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65 第14章:血統保持者(敵国将軍)との死闘

第14章 第1節


警告音が激しく鳴り響き、蒸気と赤紫色の生体魔導薬品の煙が充満する昇降シャフトの制御室。


その歪んだ鋼鉄の扉が、外側から何の前触れもなく、まるで薄い紙くずのように力任せに打ち破られた。


バシィィィンッ!!!!


重圧な対魔導装甲扉が、爆圧すら伴って室内の壁面へと激突し、凄まじい衝撃波が部屋全体を揺らした。


跳ね飛ばされた鉄の破片が舞い散る渦中から、ゆったりとした、しかし足踏み一つで石畳を粉砕するような重厚な歩調とともに、一人の巨漢が姿を現した。


「……ほう。ギルドの泥鼠どもを片付け、地下の精錬ラインを狂わせた害虫というのは……五年前の死に損ない、ヴァルハイトの青二才だったか」


地に轟くような低い濁音。


そこに立っていたのは、帝国軍第3師団長——将軍ヴァルター。


5年前、我が白亜の城を夜襲で焼き払い、父の首を刎ね、母の肉体を陸竜の巨足の下でペチャンコに叩き潰した、すべての惨劇の直接的な実行者であった。


彼の全身を包むのは、帝国の鍛冶技師が極限の魔導鉱石を叩き上げて作った重装甲鎧。だが、その甲冑すらも彼の膨れ上がった巨躯を抑えきれず、襟元や腕の隙間からは、岩石のように硬化し、微かに金属質の鈍い光沢を放つ褐色の皮膚が覗いていた。


敵国「漆黒の処刑手」において、将軍ヴァルターの名を武人たちに戦慄をもって知らしめている最大の理由。


それは、彼が帝国最古の戦士血統——『金剛血統(ヴァジュラ・ライン)』の純血継承者であるという事実であった。


「ヴァルター大佐……いや、将軍ヴァルター……!」


私の脇で短剣を構えるシルヴァが、その圧迫感に喉を乾かせ、身体を極限まで緊張させた。


金剛血統。

我がヴァルハイト伯爵家が「細胞の狂乱的・爆発的自己再構築(再生)」を誇る血脈であるならば、ヴァルターの金剛血統は「物理的破壊そのものを無力化する、極限の生体高密度化」を誇る異能であった。


彼らの皮膚、筋肉、骨格は、成長とともに生体金属と同等の分子密度へと硬化する。斬撃は刃を叩き割り、打撃は衝撃をそのまま拡散させて吸収し、魔法の熱線すらも高密度の皮膚組織によって弾き返す。傷を「治す」必要すら存在しない、生まれながらの「絶対の生体装甲」。


「ふん、三十の影のファースト(一番)の奴め、手塩にかけて育てた商品に喉元を喰ちぎられたか。無能な裏社会の豚らしい末路だ」


ヴァルターは巨大な肩をすくめると、背中に背負っていた人間ほどの大きさを誇る巨大な『金剛砕破鎚(ウォーハンマー)』を、片手で軽々と引き抜いた。


ドォン……!


鎚の頭が床に触れただけで、強固な石畳が放射状に亀裂を走らせ、粉々に砕け散る。


「アレン・フォン・ヴァルハイト。貴様がどれほど己の肉体を切り刻み、血を撒き散らそうと……このワシの『金剛の肉体』の前には、すべての刃も毒も等しく無力だ。貴様の一族の『血』など、ワシの表皮を傷つけることすらできん」


ヴァルターの肉体から放たれる、圧倒的な質量と物理的暴力の圧力。


普通の暗殺者であれば、自らの攻撃が一切通用しない「完全無効化の肉体」を前にして絶望し、その威圧感だけで呼吸を乱して身すくみするだろう。自分の持つ「再生」という異能が、相手の「絶対硬化」という物理的装甲の前には無力であるという現実に、打つ手を失うはずだ。


しかし——。


爆風と煙の中でヴァルターを見上げる私の「死んだ目」には、一切の動揺も、恐怖の破片すら浮かんでいなかった。


私の脳内で急速に展開されていたのは、敵の圧倒的な肉体に対する恐怖などではなく、材料工学、解剖学、ならびに構造力学に基づいた「金剛血統の物理的・構造的限界の解析」だけであった。


(金剛血統……生体組織の高密度結晶化。炭素および生体鉱物の極限重合による、表皮硬度モース硬度9相当の物理装甲)


私は右手の黒磁の短剣の目打ちを静かに確認しながら、冷ややかに思考を巡らせた。


敵は自らの肉体を「傷つかない無敵の金剛石」だと信じ込んでいる。

だが、物理学と材料力学の知見から言わせてもらえば、この世に「絶対の硬度を持ち、かつ無欠点な構造物」など存在し得ないのだ。


硬度が高ければ高いほど、その物質は「靭性(粘り強さ)」を失い、特定の共振周波数や内部応力の不均衡によって、一瞬で「脆性破壊(ガラスのように粉々に砕ける現象)」を引き起こすリスクを跳ね上げる。


さらに、彼の肉体がどれほど強靭な金剛石の表皮で覆われていようとも——彼の体内にある「関節の稼働隙間」「眼球」「呼吸器官の粘膜」、そして「心臓へ血液を送り出す動脈の弁」までもが、硬化した鉱石で出来ているはずがないのだ。もしそこまで硬化していれば、彼は筋肉を動かすことすらできず、自らの心臓の鼓動によって血管を破砕させて即死する。


「無敵の装甲か」


私は黒磁の短剣の刃を、あらかじめ切り裂いていた自らの左手の傷口へ静かに滑らせた。


「敵が自らの肉体を『絶対に傷つかない硬質体』だと信じ切っていること……それこそが、私の『自傷再生のハメ殺し理論』において、最も容易に内部から爆砕できる最高の標的だ」


「何だと……?」


ヴァルターの太い眉が、不快そうにひくついた。


私の「死んだ目」から放たれる、怒りも恐怖もない無感動の殺意。それが、数々の戦場を潜り抜けてきた将軍としての彼のプライドを、無意識のうちに苛立たせたのだ。


「小賢しい小僧が……! 五年前の夜、貴様の目の前で母親の体を陸竜の脚でペチャンコに潰してやった時のことを忘れたか!? あの女の体液が破裂して弾けたあの音を、もう一度思い出させてやろうか!!」


ヴァルターが、激毒のような挑発を叩きつけてきた。


亡き母親の非道な死ざまを突きつけ、私に怒りを抱かせ、戦術を狂わせようとする武人としての揺さぶり。


だが——。


私の心拍数は一分間に六十回。完璧に一定のリズムを刻み続け、脳内の計算領域には微風一筋の乱れすら生じなかった。


「母の死……肉体の破砕音……」


私は感情の存在しない声で、静かに復唱した。


「四トンの質量による圧迫破砕。体液の爆発的流出によるショック死……ただの物理的な質量運動と生体損壊のデータだ。……それが私を動揺させる変数になるとでも思っていたのか?」


「……な……に……!?」


ヴァルターが息をのんだ。


目の前の少年が、実の母親の凄惨な死すらもただの「物理データ」として処理し、冷え切った眼光で自らの肉体(解剖学的構造)を見定めているという事実に、金剛の将軍の背筋を、初めて微かな戦慄が駆け抜けた。


「お前のその金剛の肉体……表皮の分子密度、関節の可動限界、ならびに体内の生体圧力を、いまここで解剖学的に測定してやる」


私は黒磁の短剣を低く構え、自らの左手から流れる過剰再生血を床へと静かに垂らした。


敵国が誇る最強の金剛血統の将軍と、自らの肉体を刃とする暗殺者レヴナント。


絶対の硬度と、絶対の再生。二つの相反する狂気の異能が、破滅へと向かう要塞の密室の中で、ついに正面から激突するのだった。


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