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02 第1章:パリピの慢心と異世界の理不尽

第1章 第2節


広大な辺境領地を治める伯爵家の長男として、私の少年時代は約束された栄華と完璧なまでの庇護の中にあった。朝は白亜の城のバルコニーから、どこまでも広がる自領の森と澄み渡る空を眺め、白銀の器に盛られた贅沢な朝食を口にする。服を着替えるのにも召使いの手を借り、周囲からは「若様」と敬意を込められた眼差しで傅かれる。前世の安っぽいクラブで消費していた夜とは比べものにならない、圧倒的な階級意識の頂点。私はこの世界の「持てる者」として、優雅で気ままな日々を享受していた。


十歳を迎えた頃から本格化した戦闘訓練も、当時の私にとっては「貴族の嗜み」という程度の認識でしかなかった。


「力を抜け、アレン。剣は力で振り回すものではなく、自身の腕の延長として流すものだ」


訓練場の乾いた砂埃の中、そう言って木剣を構えるのは、我が家に仕える剣術師範であり、王国でも屈指の凄腕と噂されるベテランの剣士だった。彼の教えは的確で、私は前世の要領の良さを存分に発揮した。体力測定や武術の立ち回りなど、すべては「模範解答」をトレースするように器用にこなしてみせる。激しい稽古の後に汗を拭い、冷えた果実水を口にしながら、私は内心で冷笑を浮かべていた。


(要するにゲームのチュートリアルだろ。型さえ覚えてしまえば、あとはステータスでどうにでもなる)


私には、自分だけに与えられた「勝利の保険」があるという確信があった。我が血族に脈々と受け継がれてきたとされる異能——まだ本質すら理解していない力だ。


「アレン、お前は我が家の誇りだ。この領地と民を護る立派な領主となるのだぞ」


威厳に満ちた父親の言葉に、私は「はい、父上」と模範的な笑みを返しながら、心の中ではあくびを噛み殺していた。民を護る? 領主としての責務? そんな泥臭い道徳観など、前世のクラブのフロアに捨ててきた。ただこの恵まれた立場を利用して、将来は甘い汁を吸い続ければいい。この世界に存在する政治的な駆け引きも、領内での小競り合いも、すべては自分が演じる優雅なシナリオの背景に過ぎないのだと。


私の優雅な毎日は、知識の修得においても変わらなかった。家庭教師から学ぶ歴史や地理、魔導学の授業も、前世の記憶を持つ大人としての知能を使えば造作もないことだった。他国との情勢や、近隣国との軍事的バランスについての講義を聞きながらも、私の頭にあったのは「どの時期にどのパーティを開くか」「どの女を口説くか」といった軽薄な娯楽ばかりだった。


母親はそんな私を心から愛し、いつも優しい笑みを向けてくれた。美しく上品な彼女は、稽古を終えた私を私室で迎え、刺繍を施したハンカチで私の額の汗を優しく拭ってくれた。


「アレン、あまり無理をしてはいけませんよ。貴方は我が家の宝なのですから」


母親の温かい手触りと、ほのかに漂う薔薇の香水。その温もりすらも、私にとっては「完璧な人生のオプション」の一つでしかなかった。自分がどれほど恵まれた箱庭の中に守られているか、そしてその箱庭の外側にどれほど凄惨な現実が広がっているかなど、想像すらしていなかった。


他国が我が家の「血」にどのような目を向けているか、その意味を深く考察することすらなかったのだ。王族や大貴族が持つ超常の力「レガリア」。他国から見れば「絶好の素材」が、この長閑な辺境の城で無警戒に育っているという事実。それがどれほど致命的な隙であるかを、私は「前世の余裕」という愚かなフィルターを通して見落としていた。


日が沈む頃、私は城のテラスから眼下に広がる城下町を見下ろしていた。灯り始める町並みの明かり、楽しげに往来する人々の影。すべてが自分の掌の上にあるような錯覚。風が心地よく頬を撫で、私は手にしたワイングラスを傾けた。


「完璧だな。この世界も、俺の人生も」


自分の足元で、巨大な捕食者の顎が開かれつつあることも知らず、私はその「ぬるい世界」の優雅な余韻に酔いしれていた。この贅沢で退屈な修行時代が、明日にも血と惨叫の地獄へと変貌するなど、これっぽっちも疑わずに。

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