68 第14章:血統保持者(敵国将軍)との死闘
第14章 第4節
破砕された私の左腕の骨がヴァルターの右肘関節の隙間に深々と突き刺さり、折れ曲がった私の右脚の肉と筋組織が彼の左膝関節の裏側に喰らいついて離さない。
両者の肉体が、お互いの血液と破砕された骨格を介して解剖学的に結合された、逃げ場のない「完全密着の地獄」。
「放せ……! 放せぇぇぇっ、ヴァルハイトの化物めがぁぁぁっ!!」
金剛の将軍ヴァルターの狂乱した叫びが、狭い制御室の中に木霊する。
彼は唯一自由の利く左腕の金剛の拳を、狂ったように私の頭部と頚椎へ向けて振り下ろし続けた。
ドガァァァン! ドカァァァン!
衝撃波が鼓膜を破り、頭蓋骨が軋む。私の顔面の皮膚が弾け飛び、右の眼球が破壊されて黒い視界が半分塗りつぶされた。激痛の電気信号が脳幹を直接焼き焦がす。
普通の人間の神経系であれば、このあまりの激痛の過負荷によって一瞬で心臓が麻痺し、ショック死に至るだろう。
だが、私はその激痛の波を、意識の奥底で完璧に冷やされた「物理データ」として淡々と処理し、脳の演算領域から切り離した。
(頭蓋骨の陥没率、一五パーセント。視覚受容体の機能停止……問題ない。敵の運動軸の固定、維持率一〇〇パーセント)
「ガはぁッ……! げふぁっ……!?」
ヴァルターの喉の奥から、再びド黒い肉の泡が吹き出した。
彼が暴れれば暴れるほど、体内に残留する生体魔力が活性化し、彼の呼吸器官や肺胞に侵入した私の過剰再生血が、爆発的なスピードで周囲の細胞をガン化・過剰増殖させていくのだ。彼の肺はすでに内側から膨れ上がった己の肉によって押し潰され、金剛の胸郭の内側で絶望的な高圧の窒息状態を作り出していた。
外側からは傷一つつけられない強靭な金剛の肉体。
だがその内側は、いまや逃げ場のない「生体圧力釜」と化していた。
「終局だ、ヴァルター」
潰れた右目の奥から流れる血をそのままに、私は唯一生き残っていた右手に握られた「黒磁の短剣」をゆっくりと持ち上げた。
彼がどれほど頭部を殴りつけようと、私の右手は微動だにしなかった。
狙うは、外側からの甲冑でも硬化した表皮でもない。
私の破砕された左腕が喰い込み、皮膚と筋肉が剥き出しになって裂けている、彼の「右肘関節の可動隙間(関節包)」——その生々しい傷口の深部であった。
「な……何を……っ!?」
ヴァルターの血走った眼球が、恐怖で極限まで見開かれる。
私は黒磁の短剣の先を、あらかじめ切り裂いていた自らの右手の掌の傷口へと深々と突き刺した。
ドスッ……!
私の右手の掌から、かつてないほどの濃度の「本家の過剰再生血」が溢れ出し、短剣の黒磁の刃全体を、おどろおどろしい赤紫色の発光とともに濡らし尽くした。
生物学・生化学、ならびに魔導回路工学における最終定理。
過剰な再生魔力とは、単なる万能薬ではない。受容体の許容量を超えた瞬間、それは細胞の遺伝子コードを狂わせ、幹細胞を無限の自己複製へと暴走させる「最悪の生体過剰負荷」となるのだ。
「私の体に流れる『再生』の価値……その本質を、お前の金剛の肉体をもって証明してやる」
私は黒磁の短剣の柄を固く握り締め、ヴァルターの露出した右肘関節の隙間へ向けて、全体重と自傷再生の圧力を乗せて一気に深々と突き立てた。
ズスゥゥゥゥゥッ……!!!!!
「ぎゃあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!????」
将軍ヴァルターの口から、かつて彼が数多の戦場で踏みにじってきた犠牲者たちのそれを遥かに超える、この世のものとは思えぬ絶叫が上がった。
黒磁の短剣を通じて、彼の肘関節の肉と血管の奥深くへ、私の「極限励起状態の過剰再生血」が一気に大量流入したのだ。
バチバチバチバチバチッ!!!!!!!
ヴァルターの強靭な金剛の肉体全体が、感電したかのように激しく打たれ始めた。
彼の体内に注ぎ込まれた私の過剰再生血は、彼自身の膨大な生命力と金剛血統の魔力を触媒にして、爆発的な「連鎖的細胞狂乱(全細胞の急速ガン化と異常重合)」を引き起こしたのだ。
「あぐっ……!? 肉が……肉が体の中で……暴走するぅぅぅっ!? 止まれ! 止まれぇぇぇっ!!」
ヴァルターの悲鳴が混濁していく。
彼の金剛の表皮の下で、恐ろしい現象が巻き起こっていた。
通常であれば傷を治すはずの「回復魔導の力(再生魔力)」が、彼の体内で過剰に暴走した結果、彼の筋肉、血管、骨格、そして内臓のすべてが数十倍の質量へと異常増殖を開始したのだ。
皮下組織で急速増殖した肉の塊が、彼の強固な金剛の表皮を「内側から」猛烈な圧力で押し広げていく。
ミシミシ……バキバキバキバキッ……!!
「ぐあぁぁぁぁぁっ!???? 破裂する……内側から……破裂するぅぅぁぁっ!????」
金剛血統の最大の誇りであった「外側からのあらゆる攻撃を叩き返す絶対の表皮」。
それが今や、彼にとって最大の地獄の檻へと化していた。
外側の皮膚が硬く頑丈すぎるがゆえに、内側で爆発的に増殖した肉と血液の圧力が外へ逃げることができない。彼の内臓と骨格は、自らの硬い皮膚によって内側へ押し潰され、超高圧の「生体肉圧力」によってグチャグチャに磨砕されていく。
「これが……お前の欲した『不死の再生』の正体だ」
私はヴァルターの関節に噛み合わせた己の手足をゆっくりと解きながら、冷ややかに崩れ落ちる巨漢を見下ろした。
「治癒の力が過剰であれば、それは肉体を内側から破壊する最悪の毒となる。お前たちの帝国が血眼になって奪おうとしたヴァルハイトの血は、最初からお前たちをハメ殺すための猛毒だったのだ」
「が……はっ……あ……あぁぁぁぁ……っ……」
将軍ヴァルターの巨体が、膝から崩れ落ちた。
彼の金剛の表皮は傷一つついていない。
しかし、その表皮の内側は、過剰再生の暴走によって増殖した自らの肉と血液によって破裂し、すべての内臓が完膚なきまでに押し潰されて液状化していた。
ドスゥゥゥン……。
帝国軍第3師団長、金剛の将軍ヴァルター。
五年前、私の両親を殺し、故郷を屠殺場へと変えた最大の元凶の一人が、自らの体内で暴走した回復魔導の前に、内側から完膚なきまでに崩壊した瞬間であった。




