38 第8章:自傷の殺戮戦闘術
第8章 第4節
サーティ派閥の幹部や手足となる暗殺者たちが次々と闇に沈み、王都の裏社会におけるサーティの威信は瓦解しつつあった。追い詰められたサーティは、もはやギルド内での暗闘という体裁すら投げ捨て、残された全戦力と買収した外部の傭兵部隊をかき集め、私を確実に抹殺するための「最終決戦」を仕掛けてきた。
指定された場所は、王都の西外れに位置する、廃棄された石造りの旧穀物倉庫群の地下大ホールだった。
無数の石柱が立ち並ぶ広大な地下空間。そこにはサーティ本人をはじめ、生き残った彼の精鋭部隊十数名、そして彼らが金で雇い入れた重装甲の異国傭兵集団が、重厚な弓弩や投擲爆導具、さらには対人用の大型連発魔導砲を並べて待ち構えていた。
「ハハハハっ! 本当に一人で来るとはな、四十二番……いや、青臭い『レヴナント』め!」
一段高くなった石壇の上から、サーティ本人が狂気に満ちた歪んだ笑みを浮かべて見下ろしていた。
「十一番や十四番をどんな奸計で殺したかは知らんが、ここは閉鎖空間だ! お前がどれほど身のこなしに長けていようが、この密度の火力を前に逃げ場など存在せん!」
「逃げるつもりなど、最初から存在しない」
私は黒磁の短剣を右手に提げ、広大な地下ホールの真ん中へと無雑作に歩み進めた。
視線は冷ややかにサーティと、その周りを固める弓兵や魔導兵たちを射抜いている。
「お前たちがここに集まってくれたおかげで、一人ずつ狩る手間が省けた。全員まとめて、私の実験台となれ」
「ぬかせ小僧がっ! 全員、撃てぇぇぇっ!!」
サーティの咆哮とともに、地獄の火線が地下ホール全体を覆い尽くした。
シュバババババッ!! ドドドドドドッ!!
大型魔導砲から放たれた高熱の火炎弾、重弩から繰り出される鋼鉄の太矢、そして無数の投擲ナイフと毒塗りの矢が、雨あられとなって私の全身へと降り注いだ。
退路はない。回避するスペースすら存在しない、絶対的な密度の火力幕。
ドスッ! ドスドスッ! ズドンッ!!
衝撃。爆炎。
太矢が私の胸と太腿を貫通し、火炎弾が私の右半身を肉ごと焼き尽くし、無数の刃が全身の皮膚と筋肉をズタズタに引き裂いた。骨が砕ける鈍い音が響き、爆風によって私の身体は後方へと激しく吹き飛ばされ、石柱の根本へと叩きつけられた。
「ハハハッ! ざまあみろ! 跡形もなく吹き飛んだわ!」
「見たか! いくら気取ったところで、集団の火力の前にはただのゴミだな!」
傭兵たちとサーティの手下たちが、激しい煙の向こう側に向かって勝利の喚声を上げた。
胸を穿たれ、右半身を焼き焦がされ、全身から激しい出血を起こして倒れ伏す十五歳の少年の死体。誰もが「戦闘終了」を疑わなかった。
しかし——。
「……ふっ……くははっ」
もうもうと立ち込める煙と硝煙の匂いの中から、不気味で冷ややかな笑い声が静かに響き渡った。
「な……んだ……?」
歓声を上げていた傭兵たちの声がピタリと止まった。
ゆっくりと、信じがたい緩慢さで、倒れていた私が立ち上がり始めたのだ。
胸には深々と太矢が刺さったまま。右半身の皮膚は炭化して黒焦げとなり、右目の眼球は潰れて血の涙を流している。本来なら即死どころか、生存すらあり得ない絶望的な惨状。
だが、その壊れかけた肉体の中心にある「死んだ目」だけが、冷ややかな狂気の光を宿して彼らを射抜いていた。
バキバキバキバキッ……!!
不気味な骨の再合音と、筋肉が引き締められる嫌な生体音が、静まり返った地下ホールに不気味に反響し始めた。
「ひ……ひぃっ……!?」
誰かが悲鳴を上げた。
胸に刺さっていた太矢が、再生する胸筋と骨の力によって押し出され、コトンと石畳の上に転がり落ちた。炭化していた右半身の皮膚がパリパリと音を立てて剥がれ落ち、下から滑らかで生々しい新しい皮膚が猛烈な勢いで覆い尽くしていく。潰れていた右目の眼球が不気味に復元され、視力が一瞬で取り戻されていく。
傷が治っていくのではない。
死んでいるはずの肉体が、強引に『生きている状態』へと書き換えられているのだ。
「怪……怪物だ……! 撃て! 撃ち続けろぉぉぉっ!!」
サーティが顔を血走らせ、狂乱して叫んだ。
再び放たれる魔導砲と弩砲の集中砲火。
ズドンッ! ガキィンッ!
矢が私の左肩を撃ち抜き、火炎が再び胸を焼く。だが、私は脚を止めなかった。
血を撒き散らし、肉を削がれながらも、私は何事もなかったかのように一定の歩調で、サーティたちの方へと真っ直ぐ歩みを進めてきた。
刺さった矢を自分の手で引き抜き、無造作に捨て去る。
焼き尽くされた皮膚が、歩む一歩ごとに再生し、元の滑らかな肌へと戻っていく。
「死なない……? 撃っても……刺しても……焼き尽くしても死なない……!?」
「ひぃぁぁぁぁっ! 悪魔だ! こいつは悪魔だぁぁぁっ!!」
射撃を続けていた傭兵たちの手が震え始め、矢の装填の手順が狂い始めた。
人間が最も恐怖を感じるのは、単なる強さや速度ではない。
「どれほど致命的な攻撃を叩き込んでも、一切の苦痛の表情を見せず、傷をその場で再生させながら泥のように踏みみ越えてくる【絶対的な死ななさ】」に直面した時だ。
攻撃が効かない。殺すことができない。
自分の手にある武器が、目の前の存在に対して一切の死を与えることができないという絶望感。
それは、戦士や暗殺者としてのプライドや技術を根本から打ち砕く、生存本能そのものへの恐怖拷問だった。
「ひっ……助けてくれぇぇっ!!」
ついに耐えかねた前衛の重装傭兵が、大盾を投げ捨てて後方へと逃げ出そうとした。
パニックは一瞬で伝染する。傭兵たちも、サーティの手下たちも、陣形を乱して我先にと出口の鉄扉へと群がり始めた。
「逃がすか」
私は再生したばかりの足で石畳を強く蹴り、音もなく彼らの頭上へと跳躍した。
自傷再生の激痛は、全身の神経を焼き尽くすほどに猛烈だ。だが、その激痛を私は100%の絶対的な殺意へと変換していた。脳内は冷却され、敵の動揺と逃走の死角が、鮮明な「ハメパターン」として浮き彫りになる。
シュッ! ザシュッ!!
宙から舞い降りざま、パニックを起こして出口へ群がる傭兵たちの首筋へ、黒磁の短剣を次々と突き立てていく。
一人、二人、三人。
抵抗する気力を失い、ただ悲鳴を上げて逃げ惑う彼らは、もはや暗殺者の敵ではなく、ただの「動く標的」でしかなかった。
「ひぃぃぃっ……! 来るな! 来ないでくれぇぇっ!!」
わずか数分の間に、地下ホールにいた十数名の刺客と傭兵たちは、血の海の中で全滅した。
残されたのは、石壇の上で腰を抜かし、股間を濡らしてガタガタと震えるサーティただ一人だった。
「ひ……四十二番……いや、レヴナント様……! 許してくれ! 利権も、金も、全部やる! 『黒の死神』との連絡窓口も全部お前に渡すから……っ!!」
サーティが涙と鼻水を撒き散らしながら、石畳に額をこすりつけて命乞いを叫ぶ。
私は全身に返り血を浴びたまま、無表情の「死んだ目」で彼の下へと歩み寄った。
「命乞いは不要だ」
「ひっ……!?」
私は躊躇なく、サーティの右腕を足で踏みつけ、骨をへし折った。
バキッ!!
「ぐあぁぁぁぁぁっ……!?」
「お前が他国の特務部隊『黒の死神』へ売り渡そうとしていた私の価値……そして、お前たちが故郷ヴァルハイト領で何を行ってきたか。それを自分の肉体で思い知りながら死ね」
私は黒磁の短剣の切っ先を、サーティの喉元へと静かにあてがった。
「ひ……ひぃ……お前は……お前は一体、何者なんだ……!?」
絶望に顔を歪めるサーティに対し、私は暗闇の中で冷たく宣告した。
「死に損ないの棺——レヴナントだ」
ギルド内部で私を狙い、他国の特務部隊と手を組んでハメ殺そうとしていたサーティ派閥の完全なる崩壊。
圧倒的な「死ななさ」の恐怖を見せつけ、敵の精神を内側から崩壊させて根こそぎ刈り取る。
血の匂いが充満する広大な地下ホールの中で、私は血のついた短剣を静かに収め、次なる本命——敵国の特務部隊「黒の死神」と仇敵ザハールとの最終決戦へ向け、静かに歩みを進めるのだった。




