69 第14章:血統保持者(敵国将軍)との死闘
第14章 第5節
バチバチバチッ……と不気味な生体スパークの音が、焦土と化した制御室の中に虚しく響いていた。
「ガ……ふ……ッ……あぁぁぁ……っ……!」
内側から過剰再生の暴走を引き起こされ、全細胞が狂乱のガン化を遂げた将軍ヴァルター。その巨躯は、自らの金剛の表皮という「逃げ場のない檻」の中でみしみしと不快な音を立てて膨れ上がり、床の上にのたうち回っていた。
かつて数多の戦場をその圧倒的な武力と金剛血統の肉体で踏みにじり、五年前のヴァルハイト伯爵邸夜襲において我が父の首を刎ね、母の肉体を陸竜の巨足でペチャンコに潰させた男。
帝国軍第3師団長として絶対の権力と暴力を振るっていたその姿は、今や見る影もなく無残であった。
喉の奥で増殖した己の肉の瘤によって呼吸器官を塞がれ、目や耳から赤紫色のド黒い血液を撒き散らしながら、彼は壊れた操り人形のように指先を痙攣させていた。
「ア……アレン……ッ……待て……待ってくれ……っ!」
喉を肉の塊で潰されかけながらも、ヴァルターは肺に残された僅かな空気を力任せに搾り出し、情けない掠れ声で叫びを上げた。
かつて武人としての誇りを誇示し、我が亡き母の死ざまを狂乱の嘲笑とともに語っていた男の口から漏れたのは、見るに耐えない無惨な「命乞い」であった。
「助け……助けてくれ……ッ! 術を……この体内の増殖を止めろ……! 頼む……っ! 何でもやる……! 帝国の……帝国の暗号も、皇導魔導院の裏の生体実験データも、すべてお前に引き渡す……! ヴァルハイトの領地もお前に返してやる……っ!」
血の涙を流しながら、ヴァルターは濡れた石畳の上を這いずり、私の足元へと手を伸ばしてきた。
かつて外側からの攻撃をすべて弾き返した「絶対の肉体」は、今や内側からの猛烈な生体圧力に耐えかねて、皮膚の継ぎ目や毛穴から肉汁と体液をプシュプシュと音を立てて噴出させている。
「金も……権力も……お前が望むものなら何でも与えてやる……っ! ワシを……ワシを殺すな……っ! ワシは帝国の将軍だ……こんなところで……こんな小僧の毒などで死ぬわけにはいかんのだぁぁぁっ……!」
必死の命乞い。
自らの生への執着から繰り出される、見苦しくも生々しい懇願の言葉。
私の背後に立つシルヴァが、その醜悪な仇敵の姿を底知れぬ冷酷さと蔑みの眼差しで見下ろしていた。
普通の人間の復讐者であれば、この瞬間に激しい優越感を覚えるだろう。
自分たちを地獄へ叩き落とした仇敵が、今や自分の足元で地べたを這いずり、涙を流して命乞いをしているのだ。
「見たか! これが我ら一族を踏みにじった貴様の末路だ!」と罵声を浴びせ、己の怒りと鬱憤を晴らすために相手を責め苛み、復讐の快感に浸るだろう。
しかし——。
泥と血液に塗れて命乞いをするヴァルターを見下ろす私の「死んだ目」には、復讐の快感も、嘲笑の感情すらも一片として存在しなかった。
私の脳内で機能していたのは、流体力学、生化学、ならびに材料破壊工学に基づく「内部重合反応の最終臨界点への計算」だけであった。
(ヴァルターの体内における過剰再生血の重合率……九八パーセント。皮下圧力、限界値を突破。内臓系統の完全機能停止まで……あと3秒)
命乞いの言葉など、私にとってはシステムから発せられる無意味な「音波の雑音」に過ぎない。
「アレン……っ! 聞いているのかアレン……っ!? 答えろ……っ! ワシを助け——」
「ヴァルター」
私は感情の削ぎ落とされた、氷のように冷たい声で彼の言葉を静かに遮った。
「お前は大きな勘違いをしている」
「な……何だと……っ!?」
私は右手の黒磁の短剣を低く構え直し、命乞いをする将軍の至近距離へと一歩を踏み出した。
「私はお前に対して、怒りも、憎しみも、復讐の情すらも抱いていない」
「な……何を言って……お前の親を……お前の故郷を奪ったのはワシだぞ……っ! 復讐したくはないのか……っ!?」
「復讐とは、怒りという不確かな感情に流された人間が行う生ぬるい娯楽だ」
私は自らの左手首の傷口から過剰再生血を指先へ流し込み、それをヴァルターの額の硬化した皮膚へと一滴、静かに垂らした。
ジュッ……!
「お前が私に提示した金、権力、領地、情報……それらはすべて、前世の物理・化学の計算において、何の意味もなさない無価値な変数に過ぎん」
私の「死んだ目」が、死の直前の恐怖に凍りつくヴァルターの瞳を冷ややかに射抜いた。
「私にとってのお前は……『5年前に解剖手順を誤って打ち残した、欠陥だらけの肉と臓物の袋』だ。……解剖学者が、実験台の上の肉片の命乞いに耳を貸すと思うか?」
「ひ……ひぃぃぃぃっ……!??? 化物……! 貴様は……本物の化物だぁぁぁっ……!!」
ヴァルターの顔が、極限の絶望によって歪み切った。
彼は理解したのだ。
目の前に立つ少年には、交渉も、情けも、欲望による買収も、一切通用しないということを。
怒りすら持たず、ただ自分を「処理すべき肉の袋」として冷酷な物理法則に従って圧殺しようとしている絶対の死神なのだということを。
「ハメ殺しの工程……完了だ」
私は右足のブーツの底を、ヴァルターの喉元——内側からの過剰再生によってパンパンに膨れ上がった首筋の皮膚へと重く叩きつけた。
ドスッ……!!
「ガふっ……!???」
外部からの衝撃と、内部からの極限の生体圧力が同時に交差した瞬間。
限界を迎えていたヴァルターの体内の過剰再生血が、一気に臨界点を突破した。
パンッ……!!!!!
果実が破裂するかのような、惨たらしくも乾いた破砕音。
逃げ場を失っていた内側からの生体爆発の圧力が、私の足の踏み込みによって一気に解き放たれ、将軍ヴァルターの強靭な金剛の表皮が、内部の肉と臓物ごと完膚なきまでに破裂・崩壊した。
内側から吹き出す、ドス黒い血液と泡立った肉の塊。
外側からの刃をすべて弾き返した「絶対の肉体」を誇った帝国軍第3師団長将軍ヴァルターは、自らの体内で暴走した過剰再生の毒と、内側からの圧力によって、文字通り一瞬でペチャンコの肉片へと圧殺され、泥の中に倒れ伏した。
五年前、我が母の肉体を陸竜の巨足でペチャンコに押し潰した男が、いまや自らの過剰な生体圧力によって、全く同じ姿となって惨絶な最期を遂げたのだ。
静寂が、煙の立ち込める制御室を再び支配した。
「……見事な手際でした、レヴナント様」
シルヴァが静かに歩み寄り、血の海と化したヴァルターの残骸を見下ろした。
「命乞いすら一蹴し、情和の余地すら与えずに圧殺する……。これで、ご両親の直接の仇の一人が……この世から消え去りました」
「あぁ」
私は破裂したヴァルターの肉片から吹き出た血液を、自らの靴底で無造作に踏み荒らしながら、黒磁の短剣の血を滑らかに拭い取った。
「だが、まだ一人残っている」
私の「死んだ目」は、崩壊を始める要塞の最深部——「第1生体実験中枢」の最奥へと向いていた。
そこには、我が一族の血をすり潰し、領民たちを家畜として扱い、数多の不死兵士という歪んだ怪物を作り出した元凶——『ザハール魔導中佐』が潜んでいる。
要塞の主冷却炉の熱暴走による自爆までのカウントダウンは、残りわずか。
「行くぞ、シルヴァ。最後の解剖実験を終わらせる」
過去の思い出も、命乞いの雑音も、すべてを徹底した無感動で踏みにじりながら、暗殺者レヴナントは、全崩壊へと向かう要塞の心臓部へ向けて、最後の足踏みを踏み出すのだった。




