03 第1章:パリピの慢心と異世界の理不尽
第1章 第3節
その異変は、前触れもなく訪れた。
昼下がりの白亜の城。私は自室のテラスで、いつもと同じように退屈な魔導書のページをめくりながら、下界ののどかな風景を眺めていた。風が穏やかに吹き抜け、庭師が手入れをする薔薇の香りが鼻腔をくすぐる。すべてが昨日と同じに管理された日常の延長線上にあった。
——突然、世界が音を失った。
耳をつんざくような激しい耳鳴りの後、視界の端で光がねじれた。大地が揺れ、遠くの森で何かが内側から押し破られていく。私の脳裏で、前世から培ってきた「常識」という名の安全装置が激しく警鳴を鳴らした。
「なんだ……あれは……?」
思わず呟いた私の声は、突如として天を揺るがした轟音にかき消された。
裂け目から現れたのは、巨大な影だった。圧倒的な質量をもって我が領内へ攻め入ってくる。他国の軍事拠点から発せられたとされる黒い群れ「陸竜騎兵」の影。影が地表を覆うにつれ、城下町一帯が不気味な鉛色の暗闇へと沈んでいった。
「敵襲——っ!! 城壁の警備兵、迎撃魔導を展開しろ!!」
城内から家臣たちの切迫した怒鳴り声が響き渡る。優雅な日常は、一瞬にして踏みにじられた。
私はテラスの手摺りにしがみつき、目の前で展開される光景をただ呆然と見上げるしかなかった。あれほど「政治的な小競り合い」だと高を括っていたものが、これほどまでの暴力と殺意の塊として目の前に現れるとは夢にも思わなかったのだ。甘ったれたお坊っちゃんの脳みそは、圧倒的なスケールの暴力の前に完全にフリーズしていた。
帝国の魔法が、無数の赤い光点となり夜空の流星群のように一斉に吐き出される。それは地上へと降り注ぐ死の雨だった。
「防壁魔法が破られる! くそっ、間に合わん——!」
家臣の悲鳴が聞こえた直後、城の南西角に位置する巨大な魔導障壁が、眩い閃光と共に砕け散った。爆風が城壁を抉り取り、石造りの塔が紙細工のように崩れ落ちる。城下町からも、人々の悲鳴と阿鼻叫喚の声が地響きと共に這い上がってきた。逃げ惑う群衆、一瞬で炎に包まれる家屋、そして容赦なく蹂躙される無力な民。
私の足元が大きく揺れた。落下する瓦礫の破片がテラスの床を直撃し、私の頬をかすめて血が滲む。
「い、痛っ……?」
私は自分の頬に触れた。指先に付着した赤い血を見た瞬間、前世の「ぬるい世界」で培ったすべてのプライドと余裕が、音を立てて崩れ去った。
これはゲームではない。チュートリアルですらない。ルール無用の完全な「虐殺」だ。他国の目的が我が家に流れる「血」の強奪、あるいはその根絶やしにあることなど、この圧倒的なまでの軍事力の差を目の当たりにすれば嫌でも理解できた。彼らは交渉など最初から考えていない。ただ存在そのものを地上から消し去るために来たのだ。
私は恐怖で足がすくみ、呼吸の仕方を忘れたようにその場に張り付けにされた。圧倒的な力の前に、人間がいかに無力な「肉の塊」に過ぎないかを、地獄の使者たちは容赦なく叩きつけてくる。私の完璧だったはずの人生は、空を割って現れた他国の軍靴の下で、今まさに踏みにじられようとしていた。




