級の魔導礼装を纏った彼らの顔には、普段の傲慢な笑みは失われ、ただ底知れぬ戦慄と動揺が刻み込まれていた。
「……信じがたい。あり得ん……! 5年前に完全に断絶したはずの『ヴァルハイトの血統』が、なぜ今になってこのような波長を放つ……!?」
委員長を務める老魔導士ガルブスが、枯れ木のような指先で水晶球の表面をなぞり、狂乱したように叫んだ。
5年前。
帝国軍第3師団が敢行した「ヴァルハイト伯爵邸夜襲作戦」。
それは表面上は単なる領地侵略と謀反人の処罰とされていたが、帝国の真の目的は、ヴァルハイト一族が密かに秘めていた「不死の遺伝情報——再生の血統」を奪取し、その血を引く者を一人残らず解剖台の上で搾り取ることだった。
研究を指揮していたザハール魔導中佐からは「ヴァルハイト家当主夫妻の死亡を確認。幼少の跡継ぎを含む血統の根絶、ならびに検体の完全確保」という最終報告が提出され、帝国皇導魔導院の記録簿において、ヴァルハイトの一族は「完全に断絶・消滅した」と永久に記載されていたはずだったのだ。
しかし——。
「報告いたします! 旧ヴァルハイト領の廃墟から回収された生体残留魔力の共鳴波長……データ照合が完了いたしました!」
回廊の重厚な扉を突き破るように駆け込んできたのは、魔導分析課の特務技師であった。彼は羊皮紙の記録票を震える手で呈示し、絶望的な声を張り上げた。
「波長一致率……九九・九八パーセント! 5年前、我が魔導院が極秘に採取していたヴァルハイト伯爵の遺伝子データ、ならびに『過剰再生血』の特異波長と合致いたしました!」
「な……何だと……!?」
ガルブスをはじめとする老魔導士たちが、一斉に息を呑んだ。
「さらに……波長の励起状態(活性度)の計測結果が出ました。……5年前の当主の数値を遥かに超越しております。……これは……単なる血の継承ではありません。自らの肉体を極限まで自傷し、再生速度を限界まで暴走させた者だけが放つ……『極限励起状態の再生』の波長です!」
「馬鹿な……! 極限励起だと……!? 自らの身体を自傷させて再生を暴走させているというのか!?」
ガルブスが目を見開き、自身の眉間を押さえた。
生体魔導の権威である彼らだからこそ、その事実が何を意味するかを誰よりも残酷に理解していた。
「再生」とは、本来は身体の傷を即座に塞ぎ、病を癒やすための神秘の力だ。だが、もしその力を授かった者が、自らの身体を躊躇なく切り刻み、骨を叩き折り、細胞の増殖速度を意図的に限界まで暴走させたとしたら——。
それはもはや治癒の力などではない。
受容体の許容量を超えた細胞増殖は、触れた者の細胞をガン化させ、内臓を破裂させ、生体組織を内側から崩壊させる「万物を内側からハメ殺す最悪の生体毒」へと変貌するのだ。
「生存していたのだ……。あの夜、炎の中で消息不明となったヴァルハイトの生き残り……アレン・フォン・ヴァルハイトが……!」
高官の一人が、かすれた声で呟いた。
「ザハールは奴を殺したと偽っていたのではない! ザハール自身が……5年間、奴が潜伏し、自らの肉体を凶器へと作り替えていたことにすら気づいていなかったのだ!」
5年間。
帝国が不死の夢に酔いしれ、ヴァルハイトの血をすり潰して作った生体兵器の試作品に満足していたその裏で。
暗闇の中で一人生き残っていた15歳の少年は、自らの手足を犠牲にし、前世の物理・化学・解剖学の知見を総動員して、自らの血液を帝国を殺すための猛毒へと研ぎ澄まし続けていたのだ。
「ガルブス委員長! 最上階の現場に残されていたザハール中佐の遺留品から、最後の緊急通信ログが復元されました!」
技師が魔導影鏡に映像を投映した。
画面に映し出されたのは、三千度の熱風と可燃性ガスが吹き荒れる大広間の中で、死の恐怖に顔を歪ませるザハール魔導中佐の姿。
そして、その目前に佇む、右目を生体再生で治癒させながら、感情の欠片もない「死んだ目」で仇敵を見下ろす一人の少年の姿であった。
『——お前たちが5年かけて集めた膨大な生体薬品、そしてお前たちが起動させた防衛結界……そのすべてが、お前たち自身を分子レベルで焼き尽くす「最悪の火薬」なのだ』
冷酷なまでに落ち着き払った少年の声が、黒磁の回廊に響き渡った。
『ハメ殺しの工程……完了だ』
パツン……と映像が切れ、画面が漆黒に染まった。
「ヒッ……! ぎゃあぁぁぁっ!」
映像を見つめていた若手魔導士の一人が、あまりの恐怖に腰を抜かして悲鳴を上げた。
そこに映っていた少年には、かつて彼らが実験台の上で弄んできた「被検体」としての弱々しさは微塵も存在しなかった。
怒りすら感じさせず、ただ目の前の敵を「処理すべき解剖学的ゴミ」として物理法則に従って圧殺していく、完璧な死神の姿。
「生存が発覚しただけではない……」
ガルブス委員長が、激しい寒気に震える手でテーブルを握りしめた。
「奴は……アレン・フォン・ヴァルハイトは……我が帝国が『不死の鍵』として血眼になって追い求めていた『再生の血統』そのものを、自らを殺し、自らを爆破し、我らを全滅させるための『最強の兵器』として完成させて戻ってきたのだ……!」
「ど……どうするのですかガルブス委員長!? 奴は今、旧領地を全滅させ、我が帝国の本国へと向かって進軍してきているのですよ!?」
老魔導士たちが、見苦しくガルブスの衣の裾に縋りついた。
「かつて我が帝国が奪い、弄び、すり潰したはずの『再生の血統』……その血脈の最後の生き残りが、いまや帝国そのものを解剖し、ハメ殺すために牙を剥いて向かってきているのだ……!」
消息不明であった「再生の血統」の生存発覚。
それは、不死という傲慢な夢に耽っていたガレス=アルド帝国にとって、自らが創り出した過去最大の惨劇の報いが、滅びの足音となって地平線の彼方から刻一刻と迫りつつあることを告げる、絶望の序曲であった。




