50 第11章:血統(レガリア)の真実
第11章 第1節
崩落した数千トンの岩塊と燃料空気爆薬の追爆によって、「蛇谷の狭間」に展開していた最強の陸竜騎兵隊は全滅した。生存者はゼロ。証拠も残らず、最強の生体兵器群と重装甲の騎兵たちは完全に灰へと変貌した。
しかし、私の冷徹な計算はそこで止まっていなかった。
「蛇谷の狭間」の壊滅劇が起きた直後、国境線の「第4生体実験プラント」と通信網を繋いでいた連絡用前哨陣地——そこには、陸竜騎兵隊全体を統括していた実戦指揮官である『シュタイン准尉』が、部下の帰還を待つために単独で詰めていた。
プラントから離れた前哨陣地のテント。
私は気配を殺し、音もなくテントの布幕を潜り抜けた。
「……遅いな。ドルザの隊が戻る時間なはずだが……」
机の上の魔導通信機を前に、腕を組んで眉間を寄せていたシュタイン准尉が、わずかな風の揺らぎに気づいて振り返った。
その視線の先に立っていたのは、返り血と煤にまみれ、死んだ目を冷ややかに光らせた十五歳の少年——レヴナントだった。
「なっ……貴様は……!?」
シュタインが反射的に腰の魔導銃に手をかけようとしたその瞬間。
シュッ!
音すら置き去りにする超近接の踏み込み。私の右手に握られた黒磁の短剣の切先が、彼の魔導銃を握る右手の親指の付け根——腱と神経の隙間を正確に穿ち、固定した。
「がぁっ……!?」
「動くな。動けば、その指ではなく、お前の声帯を物理的に引き抜く」
低く冷たい私の声に、シュタインは冷や汗を流しながら動きをピタリと止めた。歴戦の軍人としてのプライドと恐怖が彼の顔面を歪ませる。目の前にいる少年が、生半可な人間ではないことを本能で察知したからだ。
「貴様……王都の裏社会を混乱に陥れ、サーティを屠ったという『レヴナント』か……! なぜここにいる! 陸竜騎兵隊はどうした!?」
「全滅した。蛇谷の狭間でな」
私の平然とした告白に、シュタインの瞳が恐怖で激しく見開かれた。
「全滅だと……? あの最強の陸竜騎兵隊とドルザの群れが、たった一人に……ふざけるな! 冗談ではないぞ!」
「冗談を言っている暇はない。お前の部下たちは今頃、粉塵爆発と燃料空気爆縮で肉片すら残さず溶けている」
私は冷ややかに言い放つと、黒磁の短剣をわずかに押し込み、シュタインの肩の関節を外した。
「ぐあぁぁぁぁっ……!」
「痛覚は麻痺させない。これからお前に行う尋問も、肉体の構造に基づいた最も効率的な苦痛の計算式で進行する。……質問に答えろ、シュタイン」
私は椅子に座り込み、目の前の軍人を見据えた。
「五年前の夜。我が旧ヴァルハイト領を夜襲し、白亜の城を焼き払い、父である伯爵の首を刎ね、母親を陸竜の足の下でペチャンコに潰した侵略行為——あれは、帝国軍の単なる領土拡大のための略奪戦争ではない。……隠された真の目的は何だ?」
シュタインは歯を食いしばり、痛みに顔を歪めながらも、頑なに口を閉ざそうとした。
「ふっ……帝国軍の機密を……貴様ごときに……」
「頑なだな」
私は無言で、彼の右足の小指の爪を短剣の尖端で剥ぎ取った。
「がはっ……!?」
「忠誠心や軍人としての誇りなどというものは、解剖学的には単なる脳内の電気信号とホルモンの分泌に過ぎない。その信号を強引に断ち切れば、人間は誰しもただの『鳴き声を上げる肉の袋』に成り下がる。……もう一度聞く。ヴァルハイト領襲撃の真の目的は何だ」
「ぐっ……! はぁ、はぁ……分かった……! 話す! 話すから、それを止めろ……!」
わずかな時間の拷問で、シュタインの精神的防壁は崩壊した。極限の激痛の前には、軍の機密も忠誠心も意味をなさなかった。
「あれは……領土の拡大などではない……!」
シュタインは冷や汗と涙を垂れ流しながら、震える声で真実を吐き出した。
「皇導魔導院の極秘指令に基づく……『血統因子の強奪』だ……!」
「……血統因子?」
「そうだ……! ヴァルハイト伯爵の一族は、代々、肉体の超常的な治癒能力と生体魔力の極限増幅を引き起こす『原初の再生遺伝子』を血脈として受け継いでいた……! 帝国本国は、その血統を根絶やしにし、すべての因子を抽出して『不死の生体兵器』を量産するための実験場を求めていたのだ……!」
私の脳内で、すべての点が一本の線へと繋がった。
なぜ帝国軍はあそこまで執拗に、何の一見した価値もない辺境の旧ヴァルハイト領を夜襲し、根絶やしにしようとしたのか。
単なる反乱分子の鎮圧や領土の略奪ではない。私たちの一族が持つ「血」そのものを、自分たちの軍事目的のために根こそぎ奪い、プラントで解析・培養することが真の目的に他ならなかったのだ。
「そして……その生体実験を統括しているのが、ザハール魔導中佐……。現場で直接、一族の血を採取し、お前の母親を生体標本として処分したのが……ヴァルター大佐だ……!」
シュタインの口から、すべての黒幕の動機が完全に暴かれた。
私の両親が殺され、故郷が屠殺場と化したのは、帝国軍の冷酷な「科学的実験の素材集め」に過ぎなかったのだ。理不尽なまでの傲慢と、人間を肉の袋としてしか見ない帝国の上層部の思想。
しかし、奇妙な符合だった。
帝国軍が欲しがり、プラントで培養しようとしている「血統因子」こそが、今まさに、私自身が身に纏い、敵をハメ殺すための最強の毒として使っている「自傷再生の異能」そのものなのだから。
「よく喋った」
私は冷ややかに告げた。
「約束通り、苦痛の尋問はこれで終了だ」
「はっ……命だけは……助けてくれるのか……?」
シュタインがすがるような目を向けた。
だが、私の「死んだ目」に、生かして返すという選択肢など最初から存在しなかった。
シュッ。
短剣を一閃。
シュタインの喉仏が貫かれ、彼の声は血の泡とともに消え去った。
「人間はただの肉と臓物の袋だ。そしてお前たちは、その袋から奪った命で、私を殺すための兵器を作ろうとした」
死体の傍らに立ち、私は冷たく呟いた。




