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45 第10章:追撃部隊(陸竜騎兵)の誘き寄せ

第10章 第1節


王都での泥泥とした暗闘とサーティ派閥の完全なる解体を終え、私とシルヴァは旧ヴァルハイト領の国境線へと向かって北上を続けていた。


王都を離れるにつれて気候は急速に冷え込み、湿った夜風は肌を刺すような凍てつく冷気へと変わっていく。街道を外れ、荒涼とした岩山と鬱蒼とした針葉樹林が広がる無人の山岳地帯。ここはかつて、我がヴァルハイト伯爵家が治めていた領地の南端であり、五年前のあの日、侵攻してきた敵国軍によって踏み荒らされた血塗られた土地でもあった。


夜明け前の濃霧が立ち込める山道。岩陰に身を潜め、冷気を孕んだ風の匂いを嗅ぎ取っていた私の足が、ピタリと止まった。


地鳴り。


遠くの地表から伝わってくる、ズシ、ズシ、という重厚で不気味な振動。

それは馬の足音とは明らかに異なる。巨大な爬虫類特有の、強靭な四肢と鋭い爪が岩肌を押し潰し、砕きながら進む重厚な破砕音。


「……レヴナント様」


背後で気配を消していたシルヴァが、低く張りつめた声で囁いた。


「この振動と地鳴り……ただの哨戒部隊ではありません。巨大な生体騎乗生物の群れです」


「あぁ。分かっている」


私は黒磁の短剣の柄にそっと手を伸ばし、暗闇の中で冷ややかに目を細めた。


この独特の地鳴り、そして風に乗って漂ってくる特有の生臭い鱗の臭いと、重装甲の鋳鉄が擦れ合う油の臭い。私の前世の記憶と、この世界の15年間の記憶の深層に、決して消えることのない刻印として残されていた「死の足音」。


岩山の曲がり角の先、濃霧を押し破るようにして姿を現したのは、全身を漆黒の重厚な鱗で覆われた巨体——「陸竜(リクリュウ)」の群れだった。


体長七メートルを超える巨大な爬虫類。岩をも砕く太い脚部と、鉄板すら容易に噛み砕く巨大な顎を持つ生物兵器。その背には、黒く塗られた重装甲と、長大な魔導槍を構えた乗手(騎兵)たちが跨がっていた。


敵国『漆黒の処刑手』が誇る、最精鋭の重装騎兵部隊——「陸竜騎兵隊(ドライン・カヴァレリア)」。


「……ッ!」


シルヴァが小さく息をのむのが分かった。


私にとっても、この部隊との再会は特別な意味を持っていた。


五年前のあの惨劇の夜。

白亜のヴァルハイト城が火の海に包まれる中、私を庇って前線に立った剣術の師範。領内一の剣豪と呼ばれた男が、間合いを詰める間もなく、この陸竜の圧倒的な突進力と巨体によって力任せに踏み潰され、骨を砕かれて肉の塊へと変えられた。


そして……母。


城の裏手へ脱出しようとした際、突如として闇から現れた陸竜の巨足。その容赦のない踏みつけによって、私の目の前で、母親の身体がまるで熟した果実のようにペチャンコに潰され、赤黒い体液を撒き散らして即死したあの日。


幼かった私の顔面に飛び散った、母親の温かい血と肉の感触。

その凄惨な光景こそが、私の中から「人間としての共感や感情」を完全に押し潰し、私を生きながらの死体——暗殺者レヴナントへと変貌させた最大の引き金だった。


「陸竜騎兵隊……全十二騎」


私は岩陰から、眼下を進む騎兵隊の配置を冷徹にカウントした。


先頭を行く隊長らしき男の甲冑には、見覚えのある「二本の交差する血塗り鎌」の紋章が刻まれていた。

5年前、我が家を崩壊させ、母と師範を肉の袋として踏み潰したまさにその部隊、その部隊長。


普通の人間の復讐者であれば、この瞬間に目が血走り、激怒のあまり正気を失って飛び出していくだろう。両親と師の無念を晴らすため、悲鳴を上げて刃を振るうはずだ。


しかし——私の「死んだ目」には、一片の揺らぎも、激怒の熱量すら浮かんでいなかった。


(陸竜の自重はおよそ四トン。皮膚を覆う角質鱗の硬度は鋳鉄と同等。突進時の運動エネルギーは普通の人間の剣技や魔導障壁では受け止めきれない)


私の脳内では、前世の物理学と運動エネルギー計算が、光の速さで冷徹に展開していった。


母を押し潰した巨足。師範を喰いちぎった巨大な顎。

それら全ては、私にとって感情的な憎悪の対象などではなく、「極めて高い運動エネルギーと物理的質量を持つ、生物学的な装甲車両」というデータとして処理されていた。


「レヴナント様……お命じください」

シルヴァが短剣を握り締め、私を見つめてきた。

「奴らは、あなたからすべてを奪った元凶の一角。ここで闇に紛れて急襲し、首を刈り取りますか?」


「いや」


私は冷ややかに首を振った。


「正面からの急襲など、愚者の選択だ。いくら私に自傷再生の異能があろうと、四トンの質量で全身の骨を粉砕・磨砕され続ければ、再生の処理速度を運動エネルギーの破砕速度が上回り、一瞬で肉のペーストへと変えられて殺される」


どれほど優れた回復能力であっても、肉体がミキサーにかけられたように細胞レベルで粉砕され続ければ、再生の「基点」すら失われる。自分の能力の限界と、相手の物理的威力を客観的に把握すること——それこそが、私が生き残るための絶対の鉄則だった。


「では……回避しますか? 国境の実験プラントへ急ぐのであれば、この部隊を迂回するルートも存在します」


「回避もせん」


私は静かに黒磁の短剣の鞘を広げ、懐からいくつかの試薬の瓶を取り出した。


「向こうからわざわざ、当時の『踏み潰し部隊』が首を差し出しに来てくれたのだ。これを利用しない手はない」


敵の陸竜騎兵隊は、国境の「第4生体実験プラント」と王都の先遣隊を結ぶ、連絡警戒線を構築するためにこの山道を巡回している。彼らをここで全滅させれば、敵の本拠地である実験プラントの「外部警戒網」に巨大な穴が空くことになる。


そして何より——。


(四トンの巨体と強靭な角質鱗、そして陸竜特有の強力な消化液……最高の『ハメ殺し素材』じゃないか)


私の胸の奥底で、狂気的な計算式がカチリと噛み合わさった。


陸竜の圧倒的な質量と噛み砕く顎。

それは普通の人間の暗殺者にとっては絶対の絶望だが、自らの肉体を切り刻ませ、骨で拘束し、過剰な再生魔力を帯びた血液を毒として流し込む私の「自傷再生理論」にとっては、敵の騎兵たちをまとめて屠るための最高の「環境兵器」となり得る。


「シルヴァ」


「はっ」


「山道の先にある『蛇谷の狭間』へ先回りする。あそこは崖が切り立ち、陸竜が二頭並んで進むことができない狭隘地(きょうあいち)だ」


私は冷淡に指示を出した。


「四トンの質量も、一頭ずつしか進めない狭隘地に誘い込めば、後続の巨体が自らの味方の死体によって足止めされ、巨大な渋滞(密室)と化す」


かつて母をペチャンコに潰し、師範を肉の袋に変えた陸竜騎兵隊。

その圧倒的な質量と威力を逆手にとり、狭隘地へと誘導して一頭残さずハメ殺す。


そこに哀しみも、仇討ちの涙も存在しない。

ただの冷酷な生物学的計算と、前世の力学に基づいた「害獣駆除の作業」が始まる。


「奴らに思い出させてやる」


私は濡れた夜霧の中へと足を踏み出し、黒磁の短剣を暗闇の中で静かに構えた。


「人間がただの肉と臓物の袋であるように……どれほど巨大な陸竜であっても、ただの肉と骨の巨大な塊に過ぎないということをな」


かつて自分を絶望の底へ叩き落とした因縁の騎兵隊を前に、私は殺意の刃を静かに、そして絶対の精度で研ぎ澄ませていくのだった。

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