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46 第10章:追撃部隊(陸竜騎兵)の誘き寄せ

第10章 第2節


陸竜騎兵隊が進路をとる山道の前方——「蛇谷の狭間」。


そこは両側を切り立った断崖絶壁に囲まれ、幅わずか三メートルほどの岩道が百メートル以上にわたって続く、山岳地帯における最大の隘路であった。体長七メートル、全幅二メートルを超える巨体を持つ陸竜は、この狭隘地においては一頭ずつ一列縦隊で進むほかなく、その自慢の巨体と突進力はかえって行動の自由を奪う「自縄自縛の檻」へと変貌する。


「……レヴナント様、準備が完了しました」


崖上の暗闇から音もなく姿を現したシルヴァが、低く張り詰めた声で報告してきた。


私は崖下の狭隘地を見下ろし、冷ややかに頷いた。


私がここで構築したのは、この世界の暗殺者や魔導士が用いるような単なる隠し穴や単純な落石といった生ぬるい罠ではない。前世において修めた近代の化学・物理学の法則、そしてこの世界の過酷な環境と「自傷再生」の異能の特性を融合させた、完全なる「複合物理化学トラップ地帯」であった。


(物理的質量四トン、強靭な角質鱗、そして重装甲。正面突破を図れば人間など一瞬で肉のペーストだが……物理法則の死角を突けば、その質量こそが命取りとなる)


私の脳内では、トラップの全容を示す構造図が寸分の狂いもなく展開されていた。


第一の仕掛けは、地面に敷き詰められた「熱化学反応層」である。


私は山道の中央、陸竜の太い脚が確実に踏み降ろされる岩肌の表面に、あらかじめ王都の薬種商やギルドの調剤室から精製・かき集めた生熱性化学物質——極小の魔導鉱石粉末と生石灰、そして高濃度の硫黄化合物を、絶妙な配合で土と混ぜ合わせて薄く敷き詰めていた。


そこに、上流の沢から引き込んだ微量の水分が接触した瞬間、爆発的な水和熱が発生し、反応層の温度は一瞬で数百度にまで跳ね上がる。通常、陸竜の角質鱗は物理的な斬撃や炎に対して高い耐性を持つが、足裏の肉球部分は体重を支え、地表の振動を察知するために比較的皮膚が薄く、かつ毛細血管が密に走っている。


数百度の高熱と化学的腐食塗料が足裏を焼けば、四トンの巨体を支える足底の皮膚組織は一瞬で熱加水分解を起こし、激痛によって陸竜は体勢を崩さざるを得なくなる。


そして第二の仕掛けが、狭隘地の空間全体を覆う「空気力学および粉塵爆発回路」だ。


断崖の急な傾斜を利用し、乾燥させた大量の微細な胞子粉末と可燃性鉱物粉末を、風の動き計算して配置した棚状の岩肌に仕込んである。先頭の陸竜が熱化学反応層を踏み抜き、暴れて足元を狂わせた瞬間、倒れ込む衝撃と風圧によって粉塵が狭隘地の空間全体へ一気に舞い散り、可燃性の粉塵雲(ダスト・クラウド)が形成される仕組みとなっていた。


密閉された狭隘地、充満する可燃性微粒子、そして足元で撒き散らされる高熱の火花。


前世の物理学における基礎——粉塵爆発の三要素が、完璧な精度で揃うこととなる。


「来ます……!」


シルヴァの緊張した囁きとともに、地の底から響くような不気味な地鳴りが間近へと迫ってきた。


濃霧を切り裂き、狭隘地の入口へ姿を現したのは、陸竜騎兵隊の先頭を行く一頭の巨大な漆黒陸竜と、それに跨がる重装甲の騎兵だった。騎兵は長大な魔導槍を構え、警戒の目を左右の崖へ向けていたが、彼らの意識は「上からの奇襲」にしか向いていなかった。


「よし、このまま一列で狭隘地を突破する! 足元に気をつけ——」


騎兵が部下へ命じようとしたその瞬間。


ズシューッ!!!!!


先頭の陸竜の太い前脚が、地面の熱化学反応層を踏み抜いた。


「グガァァァァァッ!?」


陸竜が、今まで聞いたこともないような甲高い悲鳴を上げて狂乱した。

数百度の熱と強酸性の腐食反応が、足裏の生々しい肉球を一瞬で焼き断ち、骨まで肉を溶かしていったのだ。四トンの巨体が激痛によってバランスを崩し、巨木のような前脚が折れ曲がる。


「なっ、何だ!? 陸竜が暴れて——ぐわっ!?」


騎兵が手綱をしがみつこうとしたが、巨体が横倒しに岩壁へと激しく激突した。

その凄まじい衝撃波と風圧が、崖の棚に仕仕込まれていた乾燥粉塵を一気に巻き上げた。


サァァァァッ……!


わずかコンマ数秒で、狭隘地の中央は視界を遮るほどの白い粉塵雲によって覆い尽くされた。何も知らずに後続から続いて進入してきた二頭目、三頭目の陸竜と騎兵たちが、倒れた先頭の巨体に乗り上げるようにして混乱の渦へと巻き込まれていく。


「視界が……!? 粉だ! 敵襲——」


「火気を使うな! 待て、この粉は——」


察しの良い騎兵の一人が叫ぼうとしたが、すでに遅かった。


崖の上から、私は冷ややかに右手に持った「点火用の試薬小瓶」を、粉塵雲の真ん中へと静かに投擲した。


小瓶が岩肌に当たり、内部の魔導試薬が混ざり合って一筋の小さな火花が弾ける。


——物理と化学の法則が、冷酷な破壊の連鎖を完結させた。


ドドォォォォォォォンッ!!!!!!


狭隘地の内部で、空気を震わせる巨大な爆発音が炸裂した。


極限まで充満していた粉塵雲が一瞬で連鎖引火し、狭隘地全体が巨大な火炎の筒へと変貌したのだ。爆風の圧力が左右の絶壁に跳ね返り、密閉された空間内で爆発的威力を何倍にも増幅させる。


「ぎゃぁぁぁぁぁぁっ!?」

「火が……風圧がぁぁぁっ!!」


陸竜たちの角質鱗も、騎兵たちの重厚な鉄甲冑も、密閉空間での粉塵爆発がもたらす超高圧の衝撃波と数千度の熱風の前には意味をなさなかった。甲冑の内部で肉が蒸し焼きにされ、陸竜の巨大な鼓膜と肺胞が一瞬で爆縮によって破裂する。


逃げ場のない狭隘地。後続の騎兵たちは、目の前で起きた巨大な炎の濁流と爆風に呑み込まれ、次々と岩壁に叩きつけられて圧死していった。


「ヒヒヒーンッ!」ではなく「グガガガガッ!」という生体兵器特有の断末魔の叫びが谷間に木霊し、強烈な焼肉の匂いと髪の焦げる臭いが立ち込める。


爆発の余波が収まった後、そこに広がっていたのは、地獄のような惨状だった。


先頭の三頭の陸竜は半死半生の状態で倒れ伏し、重装騎兵たちは甲冑の中で血を吐いて身悶えしている。狭隘地はへし折れた魔導槍と陸竜の巨体によって完全に塞がれ、後続の九頭の騎兵たちは進むことも引き返すこともできず、混乱の極みに陥っていた。


現代の化学・物理知識に基づいた複合トラップ地帯。

それは、現代兵器を持たないこの世界において、単身で集団の重装部隊をハメ殺すために構築された、完全なる「環境兵器」であった。


「……信じられない……」


崖の上でその光景を目撃していたシルヴァが、戦慄の表情で息をのんだ。


「たった一人の仕掛けで……あの最強と謳われた陸竜騎兵隊の先鋒が、一瞬で壊滅した……」


「驚くことではない」


私は黒磁の短剣を抜き、崖の端へと静かに歩み出た。


「物理の法則と化学の反応に、例外は存在しない。相手がどれほど強力な生物兵器であとうと、条件さえ揃えれば物質として崩壊する……ただそれだけのことだ」


だが、トラップによる混乱と壊滅は、まだ「ハメ殺し」の序章に過ぎない。


爆煙の向こう側、後続の部隊を率いる騎兵隊長——5年前に父の城を踏みにじり、母をペチャンコに押し潰したあの二本鎌の紋章を纏う男が、血走った目で崖上を見上げて怒号を上げていた。


「おのれぇぇぇっ! 姑息な罠をぉぉっ! 出てこい、泥鼠めがぁぁっ!!」


「命令通り、出ていってやる」


私は冷酷に呟くと、自傷再生の異能をあらかじめ太腿の肉に微弱に走らせながら、悲鳴と煙の立ち込める地獄の狭隘地へと、迷うことなく跳び降りていくのだった。


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