64 第13章:旧領地の地獄絵図
第13章 第5節
煙と焦臭、そして自国の自動防衛システムによって挽き肉に変えられた帝国兵たちの鮮血が充満する防衛陣地。
その残骸を踏み越え、私とシルヴァは「第1生体実験中枢」と要塞主郭を繋ぐ、最も重厚な垂直昇降シャフトの制御室へと潜入していた。
「……第1防衛線の自動砲座、全滅を確認」
シルヴァが昇降シャフトの覗き窓から下層を見下ろし、低く息を吐き出した。
「ですが、レヴナント様……上層の要塞主郭へ続くこの昇降シャフトの周囲には、まだ第2、第3の防衛線が控えています。敵の正規軍本隊である第3師団の重装甲歩兵連隊、ならびにザハール中佐が直卒する『完成型不死兵士』の近衛小隊——総勢一千以上が、要塞主郭の直下に密集陣形を敷いて待ち構えています」
「あぁ。彼らは外郭の防衛網が突破されたことを察知し、すべての防衛線を要塞内部の『極小の隘路』に集中させ、力任せの物量でこちらを押し潰す構えだな」
私は制御室のメインコンソールに刻まれた魔導配管と回路図を、前世の機械工学および建築構造学の知見で冷徹にスキャンしていった。
外部からの侵入経路を限定し、狭い通路や昇降口に全火力を集中させる。軍事力学としては極めて堅実で正しい判断だ。一千の重装甲兵と不死兵が待ち構える隘路に正面から突入すれば、いくら私の「自傷再生」の異能があろうとも、肉体を分子レベルで削り飛ばされて磨耗死する可能性が高い。
しかし、その「防衛線を内側に凝縮させた」という敵の完璧な戦術判断こそが、私の構築する最終ハメ殺し計画における『決定的な致命傷』であった。
「敵の防衛線を外側から破る必要など、最初から一切ない」
私は黒磁の短剣の先端を、制御室の壁面に並ぶ「要塞主冷却配管」と「高圧生体魔液循環パイプ」の結合弁へ向けてそっと突き当てた。
「敵はすべての兵力を内側に集めた。つまり……要塞の内部構造そのものを自爆させる仕掛けを施せば、彼ら自身が自ら逃げ場を失った密室の中で、互いの肉体と兵器を巻き込んで全滅するということだ」
「内側からの全崩壊……具体的には、どのように?」
シルヴァが問いかける。
私は冷ややかな声で、頭脳の中で組み上げられた「内側崩壊の方程式」を提示した。
「第一段階。この制御室から要塞全域へ伸びる『生体魔液循環バルブ』の安全装置を物理的に破壊する。先ほど地下水脈から注ぎ込んだ私の過剰再生血は、すでに要塞内の全冷却水と生体精錬液に混ざり合い、飽和状態に達している。圧力を一気に高めれば、要塞内のすべての配管が同時に過熱・噴出を起こす」
「……っ、過剰再生血のエアロゾル(霧)が、密閉された第2・第3防衛線へ一気に充満するのですね」
「そうだ。そして第二段階。要塞主郭の直下に位置する『主冷却炉』の緊急冷却弁を強引に閉鎖する。熱の逃げ場を失った魔導炉は、コンマ数秒で熱暴走を起こし、炉の周囲に敷き詰められた魔導結晶を一斉に誘爆(熱化学爆発)させる」
化学・エネルギー工学における「熱暴走と連鎖誘爆」のロジック。
過剰再生血が充満した密閉空間で、主冷却炉の熱暴走による超高熱と高圧の衝撃波が炸裂する。
その瞬間、第2・第3防衛線に密集していた一千の帝国兵と不死兵士たちはどうなるか。
彼らは爆風で吹き飛ばされるだけでなく、呼吸器官と皮膚粘膜から「高熱で励起された過剰再生血」を強制的に吸い込むことになる。外傷を治癒しようとする彼らの細胞は、体内で爆発的な異常増殖(ガン化)を引き起こし、筋肉と骨格が破裂して互いに押し潰し合いながら、文字通りの『自滅の肉塊』となって全滅するのだ。
「敵が防衛線を内側に固めれば固めるほど、この要塞そのものが彼らを逃がさず煮殺すための『巨大な加圧釜』として機能する」
「……完璧な……ハメ殺しの構造……」
シルヴァの口から、戦慄と歎賞の混ざり合った溜息が漏れた。
敵の猛将ヴァルター大佐、そして天才魔導士ザハール中佐。彼らがこれまで築き上げてきた堅固な要塞、厳重な防衛線、そして血の滲むような生体研究。そのすべてが、私という暗殺者の手によって、彼ら自身を屠殺するための「巨大な自爆装置」のパーツへと作り替えられていた。
「作業を開始する」
私は左手首の皮膚を切り裂き、過剰再生血の流れる自らの肉体と骨を、制御室のメインコンソールのバイパスレバーへと強引に噛み合わせ、固定した。
バキバキバキッ……!!
「ぐあ……っ……!」
激痛が神経を駆け抜けるが、私の「死んだ目」は一切の揺らぎを見せない。
自らの肉体を機械の固定具とし、体内の過剰再生魔力を直接制御回路へと流し込む。
【警告:主冷却回路の圧力異常上昇……安全弁の物理的閉鎖を確認……】
【警告:生体魔液循環ラインの過熱……連鎖反応開始まで、あと一二〇秒……】
制御コンソールの魔導ルーンが、赤紫色の不気味な警告光を激しく明滅させ始めた。
要塞の深部から、ズズズ……と地鳴りのような重低音が響き渡る。
地下水脈から吸い上げられた私の血液、そして高圧の冷却水が、要塞内部のすべての配管を激しく振動させながら、第2・第3防衛線へと向けて逆流を開始したのだ。
「……レヴナント様、上層から強力な魔導波長と、激しい足音が近づいてきます」
シルヴァが短剣を低く構えた。
「ヴァルター大佐とザハール中佐……そして彼らの近衛兵たちが、異変を察知してこの制御中枢へ降りてきます!」
「ちょうどいい」
私はバイパスレバーに噛み合わせた左腕を強引に引き抜き、肉体を急激に再生させながら、黒磁の短剣を右手で滑らかに一閃させた。
「敵の指揮官自らが、自爆する要塞の最も狭い密室へ飛び込んできてくれるというわけだ」
防衛線を内側から崩壊させる最終工作は完了した。
あとは、仇敵ヴァルターとザハールをこの爆破領域へと引きずり込み、彼らが誇った不死の夢、そして自らの肉体ごと、このかつての故郷の地底深くへ永遠にハメ殺し、埋め立てるだけだ。
「行くぞ、シルヴァ」
「……御意のままに、レヴナント様」
崩壊へのカウントダウンが刻まれる暗闇の中で、死に損ないの暗殺者レヴナントは、最後の宿敵たちが待つ昇降扉の正面へと、冷酷な殺意とともに立ちふさがるのだった。




