53 第11章:血統(レガリア)の真実
第11章 第4節
「第4生体実験プラント」の外郭結界を潜り抜け、排気坑の不気味な微振動を頼りに地下最深部へと潜入を果たした私は、不快な薬品臭と鉄の匂いが立ち込める暗い通路を滑るように進んでいた。
かつて我がヴァルハイト伯爵家が領民たちの富のために掘り進めたはずの巨大鉱山跡。その岩肌は今や無数の魔導配管と太い給血チューブによってびっしりと覆われ、まるで巨大な肉食獣の胎内を思わせる凄惨な実験施設へと姿を変えていた。
「……レヴナント様、前方から複数人の足音と魔導波長が近づいてきます」
私の斜め後ろに潜むシルヴァが、影の中から低く警告を発した。
「歩哨ではない……生命反応が脈動し、互いに干渉し合っています」
「あぁ」
私は黒磁の短剣の目打ちを点検しながら、不気味なまでに平然とした声で応じた。
曲がり角の先、巨大な強化ガラスで仕切られた「生体培養・抽出室」の内部。そこで展開されていた光景は、シュタイン准尉の研究手記に記されていた事実をさらに裏付ける、衝撃的な現実であった。
天井から無数に垂れ下がる巨大なガラス製の培養槽。
その緑濁した培養液の中に浮かべられていたのは、実験台の衣服を着せられた十数人の人間たちであった。彼らの胸部や首筋には、極太の注射針と吸血魔導管が直接打ち込まれており、その管を通じて彼らの身体から滲み出る「淡く赤紫色に光る液体」が、中央のメイン精製タンクへとひっきりなしに集められていた。
「……なっ! あの培養槽の中にいる者たち……」
シルヴァが影の中で大きく呼吸を乱した。
そう。そこに閉じ込められ、生きたまま「血」を絞り取られていたのは、単なるスラムの哀れな犠牲者や領民たちではなかった。
彼らの顔立ち。鋭い目元、独特の骨格、そして培養液の微振動に伴って不気味に明滅する、過剰な生体復元パラメータの魔導波長。
彼らは——私以外の「ヴァルハイト伯爵家の血統保持者(血族の生き残り)」たちだった。
五年前の夜襲。白亜の城が陥落した際、本家の血筋だけでなく、領内に散らばっていた分家筋や、ヴァルハイトの血を引く異母兄弟、遠親の子供たちまでもが、敵国「漆黒の処刑手」の手によって徹底的に拉致され、生捕りにされていたのだ。
「ヴァルハイトの『再生』の因子は、純系本家において最も高く発現するが、分家筋や血統保持者の個体においても、一定の希釈率で体内に残留する……」
私は培養槽の表面に刻まれた識別プレートの文字を、前世の生物学・生化学の知見を交えて冷徹に読み解いていった。
『検体番号:ヴァルハイト-β-04(分家筋・14歳・因子保持率22%)』
『検体番号:ヴァルハイト-β-09(異母妹筋・11歳・因子保持率38%)』
『検体番号:ヴァルハイト-γ-02(遠親・19歳・因子保持率15%)』
ガラスの向こう側で、管を繋がれたまま生体抽出の激痛に身悶える幼い少女や若い男たち。
彼らは5年間もの間、死ぬことも許されず、体内の血液が再生しては搾り取られ、再び再生しては吸い上げられるという、永遠の地獄——まさに「生きた精錬プラントの部品」として飼い殺されていたのだ。
「……生き残りが……あなた以外にも、こんなに……っ!」
シルヴァの声には、哀痛と戦慄が混じり合っていた。
暗殺者として生きてきた彼女であっても、同族が言葉通りの「生体エネルギーの家畜」として扱われているこの惨劇には、強い衝撃を禁じ得ないようだった。彼女の瞳は自然と、私の顔へと向けられた。
血を分けた親族。かつて屋敷や領内で顔を合わせたかもしれない幼い弟妹や従兄弟たち。
彼らが目の前で生の尊厳を削り取られ、生体電池として使い潰されている。
普通の人間であれば、この光景を目にした瞬間、感傷と涙を溢れさせ、「今すぐ助け出してやる!」と激昂してガラスを叩き割るだろう。肉親の絆を思い出し、彼らを救出するための無謀な突入を試みるはずだ。
しかし——。
強化ガラスの前に立つ私の「死んだ目」には、涙の一滴すら浮かんでいなかった。
胸の奥底を覗き込んでも、激しい動憤も、肉親への情愛の欠片すら沸き起こらなかった。
両親が惨殺され、母親が陸竜の巨足の下でペチャンコに潰されたあの日、私の心から「血縁への愛着」や「共感」という機能は完膚なきまでに削ぎ落とされていたのだから。
(血統保持者たちの生き残り……個体数十二。因子保持率は平均十五から三十パーセント)
私の脳内で展開されていたのは、身内を救い出すための情に流された救出劇の計算などではなく、完璧に冷え切った「物理化学的な利用価値の算定」だけであった。
(彼らがこのプラントの中心で『過剰な再生血』を絞り取られ続けているという構造……それ自体が、ザハールとヴァルターの仕掛けた巨大な要塞における、最大の『崩壊の起点』だ)
そう。私は彼らを「救うべき哀れな肉親」としては見なかった。
敵の本拠地を内側から丸ごと崩壊させ、仇敵たちを地獄へ叩き落とすための「超高濃度の生体化学爆弾の起爆剤」として認識したのだ。
「……レヴナント様?」
私のあまりにも静かな横顔に、シルヴァが戸惑いの声を上げた。
「救出は……なさらないのですか? 彼らは、あなたの血を分けた一族の者たちです……」
「救出?」
私は冷ややかに首を振った。
「くだらない。この厳重な要塞の最深部から、弱り切った十二人の人間を安全に連れ出すなど、物理的・兵術的に不可能な選択肢だ。そんな生ぬるい感傷に囚われれば、全員が背後から魔導砲で撃ち抜かれて全滅する」
「ですが……彼らをこのまま見捨てるというのですか……!?」
「見捨てるのではない」
私は黒磁の短剣の尖端で、培養槽と中央精製タンクを繋ぐ吸血魔導管のジョイント部分を冷酷に指し示した。
「彼らを生かすための『道具』として使うのだ」
「……ッ!?」
私の意図を察したシルヴァが、息をのんだ。
敵のザハール魔導中佐は、彼ら血統保持者から絞り取った「薄まった血」を化学的に精製し、不死兵の量産やプラント全体の防衛結界の動力源として利用している。
ならば、もし私がこの中央精製タンクの中に、私自身の「本家の高濃度・極限励起状態の過剰再生血」を流し込んだらどうなるか。
薄まった希釈血液で危うく維持されていたプラントの生体回路へ、私が持つ「本物の過剰再生の毒」が一気に逆流する。
タンク内で混合された血液は一瞬で狂乱的な細胞異常増殖を引き起こし、配管を破裂させ、これに接続されている試作型「不死兵」たちの体内を内側からガン化させて破裂させる。そして、培養槽の中にいる血統保持者たちもまた——私の過剰な再生魔力と共鳴し、その細胞を狂乱させて自滅するか、あるいは一気に拘束を打ち破る爆発的な生体エネルギーの暴走体へと変わるのだ。
「彼らがどれほど哀れであろうと、どれほど私と血が繋がっていようと関係ない」
私は黒磁の短剣を構え直し、ガラスの向こうで蠢く一族の残骸を冷ややかに見下ろした。
「人間はただの肉と臓物の袋だ。そして、彼らが抱えている『血』もまた、敵をハメ殺すための化学物質に過ぎん。……彼らの苦痛と存在そのものを、ザハールとヴァルターを地獄へ叩き落とすための最大の毒薬へと昇華させてやる」
感傷的な救出劇など、この暗黒の暗殺劇には最初から存在しない。
自分の肉体すらも刃とし、血分けた肉親の存在すらも冷酷な「ハメ殺しの罠の材料」として使い潰す。
「見ていろ、ザハール。ヴァルター」
私の「死んだ目」に、漆黒の殺意が宿った。
お前たちが5年間かけて集め、絞り取り、不死の夢を託したこの「血統保持者たちの部屋」こそが、お前たちの要塞を丸ごと破滅させる最悪の屠殺場となるのだ。
冷たい暗闇の中で、私は中央精製タンクへのアプローチを開始した。
自分以外の血統保持者たちの存在すらも冷酷な方程式へ組み込み、暗殺者レヴナントの反撃の牙が、ついに敵の本丸の心臓部へと深々と突き立てられようとしていた。




