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61 第13章:旧領地の地獄絵図

第13章 第2節


精錬プラントの吸血パイプラインを通り、要塞の地下中枢——「第2血統解析室」へと至るダクト内部を、私は影のように這い進んでいた。


眼下に広がるのは、かつて伯爵家の地下宝物庫および兵糧庫であった広大な地下大空間。しかし今やそこは、美しい石造りのアーチが削り取られ、床一面に生体固定台とガラス製の大型培養槽が不気味に並ぶ、敵国「漆黒の処刑手」の最大規模の生体実験場へと改築されていた。


「……第189検体、生体魔力の励起率低下。適合失敗……解体処分へ回せ」


「第190検体、血統因子の導入開始。投与量を三倍に増量しろ」


白衣を纏った数十人の帝国魔導技師たちが、冷淡な作業音とともに指示を飛ばし合っている。


その生体固定台の上に束縛されていたのは、かつてヴァルハイト伯爵領の自治を支えていた領民たち——職人、兵士、そして農民の生き残りたちであった。


彼らの首筋や手足の太い血管には、太い真鍮製の吸血針が直接突き刺され、機械的なポンプの駆動音とともに血が絶え間なく吸い上げられていた。その隣では、我がヴァルハイト伯爵家の「絶対血」から精製されたという、赤紫色の不気味な液体薬品が、過剰な圧力をもって彼らの体内に無理やり逆注入されていた。


「あぁぁぁぁぁぁっ……! あぐぁぁぁぁぁっ……!」


台の上の男が、喉を破らんとばかりの狂乱の悲鳴を上げた。


無理やり注入された過剰な再生薬品が、彼の体内で凄まじい「生体拒絶反応」を引き起こしたのだ。彼の腕や首筋の皮膚が、まるで内側から風船を膨らませるように異常膨張を始め、筋肉組織がガン化して破裂していく。


「チッ……また失敗か。ヴァルハイトの血統因子は、常人の肉体では受容体のキャパシティを簡単に超えてしまうな」


魔導技師の一人が、鬱陶しそうに手帳にペンを走らせた。


「だが、ザハール魔導中佐閣下の命だ。『適合率が一パーセントでも上がれば、兵士の損耗を気にせず全員にぶち込め』とな。……次の検体を連れてこい」


作業員たちが、暴れる領民を死体のように台から引きずり下ろし、脇の回収孔(ダクト)へと投げ捨てる。回収孔の奥からは、ズリズリと肉を押し潰すような機械音が聞こえていた。適合に失敗して破裂した領民たちの肉体は、そのまま肉砕機へと投入され、次の生体薬品の培養基(培地)としてリサイクルされていたのだ。


領民たちの完全なる奴隷化。

そして、彼らを「使い捨ての生体試薬の試験体」としてすり潰す、冷酷極まりない血統研究の現実。


「……ッ……あまりにも……」


私の隣でダクトの隙間を覗き込んでいたシルヴァが、歯を強く噛み締め、呼吸を殺しながら拳を震わせていた。


暗殺者として過酷な訓練を重ねてきた彼女にとっても、同じ人間、それもかつて平和に暮らしていた領民たちが、文字通り「家畜以下の化学試薬の消耗品」としてすり潰されている光景は、精神を削り取るような苦痛であったのだろう。


「レヴナント様……彼らは……彼らは人として死ぬことすら許されずに……」


「静かにしろ」


私は声のトーンひとつ変えず、冷ややかに彼女の言葉を遮った。


私の「死んだ目」は、ダクトの隙間から眼下の実験場全体をスキャンし続けていた。


しかし、そこに浮かんでいたのは、眼下で苦しむ領民たちへの同情でも、狂気的な実験を繰り返す魔導技師たちへの怒りでもなかった。


前世の生化学、遺伝子工学、そして病理学の知見に基づく「敵の実験システムの致命的脆弱性の解析」だけだった。


(……なるほど。ザハールと魔導技師たちの行っている『血統因子の適合実験』のロジック……その根本的破綻が、これで完全に証明された)


私の頭脳の中で、敵の実験の全貌が完璧な化学構造式として解読された。


ザハールたちは、我が一族の持つ「再生」の力を、単なる『肉体を急速修復する万能のエネルギー』として誤認していた。だからこそ、そのエネルギーを常人の体内に強制注入し、過剰な再生力で傷つかない肉体を作ろうとしていたのだ。


だが、それは前世の医学で言えば「正常な細胞に、無限増殖を起こす超強力なガン遺伝子と成長因子を大量投与している」のと全く同じ行為であった。


常人の肉体がその過剰な生体エネルギーに耐えられるはずがない。適合に成功したように見える「不死兵士」の試作品たちも、実際には「体内の生体平衡(ホームオスタシス)を、極限の緊張状態で危うく抑え込んでいるだけ」に過ぎないのだ。


そして、その実態を知れば知るほど——。


この実験場全体が、私にとって「最も容易に崩壊させられる絶好の爆薬庫」であることが判明した。


(実験場の中央に位置する、巨大な生体薬品精製タンク……あの中に貯蔵されている五千リットルの試薬は、すべて『高濃度の再生エネルギーを内包した不安定な化学物質』だ)


私は懐から、自らの腕から採取した「高濃度過剰再生血」の触媒試薬を取り出した。


もし、あの中央精製タンクの内部へ、私自身の本物の血液(極限の再生励起触媒)が一滴でも混入したらどうなるか。


タンク内の五千リットルの試薬が一瞬で連鎖的な「過剰重合反応」を起こし、巨大な生体エネルギーの爆発を発生させる。その衝撃波と過剰な生体毒は、配管を伝って要塞全体の実験室、培養槽、そして『不死兵士』たちの体内へと同時に逆流する。


適合実験の場そのものが、敵を丸ごと自滅させる「巨大な生体化学爆弾」と化すのだ。


「奴らは自分たちが『不死の軍隊』を生み出すための偉大な研究を行っていると信じ込んでいる」


私は黒磁の短剣の刃をダクトの金属面にそっと触れさせた。


「だが……彼らが積み上げてきた五年間の研究データも、五千リットルの試薬も、そしてこの実験場そのものも……すべてはお前たち自身をハメ殺すための『自爆装置のパーツ』に過ぎん」


「……レヴナント様」


シルヴァが、私の冷徹な殺意の深さに戦慄しながらも、深く頷いた。


「この実験場を……破滅させるのですね」


「破滅ではない」


私はダクトの格子を外し、音もなく闇の中へ足を踏み出した。


「お前たちが奪った領民たちの血、すり潰した命、そのすべてを『毒』としてお前たちの身体へ送り返してやる。……解剖実験の立場を、いまここで逆転させてやるのだ」


領民たちの奴隷化、そして血統研究の狂気。

それらすべてを冷酷な方程式の中へと呑み込み、死に損ないの暗殺者レヴナントは、敵の心臓部である実験場の破滅へ向けて、静かにその手を伸ばすのだった。

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