04 第1章:パリピの慢心と異世界の理不尽
第1章 第4節
轟音が耳を聾し、白亜の城の廊下は瞬く間に修羅場へと変貌していた。大理石の床は飛び散った血痕と崩落した瓦礫にまみれ、かつて気高く微笑んでいた使用人や衛兵たちが、肉片の転がる残骸と化して転がっている。私は呼吸の仕方も忘れ、ただ呆然とその惨状を踏みしめながら、足をもつれさせて走り続けていた。
「若様、こちらへ……!」
血まみれの鎧をまとった近衛の老騎士が私の腕を掴み、避難経路へと引っ張ろうとしたその瞬間だった。
頭上の天井を突き破るように、重々しい金属音と凄まじい熱風が吹き抜けた。老騎士の身体がふわりと宙に浮き、次の瞬間、彼の胴体が鮮血を噴き出しながら綺麗に二つに裂けて床に崩れ落ちた。何が起きたのかを理解する間もない。視界の端で、銀色の巨大な鎌を携えた他国の暗殺魔導兵が、まるで虫でも踏み潰すかのように冷酷な足取りで降り立った。
「——いたぞ。これが、『血』を宿す伯爵家の嫡男か」
敵兵の冷ややかな声が、私の耳にいやにクリアに響く。
恐怖で声が出なかった。心臓が胸郭を内側から殴りつけるように狂おしく跳ね、冷や汗が全身の毛穴から噴き出す。前世で培った「まあ、何とかなるさ」という軽薄な楽観主義は、この極限の恐怖と死の匂いの前に、文字通り粉々に粉砕され、消え失せていた。私はただの無力な子供だった。持てる者の余裕など、過酷な現実の前では何の役にも立たない薄っぺらな虚栄心に過ぎなかったのだ。
「アレンッ!!」
その絶望の淵から、雷鳴のような怒声が響いた。
瓦礫の山を蹴散らし、血に染まった大剣を振るいながら現れたのは、我が家の主であり、私の父親である伯爵だった。普段の威厳ある姿は見る影もなく、その巨躯は複数の深い傷から血を滴らせ、片腕は不自然にねじ曲がっている。それでも彼は、愛息である私を護るため、敵兵へと単身で突撃した。
「我が領地を荒らし、我が血脈を汚す者どもめ……! 生きて帰れると思うな!」
父の剣が放つ闘気は凄まじく、周囲の空気を震わせた。それは歴戦の猛者としての意地であり、誇りだった。
しかし、敵は一人ではなかった。闇の中から音もなく現れたもう一人の敵——他国の特務部隊長格と思われる男が、冷徹な笑みを浮かべて父親の背後に滑り込む。
「血統の威光も、個人の武勇も、この国の合理的な軍事力の前にはただの無駄骨よ」
卑劣なまでの挟撃。父が放った一撃が敵兵の盾に阻まれたその刹那、背後からの凶刃が父の膝裏と肩甲骨を深くえぐり取った。
「ぐっ……!」
父が痛みに声を漏らし、体勢を崩す。私はその場にへたり込んだまま、声なき悲鳴を上げて両手で口を塞いだ。動けない。助けたいわけではない。ただ、目の前で展開されている圧倒的な暴力のスペクタクルに、精神がーズしていた。
「父上……!」
私の小さな声など、凄まじい破壊音と地鳴りにかき消されて届くはずもない。
敵の隊長は冷酷な瞳のまま、倒れ込んだ父親の髪を乱暴に掴み、その首元へと銀色の魔導ブレードを突きつけた。父親の口からドクリと鮮血が溢れ出し、濁った瞳が私のほうを向いた。その眼差しには、愛息への慈しみと、護れなかったことへの絶望、そしてこの理不尽な世界に対する底知れぬ呪詛が入り混じっていた。
「アレン……生きろ。お前だけでも……この地獄から……!」
「――父上、やめろ、来るな……ッ!」
次の瞬間、鈍い肉の裂ける音が城内の静寂を切り裂いた。
父の首が、胴体から引き離されるように宙を舞った。鮮血が天井まで噴き上げ、大理石の床を赤黒く濡らしていく。首を失った巨大な軀がガクリと崩れ落ち、そのすぐ傍らに、絶望に満ちた表情を貼り付けたままの父親の生首が転がった。
私の内側で、何かが決定的に壊れ、音を立てて崩壊した。
恐怖ではない。怒りでもない。それは、前世から引きずっていた「ぬるい世界への幻想」の死であり、私の心に「冷徹な虚無」が染み入る音だった。
世界は残酷で、理不尽で、意味などない。ただ強いものが弱いものを食い潰し、肉と血が消費されるだけの屠殺場に過ぎない。
父親の生首から流れる血の海を目の前にしながら、私は自分の内側から、冷ややかな、あまりにも冷酷な諦念が湧き上がるのを感じていた。涙すら出ない。私の「余裕」は、この瞬間に完全に死に絶えたのだ。




