52 第11章:血統(レガリア)の真実
第11章 第3節
シュタイン准尉の残した極秘研究手記を灰へと変えた後、私とシルヴァは旧ヴァルハイト領の深部、切り立った崖と鬱蒼たる針葉樹林に囲まれた「第4生体実験プラント」の周辺警戒区域へと侵入していた。
夜霧が濡れた針葉樹の葉を濡らし、静寂を深めていく。だが、その静寂の底には、地下深くに建設された施設から吐き出される巨大な魔導排気塔の鈍い振動音と、異質な魔導薬品の匂いが不気味に漂っていた。
「……レヴナント様、見てください」
岩陰に伏せたシルヴァが、暗視魔導鏡を覗き込みながら低く緊張した声を漏らした。
谷の底、厳重な鉄条網と高圧魔導結界に囲まれた巨大なプラントの全貌が見下ろせる位置に、私たちは辿り着いていた。そこはかつて、我がヴァルハイト伯爵家が領民たちのために開削した鉱山跡地であった。だが今や、その美しい山肌は削り取られ、無数の監視塔と大型の自動魔導砲座が並ぶ、敵国「漆黒の処刑手」の軍事要塞へと姿を変えていた。
そして、プラントの敷地内に蠢くものの影。
それは、単なる敵国の正規兵や特務部隊の兵士だけではなかった。
「……あれは……人感反応が異常です。生命反応の波長が狂っている……!」
シルヴァの言葉通り、監視塔の明かりに照らし出された歩哨たちの動きは、明らかに異常だった。
黒い重装甲を纏った兵士たち。その歩調は狂いなく均一だが、関節の曲がり方や踏みみ出す足取りには、人間のしなやかさが欠落していた。時折、監視塔の光が彼らの兜の隙間を射抜くと、そこに覗く皮膚は土気色に変色し、血管が紫黒色のミミズのように太く浮き出ているのが見て取れた。
「『不死兵士(不死兵)』の試作型か」
私は黒磁の短剣の柄に指を添え、冷ややかに呟いた。
シュタイン准尉の研究手記から解読した情報、そして眼下に広がる実験プラントの光景。それらが完璧に噛み合い、敵国——帝国皇導魔導院が企てる「不死兵士の量産計画」の全貌が、私の脳内で鮮明な図面として完成を見せていた。
帝国が推し進めるこの計画の根幹は、極めて単純であり、それゆえに狂気に満ちていた。
人間の兵士に対し、あらかじめ痛覚遮断の魔導処置を施し、その上で我がヴァルハイト伯爵家から強奪した「絶対肉体血統因子」を人工的に精製した『生体再生触媒』を継続的に投与・定着させる。
そうして生み出された「不死兵」は、戦闘において驚異的な性能を発揮する。
心臓を穿たれようが、腕を斬り落とされようが、あるいは爆風で体表の半分を吹き飛ばされようが、体内の過剰な再生エネルギーによってコンマ数秒で肉体が再構築され、即座に戦闘を続行する。恐怖を感じず、痛みに怯まず、弾薬が尽きるまで、あるいは自らの肉体が完全に分子レベルで消滅するまで戦い続ける「動く肉の兵器」。
(一人の熟練兵士を育てるには、数年の歳月と莫大なコストがかかる。だが、死なない肉の袋に武器を持たせれば、損耗という概念そのものが戦場から消滅する)
前世の軍事史や総力戦の知見に照らし合わせても、その軍事的価値は測り知れなかった。
兵力補充の必要がなく、負傷兵の衛生管理や後送コストも不要。ただ戦場へ投下し、敵を殺し尽くすまで突撃させ続ければいい。帝国がこの「不死兵」の量産化に成功すれば、大陸全体の軍事バランスは一瞬で崩壊し、あらゆる国々がこの肉の暴虐の前に屈することになるだろう。
そして、その不死兵士を生み出すための「原材料」として使われていたのが——。
「……あそこに引かれていく集団は……」
シルヴァの指差す先、プラントの裏手に位置する搬入口。
そこには、太い鉄の鎖で繋がれた数百人におよぶボロ布を纏った人々が、鞭で打たれながら地下へと連行されていく光景があった。
痩せこけた体、絶望に光を失った目。
彼らは、かつて我がヴァルハイト伯爵家に仕えていた領民たちの生き残り、そして近隣の村々から攫われてきた人々だった。
帝国は、我が一族の「再生」の血統因子を人間へ定着させる適合実験の「実験台(使い捨ての素体)」として、旧ヴァルハイト領の人間たちを片端から捕らえ、プラントへ投げ込んでいたのだ。
適合率が低ければ、肉体が過剰再生を起こしてガン化し、苦悶の末に肉の塊となって破裂する。適合したとしても、自我を破壊され、土気色の皮膚を持つ「不死兵」の試作品として監視塔に立たされる。
領民たちを人としてではなく、ただの「生体実験の消耗品」としてすり潰す工場。
「……ひどすぎる……」
シルヴァが歯を喰いしばり、拳を強く握りしめた。彼女の胸の中に沸き起こったのは、同じ人間としての激しい憤りと、この理不尽な惨状に対する強い痛憤だった。
だが——。
その惨状を見下ろす私の「死んだ目」には、怒りの熱量も、涙の一滴すら浮かんでいなかった。
私の脳内で展開されていたのは、感情的な憤怒などではなく、冷酷なまでの「敵の戦術構造と物理的弱点の解析」だけであった。
(なるほど。完璧な不死兵の量産計画……一見すれば隙のない完璧な軍事システムに見える)
私は暗闇の中で口元を微かに歪めた。
(だが、化学と解剖学の知見から言わせてもらえば、この計画は根本的な『構造的破綻』を孕んでいる)
敵国の魔導技師たち——そしてプラントの統括者であるザハール魔導中佐は、我が一族の「絶対血」を、自らの軍隊を強化するための最高の『補強剤』として捉えている。
しかし、彼らが定着させようとしているその「再生の魔力」は、もともと常人の肉体が受け止めきれるような生体エネルギーではないのだ。
常人の細胞に我が一族の過剰な再生因子を注入すれば、それは常に「がん化・異常増殖を起こす一歩手前」の極限状態のバランスで危うく維持されることになる。ほんのわずかな生体平衡の乱れ、あるいは外部からの魔導干渉によって、その「不死」のバランスは一瞬で崩壊し、狂乱的な『過解体・全身腫瘍化』の爆発へと転じる。
つまり、敵が作り出した「不死兵」の群れとは、不死の兵士などではなく——自らの体内に膨大な過剰生体エネルギーという火薬を抱え込んだ、動く『生体爆弾の群れ』に過ぎないのだ。
「敵は自分たちが完璧な不死の兵団を手に入れつつあると信じ込んでいる」
私は低く冷ややかな声で、シルヴァへ告げた。
「領民すり潰し、一族の血を抽出し、死なない兵士を作って大陸を支配する……それが奴らの描いた最高のシナリオだ」
「レヴナント様……」
「だが、奴らは知らんのだ。自分たちが作っているものが、自分たちの組織と施設を根こそぎ内側から破裂させる『最悪の毒』であるということに」
私がプラントへ乗り込み、自らの肉体を切り裂いて「本物の過剰血」を散布した時、あるいはプラント内部の再生触媒タンクを爆破した時——何が起きるか。
適合処理を施された試作型の不死兵たちは、一斉に体内の再生魔力を暴走させ、全身の細胞を異常増殖させて自滅する。一人ひとりが肉の爆弾となって弾け飛び、プラント内部は自らが作り出した生体毒によって、完璧なハメ殺しの屠殺場へと変貌するのだ。
「計画の全貌は把握した」
私は黒磁の短剣を静かに握り直した。
「敵国の欲しがった『不死兵士の量産』……その狂気の夢ごと、プラントの中で全員をハメ殺してやる」
怒りも、正義感も、悲哀もない。
ただ、敵が組み上げた過酷な侵略計画そのものを逆手に取り、絶対の物理化学的計算によって内側から崩壊させる。
不死という幻想に酔いしれる敵国の要塞へ向けて、死に損ないの暗殺者レヴナントの牙が、いまや完璧なハメの方程式を携えて、静かに伸ばされていくのだった。




