39 第8章:自傷の殺戮戦闘術
第8章 第5節
石造りの地下ホールには、静寂と濃厚な鉄の匂いが立ち込めていた。
床一面を赤く染める血の海と、転がるサーティの精鋭および異国傭兵たちの無惨な屍。その惨劇の中心で、ギルドの第一幹部・サーティは右腕をへし折られ、喉元に黒磁の短剣の刃を突きつけられたまま、ガタガタと全身を激しく震わせていた。
一瞬前に放った「死に損ないの棺」という言葉と、刃先から伝わる冷たい殺気。サーティは目の前の少年が単なる腕の立つ暗殺者などではなく、あらゆる物理攻撃と常識を嘲笑う「死なない怪物」であることを、己の全存在をもって理解していた。
「ひ……ひぃぃぃっ……! た、頼む、レヴナント、助けてくれ! 命だけは……っ! 金なら何でも用意する! ギルドの裏資産も、王都の利権も、全部お前のものだ!」
失禁し、鼻水と涙で泥塗れになった顔を石畳に擦り付けながら、哀れに命乞いを繰り返す男。かつてギルド内で巨大な派閥を率い、王都の裏社会で我が物顔に振る舞っていた「第一幹部」の威厳など、そこには欠片も残っていなかった。
「命乞いは不要だと言ったはずだ」
私の声には、一切の波立ちも感情の揺らぎも存在しない。
私は突き立てた短剣の柄に静かに体重をかけ、サーティの右肩の関節——鎖骨と肩甲骨が噛み合う神経叢へ向けて、じわじわと刃を食い込ませていった。
「あぁぁぁぁぁぁっ!? 痛い! 痛い、熱い! やめてくれぇぇぇっ!!」
地下ホールに、刺すような悲鳴が鼓膜を狂わせる勢いで響き渡る。
神経を直接削り取る拷問の激痛。前世の解剖学知識に基づき、命を落とさせずに最大限の激痛を与える角度と深さを、私はミリ単位で正確にコントロールしていた。
「痛いか?」
私は冷ややかに見下ろした。
「だが、お前が他国の特務部隊へ売り飛ばそうとしたスラムの子供たちや、旧ヴァルハイト領の鉱山で肉を削ぎ落とされながら死んでいった領民たちの痛みに比べれば、それは蚊に刺された程度に過ぎん」
「が……ごふっ……! 言う! 何でも話す! だから……その刃を……抜いてくれ……っ!」
サーティの精神は、拷問が始まってわずか十数秒で完全に砕け散った。
痛みへの耐性も、組織への忠誠も、何もかもを失った男の口から、澱のように溜まっていた機密情報が、堰を切ったように吐き出され始めた。
「言え。お前に接近してきた他国特務部隊『黒の死神』の正体と、5年前の旧ヴァルハイト領襲撃において、私の父……ヴァルハイト伯爵の首を直に刎ねた部隊の名称を」
サーティは血の泡を吐きながら、必死に記憶を掘り起こして狂ったように言葉を繋いだ。
「『黒の死神』の……第1特殊工作大隊だ……! やつらはただの特務部隊じゃない……敵国の皇導魔導院が直轄する、異端の生体兵器運用部隊『漆黒の処刑手』だ……!」
「『漆黒の処刑手』……」
私はその名を脳内の冷徹な記憶領域へと刻み込んだ。
「あの日……5年前の夜、城に真っ先に雪崩れ込み、伯爵の首を刎ねたのは……その『漆黒の処刑手』の筆頭隊長を務めていた男……『鉄血の死神』の異名を持つ、ヴァルター大佐だ……!!」
サーティの口から飛び出したその男の名。
(ヴァルター……)
前世の記憶と、この世界の生々しい幼少期の記憶が交差し、脳裏にあの日の一幕が鮮烈に再生された。
燃え上がる白亜の城の執務室。父が最後の意地を見せて剣を構え、しかし異質な漆黒の魔導甲冑に身を包んだ大男によって、その首を一刀のもとに斬り飛ばされた光景。血飛沫を浴びながら、父の生首を無造作に掴み上げて不敵に笑っていた、顔に大きな傷痕を持つ大男の姿。
先日の情報収集で浮かび上がった、実験施設を統括する魔導技師『ザハール魔導中佐』。
そして、直に父の首を切り落とした実行部隊の長『ヴァルター大佐』。
私からすべてを奪い、我が家を滅ぼし、故郷を屠殺場へと変えた二人の首謀者の名が、ここに特定されたのだ。
「ヴァルターは……その男は今どこにいる?」
私が短剣をわずかに捻ると、サーティは白目を剥きかけながら叫び狂った。
「王都の北……旧ヴァルハイト領との国境線近くに位置する、極秘の『第4生体実験プラント』だ……! ザハール中佐とヴァルター大佐は、そこで本国からの補給を待ちつつ、お前……『血』の生き残りを誘い出すための準備を進めている……! やつらは……お前の存在に完全に気づいているんだ……!!」
「なるほど」
私は短剣を静かに引き抜いた。
サーティの証言、老商人からの情報、そして自ら集めた一次情報。それらすべての線が繋がり、一枚の作戦図として脳内で完成を見た。
敵国の特務部隊『漆黒の処刑手』、ザハール中佐、ヴァルター大佐。
彼らは私を単なる「手に入れたい実験素体」として誘い出そうとしている。
そしてサーティ派閥は、その取引の仲介役として私を裏切り、売り渡す手はずを整えていた。
「ぜ……全部言った……! 約束通り……命だけは……っ!」
胸を大きく上下させ、生き延びたことに安堵の表情を浮かべるサーティ。
だが、私の「死んだ目」には、最初からこの男を生かして返すという選択肢など存在しなかった。
「約束? 私は一度たりとも、お前を生かすなどと約束した覚えはない」
「な……ッ!?」
サーティが絶望と驚愕に目を見開いたそのコンマ数秒の瞬間。
シュッ!!
黒磁の短剣が、サーティの喉仏を貫通した。
言葉にならない喘ぎ声と、溢れ出す鮮血。サーティの身体は数度痙攣した後、そのまま石畳の上に崩れ落ち、二度と動かなくなった。
暗殺ギルド内部で私を狙い、他国の特務部隊と手を組んでいた第一幹部・サーティの完全なる処刑。
「……終わりましたね、レヴナント様」
影の中から、静かに姿を現したシルヴァが低く呟いた。
彼女の視線は、転がるサーティの死体から、血に濡れた私の黒磁の短剣へと注がれていた。
「サーティ派閥はこれで壊滅です。ギルド上層部も、事態がここまで及べばあなたを公式な『第一幹部代行』として認めざるを得ないでしょう。……ですが、あなたの本当の戦いは、ここからですね」
「そうだ」
私は黒磁の短剣の血を無造作に拭い、鞘へと収めた。
「ギルド内部の泥鼠どもを掃除する工程は、これで終了だ。これより、本命の駆除へと移行する」
父親の首を刎ねた仇敵・ヴァルター大佐。
故郷を屠殺場へと変え、領民を生体実験の材料として貪るザハール魔導中佐。
そして、彼らが率いる敵国の異端部隊『漆黒の処刑手』。
奴らは私を捕らえようと、国境近くの実験プラントで待ち構えている。
私が「生捕りにできる哀れな伯爵家の生き残り」として、自ら罠の中に飛び込んでくることを信疑いなく待っているのだ。
(待っていろ、ヴァルター。ザハール)
胸の奥底で、氷のように冷たく、絶対に消えることのない復讐の焔が燃え上がる。
お前たちが私を捕らえるために準備したその「罠」の密室を、私自身の肉体と自傷再生の呪い、そして前世の科学知識を総動員した「絶対のハメ殺し屠殺場」へと変えてやる。
お前たちが手に入れたがっていた『血』の真の恐ろしさを、その喉骨を叩き折り、身体を内側から崩壊させながら、死の瞬間に思い知らせてやるのだ。
「シルヴァ、王都での残務処理を済ませ次第、国境の第4生体実験プラントへ向かうぞ」
「御意のままに……我が主、レヴナント様」
血の海と化した地下ホールを後にし、私は暗闇の深淵の中へと静かに歩みを進めた。
暗殺者「レヴナント」としての反撃の牙は、いまや真の仇敵の喉元を刈り取るため、最悪の精度をもって研ぎ澄まされたのだった。




