66 第14章:血統保持者(敵国将軍)との死闘
第14章 第2節
「死ねぃ、ヴァルハイトの残骸がぁぁぁっ!!」
要塞の制御室を揺るがす将軍ヴァルターの怒号とともに、人間ほどの大きさを誇る『金剛砕破鎚』が、空気を圧縮しながら強烈な横薙ぎで旋回した。
ドフッ——ガァァァンッ!!
回避の動作を極限まで最小限に抑えた私の右肩を、巨大な鉄鎚の側面がかすめた。たったそれだけの掠り傷にもかかわらず、金剛血統の腕力と膨大な運動エネルギーによって、私の右肩の皮膚と筋肉が一瞬で削ぎ飛ばされ、鎖骨が砕けて粉砕骨折を起こした。
普通の人間の暗殺者であれば、この一撃で上半身の骨格を破壊され、ショック死するか戦闘不能に追い込まれていただろう。
しかし——。
バキバキバキッ……!
破壊された右肩の組織から、私の過剰な再生魔力が爆発的に励起された。コンマ0.1秒。砕けた鎖骨が狂乱的な速度で結合し、削ぎ落とされた筋肉と皮膚が泡立つように再構築され、即座に元通りの可動域を取り戻した。
「ぬ……っ!? 骨ごと砕いたはずが……何という再生速度か……!」
ヴァルターの眼光に、苛立ちの影が走る。
彼は間髪入れず、自慢の金剛の肉体をもって踏み込んできた。モース硬度9に匹敵する、岩石のように硬化した褐色の拳。それが空気の壁を突き破り、私の胸郭を狙って一直線に打ち出される。
「無駄だ! 貴様がどれほど傷を治そうと、このワシの肉体には貴様の短剣など傷一つ付けることはできん!」
ガチィィィンッ!
私の右手から繰り出された黒磁の短剣が、ヴァルターの突き出した前腕の皮膚へと正確に激突した。だが、金属と金属が激しくぶつかり合う高音とともに、黒磁の刃は彼の表皮を半ミリすら削ることができず、虚しく火花を散らして弾き返された。
「ハハハハッ! 見たか! これが我が金剛血統の『絶対の肉体』だ! 外側からの攻撃など、すべて蚊の刺したほどにも感じんわ!」
高笑いするヴァルター。彼の一撃が私の腹部を捉え、背後の魔導コンクリートの壁面へと私を激しく打ち付けた。
ドガァァァンッ!
背骨が軋み、口からド黒い血液が吹き出す。
「レヴナント様……っ! 外側からの斬撃が一切通りません……!」
影から援護のタイミングを窺っていたシルヴァが、血相を変えて叫んだ。彼女の目から見れば、私の「再生」と、ヴァルターの「金剛の肉体」の殴り合いは、外傷を与えられない私がただ削られ続け、磨耗死していく絶望的な消耗戦に見えていたのだろう。
しかし——。
背後のコンクリート壁にめり込み、腹部から血を吐き出しながらも、私の「死んだ目」には、敗北の焦りなど微塵も存在しなかった。
私の脳内で急速に弾き出されていたのは、流体力学、病理学、ならびに材料破壊工学に基づいた「金剛血統の内部崩壊(ハメ殺し)の確定方程式」であった。
(外側からの物理攻撃の完全無効化……確認完了。皮下組織の金剛化構造……厚さ約三センチメートル)
私は血混じりの唾液を床に吐き捨てながら、冷ややかに思考を回転させた。
敵は自らの肉体を「傷つかない鋼鉄の城砦」だと信じ切っている。だからこそ、外側からの刃や打撃に対しては完璧な防御姿勢を取るが、自らの「体内の間隙(内部構造)」に対する攻撃という概念そのものが、彼の思考から欠落していたのだ。
物理・解剖学の真理。
どれほど外壁が堅固な要塞であろうと、内部へ直結する「給気口」と「給液パイプ」を塞ぎ、内部で爆発を起こせば、要塞は自らの強固な外壁ゆえに衝撃波と圧力を逃がすことができず、内側から完膚なきまでに破裂(脆性破壊)する。
ヴァルターの肉体における給気口と給液パイプ。
それは彼の「呼吸器官(気管・肺)」であり、彼の「口腔および消化器官」であり、そして彼の「眼球の奥の視神経孔」であった。
(内部破壊・再生トラップ……発動工程へ移行)
私はわざと左上体を開け放ち、自らの肉体を無防備に晒してみせた。
「死ねぇ、ヴァルハイトの小僧っ!」
案の定、自らの無敵性に酔いしれるヴァルターは、なんの疑いもなく私の開いた胸郭へ向けて、全体重を乗せた金剛砕破鎚を叩き込んできた。
ドスッ……ガキィィィンッ!!
凄まじい衝撃。鉄鎚の頭が私の左肋骨を数本叩き折り、左胸の肉を押し潰して深々と体内にめり込んだ。
「ハハッ! 捕まえたぞ! 肋骨ごと心臓を潰し——」
狂喜の声を上げるヴァルター。
だが、その瞬間。彼の顔から笑みが凍りついた。
めり込んだ鉄鎚を引こうとしたヴァルターの腕が、びくとも動かなくなったのだ。
「な……何……っ!?」
私は左胸の砕けた肋骨と筋肉、そして体内に残されていた過剰再生の魔力を一気に解放し、めり込んだ巨大な鉄鎚の頭を「自らの肉体と骨格の噛み合わせ」によって、物理的にロック(万力固定)していたのだ。
骨が肉を締め付け、再生した筋肉が鉄鎚の柄を強固に噛み込む。
自らを傷つけ、自らの肉体を物理的な拘束具として敵の武器と体勢を固定する——暗殺者レヴナントの「自傷再生のハメ殺し理論」。
「お前は自らの肉体を『傷つかない金剛石』だと言ったな、ヴァルター」
私の感情の削ぎ落とされた声が、至近距離でヴァルターの耳腔へ届いた。
「な……離せ! 離せぇっ! 腕を引けん……!?」
体勢を固定され、右腕の鉄鎚を私の胸の中に拘束されたヴァルター。彼が左拳で私の顔面を粉砕しようと振りかぶったコンマ0.1秒の瞬間。
私は、あらかじめ切り裂いていた自らの左手首の傷口——そこから激しく噴出する「本物の過剰再生血」を、自らの右手で力任せに受け止め、ヴァルターの開いた口と鼻孔へ向けて、至近距離から直接叩き込んだ。
バチャァァァァァッ!!!!!
「むぐっ!??? ぐ……ぁっ!???」
高濃度の過剰再生血が、ヴァルターの粘膜から呼吸器官、そして気管を通って彼の両肺へと直接侵入した。
敵国が誇る「金剛血統」の表皮は、外側からのどんな刃も通さない。
しかし、彼の肺胞、気管の粘膜、そして消化器官の内壁までもが金剛化しているわけではなかった。
内側へ流し込まれた私の「過剰血」は、ヴァルターの体内の温もりと生体魔力に触れた瞬間、コンマ数秒で狂乱的な『細胞の爆発的異常増殖(ガン化)』を引き起こした。
「ガはっ……!? げふぁっ……!??? 息が……息がぁぁぁぁっ!???」
ヴァルターが巨体を激しく痙攣させ、目を見開いた。
彼の気管の内壁が、過剰な再生魔力を受けて自らの細胞を異常増殖させ、コンマ数秒で喉の奥を巨瘤のような肉の塊で塞ぎ取ったのだ。さらに肺胞の中で増殖した肉と血液が肺を内側から圧迫し、彼の酸素供給システムを物理遮断した。
「がはっ……ぐぁっ……肉が……喉の中で……肉が沸き上がって……っ!?」
ヴァルターは鉄鎚を捨て、自らの首元を金剛の爪で狂ったように掻きむしり始めた。
外側は傷つかない金剛の装甲。
だが、その強固な装甲の「内側」で、自らの細胞と過剰再生血が狂乱し、呼吸腔と内臓を物理的に押し潰して破裂させようとしているのだ。
逃げ場のない内側の膨張圧力。
外側の皮膚が硬ければ硬いほど、内部で発生した異常増殖の圧力は逃げ場を失い、彼の内臓と血管を恐ろしい高圧で押し潰していく。
「外側が硬ければ硬いほど……内側からの破裂は凄惨なものになる」
私は胸の中にめり込んでいた鉄鎚を、再生した筋肉の圧力で強引に体外へ弾き飛ばし、血塗れの手でヴァルターの胸ぐらを掴み寄せた。
「お前が自慢したその金剛の肉体は……いまや、お前自身を内側から煮殺し、窒息させるための『開かない金庫』だ」
「がふっ……あぁぁぁぁぁぁっ……!!」
金剛の将軍ヴァルターの目から、血の涙が吹き出した。
斬撃も通さず、魔法も弾く「絶対の物理肉体」を誇った男が、自分の体内で暴走する過剰再生の毒によって、自らの喉と内臓を膨張した肉で塞がれ、地獄の苦悶とともに身悶える。
これが、刃の通らない敵に対して暗殺者レヴナントが解剖学と物理法則によって導き出した、完璧なる「内部破壊・再生トラップ」の真実であった。




