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57 第12章:ギルド脱走と領地への進軍

第12章 第3節


密閉された「思考封殺結界」の内部に立ち込める、濃密な血と排泄物、そして薬品の混ざり合った死の臭気。


かつて暗殺ギルド「三十の影」の頂点に君臨し、王都の裏社会を絶対的な恐怖と計算で支配していた最高統括者——一番(ファースト)の骸(むくろ)が、床の血の海の中に哀れな肉片となって転がっていた。


彼の胸郭は黒磁の短剣によって無残に切り開かれ、不死の夢を語っていたその口からは、二度と声が漏れ出ることはない。彼が最期に浮かべた表情は、支配者としての誇りではなく、己が創り出した「死に損ないの棺(レヴナント)」という狂気のシステムに完膚なきまでハメ殺されたことへの、底知れぬ恐怖と絶望であった。


【警告:結界制御主機の完全同期を確認……全権限の移行完了……】


私の左手首の生肉に強引に埋め込まれた白銀の魔導腕輪が、不気味な赤紫色の光を放ちながら、私の神経系と完全に融合した。


バチンッ……!


重厚な鋼鉄扉のロックが次々と解除され、部屋を押し込めていた絶望的な物理圧力が一気に外へと拡散していく。八人の「上位の影」の死体、そしてファーストの残骸。それらを囲んでいた「密室の檻」は、いまや私が自由に開閉し、敵を閉じ込めるための「私自身の屠殺場」へと完全に生まれ変わっていた。


「……終わったのですね、レヴナント様」


背後で黒磁の短剣を収めたシルヴァが、血の海を踏みしめながらゆっくりと歩み寄ってきた。


彼女の銀灰色の瞳には、かつて暗殺ギルドに縛られていた暗い陰りは一片として存在しなかった。自分たちを買い叩き、生体実験の材料として使い潰そうとしていたギルドのトップと精鋭部隊が全滅したという事実は、彼女にとっても長年の「呪縛」からの解放を意味していた。


「あぁ」


私は切り開かれた左手首の傷口から過剰な再生魔力を流し込み、埋め込まれた魔導腕輪を肉の皮膜で綺麗に覆い隠しながら、冷ややかに応じた。


「暗殺ギルド『三十の影』は、本日をもって完全に解体・消滅した。……私を引きずり回そうとした糸は、これで一本残さず切断された」


養殖場に投げ込まれた少年・四十二番。

ギルドの駒として刺客を送り込まれ、常に誰かの手のひらの上で踊らされているかのように見せかけられていた暗殺者。


だが、今や私を縛る組織も、私を管理する番号も存在しない。

私は自らの肉体を切り刻み、前世の近代科学知識と自傷再生の異能を融合させることで、自分を縛る全ての構造そのものを内側からハメ殺し、完全なる「絶対の自由」を自らの手で掴み取ったのだ。


「これより……どうされるのですか?」


シルヴァが問う。


ギルドが消滅し、王都の裏社会における脅威も去った。普通の人間の暗殺者であれば、このまま姿をくらまし、名を変えてどこか遠くの平和な土地で静かに暮らすという選択肢を選ぶのだろう。


しかし、私の「死んだ目」に宿っていたのは、そのような生ぬるい安寧への欲求などではなかった。


「自由を得たからこそ……表舞台の影に立つ」


私はファーストの死体の胸元から、彼が所持していた暗殺ギルドの最高機密印章と、帝国皇導魔導院との裏取引が記された「極秘暗号書」を無造作に拾い上げた。


「表の世界で栄華を誇る帝国、そして高貴な貴族ども……奴らは自分たちが安全圏に立ち、世界を支配していると信じ切っている。奴らにとって裏社会やスラム、そして生体実験場は、自分たちの手を汚さずに欲望を満たすための『都合の良い影』に過ぎない」


私は暗号書をめくり、そこに記された帝国軍高官たちの名前——そして、我が家を崩壊させた最大の元凶である『ヴァルター大佐』と『ザハール魔導中佐』の動線を冷徹に網羅していった。


「ならば、私はその『影』そのものとなって表舞台の足元に潜み続ける」


表の世界で光を浴び、高貴な理想や軍事的勝利を語る権力者たち。

彼らが踏みしめているその「影の底」に、私は絶対の殺意と物理化学的トラップを敷き詰め、いつでも彼らの足元を崩し、地獄の密室へと叩き落とせる「絶対の死神」として君臨するのだ。


「奴らが表舞台でどれほど完璧な軍隊を率いようと、どれほど堅固な城塞を築こうと関係ない」


私は黒磁の短剣を鞘へと滑り込ませ、死体転がる最深部からプラントの搬入口へ向けて足を踏み出した。


「皮膚を一枚めくれば、誰しも血と内臓を詰め込んだ肉の袋に過ぎん。表舞台の影からその解剖学的弱点を突き、お前たちが築き上げた栄華のシステムごと、一人残さずハメ殺してやる」


組織に属さない暗殺者。

誰の命も受けず、誰の理想にも踊らされず、ただ自らの冷酷な方程式に従って世界そのものをハメ殺す「絶対の個人」。


それが、自由を得た暗殺者レヴナントの辿り着いた真の到達点であった。


◇


「——おい、第4生体実験プラントからの定期通信が絶たれただと!?」


プラントの上層部、重装甲の防衛要塞の指令室。

豪華な軍服を纏い、威圧的な口ヒゲを蓄えた男——帝国軍第3師団長であり、5年前のヴァルハイト領夜襲において直接父の首を刎ねた男、『ヴァルター大佐』が、通信兵に向けて怒号を叩きつけていた。


「陸竜騎兵隊との連絡も途絶え、ギルドのファーストとの通信も途絶えた! 一体何が起きている!? プラント内部で何が起きているのだ!?」


「はっ……! 内部の生体結界が何者かによって強制書き換えされ、地下最深部との物理接続が遮断されています! 侵入者の特定は……不可能です!」


通信兵が狂乱したように叫ぶ。


「馬鹿な……! プラントは完璧な要塞だぞ!? ギルドの精鋭も、我が軍の不死兵の試作型も揃っているのだぞ!? たった一人の生き残りに……伯爵家の死に損ないごときに、破られるはずが——」


ヴァルター大佐が叫び散らかしていた。

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