73 第15章:城塞の罠と化学爆破
第15章 第4節
主冷却炉の熱暴走を示す赤紫色の警報光が、密閉された大広間の壁面を狂ったように明滅させていた。
「止めろ……! 止めろぉぉぉっ!!」
ザハール魔導中佐の悲鳴が、重く淀んだ空気の中に響き渡る。
彼が立つ高段の主魔導制御台——そこは五年前のあの日、私の父・ヴァルハイト伯爵が領地の平和と家族の未来を信じ、最期まで誇り高く立ち塞がったまさにその場所であった。
あの夜、ヴァルターの金剛の剣によって父の首が刎ね飛ばされ、鮮血が白亜の石畳を赤く染め上げた、まさに「その点」に、いま仇敵ザハールが足を踏み鳴らし、惨めな恐怖に全身を震わせて立っていた。
「ヴァルハイトの小僧……! 貴様、狂っているのか!?」
ザハールは単眼鏡を血走った目から投げ捨て、震える手で杖を私へと向けた。
「この部屋には高濃度のエーテルとメタンガスが満ちている! 昇降シャフトにもガスが充満しているのだぞ!? ここで火花を散らせば、爆縮波が部屋を、シャフトを、そしてお前自身をも瞬時に分子レベルで蒸発させる! 貴様もタダでは済まないのだぞぁぁぁっ!!」
自分の命すら顧みない狂気。
科学者であり魔導士であるザハールだからこそ、この密室に充満する可燃性気体の密度と、それがもたらす熱化学的爆発の凄まじい物理的破壊力を、正確に計算できてしまっていた。
だが——。
父が殺されたその場所を見つめる私の「死んだ目」には、狂気の熱すら浮かんでいなかった。
私の脳内で機能していたのは、前世の熱力学、解剖学、ならびに生体自己再構築の限界計算だけであった。
(気体爆縮の瞬間温度、摂氏三千度。衝撃波速度、毎秒二千メートル。生体組織の瞬間気化率……九九・九パーセント)
「私がタダで済まない?」
私は感情を排した、静かで冷ややかな声で応じた。
「医学、ならびに私の『再生』の解剖学的定義を教えてやろう。……たとえ全細胞の九九パーセントが三千度の熱量によって瞬間気化しようとも、核となる『過剰再生因子』が宿る数グラムの肉片と血液さえ残れば、私の肉体はコンマ数秒で骨格から再構築される」
「な……ッ! 全身が吹き飛んでも……再生するだと……!? 貴様の肉体は……化け物かぁぁぁっ!!」
ザハールが絶望の悲鳴を上げる。
そう。普通の人間の人間であれば、この規模の気体爆発に巻き込まれれば即座に蒸発し、存在そのものが消滅する。
しかし、自分の肉体を「物理と化学の弾薬」として扱い、自傷再生を「自爆後の生体復元システム」として利用する私にとって、この大爆発は自分を滅ぼす災厄ではなく、敵一千人と仇敵を一度にハメ殺すための『完璧な清掃道具』に過ぎないのだ。
「レヴナント様」
私の背後に立つシルヴァが、一切の躊躇なく短剣を逆手に持ち替え、静かに目を閉じた。
「あなた様の影として……最後までお供いたします」
「シルヴァ、私の背後に影として縮こまれ。私の肉体が爆縮の初期衝撃波を物理的に遮断する『生体防波堤』となる。お前の細胞を私の再生血で包み込めば、お前を生存させる計算は成立する」
「……御意に」
私は右手に握りしめた「黒磁の短剣」の柄を固く握り直した。
短剣の刃には、私自身の過剰再生血が滴り落ち、魔導腕輪から流入する過剰な生体電流によって、不気味な赤紫色の高圧放電を激しく散らせていた。
父が殺され、母が踏みにじられた、この白亜の城の最上層。
怨嗟の言葉も、感傷の涙も、過去の思い出も、何もいらない。
ただ、敵が積み上げた身勝手な不死の夢と、押し寄せた一千の増援部隊を、物理と化学の絶対的な法則に従って、この場所で一瞬にしてハメ殺す。
「点火だ」
私の冷酷な宣言とともに。
私は黒磁の短剣を、不気味に熱を帯びた石畳——かつて父の首が落ち、血が染み込んだまさに「その場所」へ向けて、力任せに深々と突き立てた。
ガチィィィンッ!!!!
黒磁の刃と石畳が激しく激突し、暗闇の中にたった一筋の「極小の火花」が散った。
コンマ0.01秒。
そのたった一筋の物理的な火花が、大広間全体、そして昇降シャフトに満ち切っていた高濃度のジエチルエーテル、メタンガス、ならびに気化された過剰再生血の微粒子へと接触した瞬間——。
ドフッ……。
世界から、一瞬だけすべての音が消失した。
次の瞬間。
ドガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァンッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!
光と熱の地獄が、密閉された大広間の中で炸裂した。
室内を満たしていた可燃性気体が一瞬で化学連鎖重合を起こし、摂氏三千度を超える超高熱の火炎球と、音速を超える爆縮波が大広間を丸ごと呑み込んだ。
「ぎゃあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!????」
ザハール魔導中佐、そして数十人の帝国魔導技師たちの悲鳴は、物理的な爆風の圧力によって喉ごと押し潰され、かき消された。
彼らの高級な魔導官服、皮膚、筋肉、そして骨格が、熱化学爆発の三千度の熱波に晒された瞬間、炭化する暇すら与えられず、文字通り「一瞬で蒸発・気化」して空間から消失していった。
彼らが誇った魔法の防壁も、不死の研究データも、すべての慢心も、物理法則の解放の前にはただの燃えやすい有機物に過ぎなかったのだ。
さらに、大広間で発生した爆圧と熱波は、逃げ場を求めて事前に誘導しておいた「中央昇降シャフト」と「主階段」へと向けて、超高圧の熱線砲となって一気に噴射・逆流していった。
ズドォォォォォォォォォォォンッ!!!!!!
『ひぎゃあああぁぁぁぁぁっ!????』
『火が……火が降りてくるぅぅぅっ!?』
『押すな! 逃げ——』
狭い筒状の通路にぎゅうぎゅう詰めに密着していた帝国軍第3師団の増援部隊一千余名。
彼らは前にも後にも逃げることができぬまま、上層から叩きつけられた巨大な爆縮火炎の直撃を受け、昇降シャフト全体が「巨大な人間焼きの窯」へと化す中で、全員が骨ごと焼き尽くされ、一瞬で全滅した。
城全体を殺傷部屋に変え、敵の増援を管の中に誘導し、父が殺されたその場所で冷酷に火花を散らす。
暗殺者レヴナントの構築した完璧なるハメ殺しの方程式が、いまや白亜の城の最上階を絶望の爆炎で満たし、仇敵ザハールと一千の敵兵を、この世から一片の痕跡すら残さず消し去った瞬間であった。




