↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

58/82

58 第12章:ギルド脱走と領地への進軍

第12章 第4節


暗殺ギルドの最高統括者・ファーストを自らの手で解体し、結界の制御権を強引に奪取した地下最深部の密室。


血と異臭に満ちたその空間を後にした私とシルヴァは、プラントの内部を這う排気用パイプラインを通り、ついに地上へと躍り出た。


肌を刺すような凍てつく山風が、私の頬にこびりついた乾いた血液の膜を冷たく叩く。


目の前に広がっていたのは、夜の闇の中に浮かび上がる、懐かしくも惨たらしい光景であった。


「……ここが……旧ヴァルハイト領の表……」


私の背後で、シルヴァが息を呑む音が聞こえた。


そこは五年前、私が生まれ、父が領民を慈しみ、母が庭園で花を育てていた、かつてのヴァルハイト伯爵領の中心地——「ヴァルハイト平原」であった。


しかし、かつて美しい麦畑と閑静な城下町が広がっていたその土地は、今や見渡す限りの漆黒の鉄条網と、高圧の魔導障壁によって四方に分断されていた。


緑豊かな丘陵は無残に切り崩され、何十本もの巨大な煙突から不気味な紫煙が立ち上っている。かつて領民たちが暮らしていた家々は叩き壊され、その建築資材で作られた巨大な兵舎と、大型の魔導砲座が不気味な砲身を天へと向けていた。


帝国軍第3師団前線拠点——「ヴァルハイト要塞」。


故郷の面影は、一片として残されていなかった。そこはただ、帝国軍が我が一族の血を吸い上げ、生体兵器を量産し、大陸全土へ侵略の爪を伸ばすための「屠殺と製造の前線工場」へと完全に姿を変えさせられていたのだ。


「……ひどい有様です」


シルヴァが低く呟いた。


「かつての美しい領地が……まるで、生き物の死骸を切り開いて作った巨大な兵器施設です」


「感傷は不要だ」


私は黒磁の短剣の目打ちを冷ややかに点検しながら、暗闇の中で「死んだ目」を前線の要塞群へ向けた。


「美しかった土地などという不確かな概念は、私には関係ない。……私にとってここは、前世の地理学・地形学、そしてかつての領主の記憶に基づいた『最も地形の構造を知り尽くしている最高のハメ殺しエリア』に過ぎん」


そう。帝国軍は、この土地を占領し、要塞化するにあたって一つだけ致命的な見落としをしていた。


どれほど近代的な魔導砲座を据え置き、高圧結界を張り巡らせようとも、この地の「地下水脈の走り方」「基盤岩質の脆さ」、そしてかつて私の父が秘密裏に敷設させた「城下の緊急脱出用地下回廊」の位置までは、完璧に把握しきれてはいなかったのだ。


「敵の警備配置……外郭監視塔が十六、自動追尾式の魔導探知器が三十二。さらに結界線を周回する重装歩兵部隊が二分間隔で巡回している」


私は岩陰から、前線基地の防衛網を冷徹にスキャンした。


普通の人間の侵入者であれば、これほど過密な防衛線と魔導結界を目の前にすれば、正面からの突入を諦めるか、外郭の兵士を暗殺して変装するなどの生ぬるい潜入を試みるだろう。


しかし、私はそのいずれも選択しなかった。


「シルヴァ」


「はっ」


「かつての領主館の裏手……いまは『第2兵器錬成庫』となっているエリアの直下に、古くから走る透水層の地下空洞が存在する」


私は地形の断面図を頭脳の中で完璧に展開させた。


「敵は要塞の基礎を固めるために大量の魔導コンクリートを流し込んでいるが、あの地下水脈の直上だけは、水圧の分散のためにあえて脆弱な不透過膜の構造に留めている。……構造力学上の『計算された死角』だ」


「……そこから……直接内部へ潜入するのですね」


「単に潜入するだけではない」


私は懐から、先ほどの第4生体実験プラントで奪い取った「過剰再生血の濃縮試薬」の入ったガラス瓶を取り出した。


「その地下水脈は、要塞全体の冷却魔導回路、そして兵士たちが使用する飲料水の大元へと繋がっている。……私がそこへ潜り込み、自らの『過剰再生血』を水脈に力任せに注ぎ込んだらどうなると思う?」


シルヴァが目を見開いた。


そう。要塞の内部に潜入すると同時に、基地全体の生命線である水脈へ、私の血がもたらす「過剰な再生魔力(ガン化を引き起こす生体毒)」を循環させるのだ。


基地内部で待機する数千人の帝国兵たち、そして調整中の試作型「不死兵士」たち。彼らがその水を口にし、あるいは冷却水として魔導兵器へ循環させた瞬間——要塞全体が内側から一斉に「異常増殖と組織崩壊」を起こす、巨大な毒薬の器へと変わる。


「敵は自分たちが堅固な前線基地で守られていると信じ込んでいる」


私は濡れた山風の中に、一歩を踏み出した。


「だが……かつて私が暮らしたこの土地そのものが、奴ら全員を生きたまま胃袋の中で溶かす『巨大な肉食生物の胎内』なのだ」


「……行きましょう、レヴナント様」


シルヴァが私の影として、音もなく寄り添う。


かつての故郷、かつての領地。

思い出や悲哀などという生ぬるい感情は、すでに5年前の夜の炎の中に捨て去った。


残されたのは、かつてこの土地を所有していた者としての完璧な「地形の解剖データ」と、奪い取った者たちを全滅させるための冷酷な「ハメの方程式」。


私は暗闇の中に滑り込み、かつての自分の家——今や敵の心臓部となった前線基地の地下水脈へと向けて、深々と牙を侵入させていくのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。