35 第8章:自傷の殺戮戦闘術
第8章 第1節
サーティ派閥が他国の特務部隊「黒の死神」と接触し、私を刺客の手によって処理しようとしている——その裏取りを完了させた数日後、私はあえて奴らの誘い込みに応じる形で、王都の北外れにある放棄された旧羊毛加工場の地下跡地へと足を運んでいた。
そこは天井が高く、壁は重厚な石造りで覆われた、完全なる音の途絶える「密室」だった。
「クックック……やはり来たか、四十二番。いや、新参の気取り暗殺者『レヴナント』よ」
地下跡地の暗がりから姿を現したのは、サーティ派閥の幹部であり、重厚な大太刀を背負った熟練の剣士・十一番だった。彼の左右、そして天井の梁には、サーティの息がかかった熟練の刺客たちが四人、私を囲い込むように配置されている。さらに、部屋の四隅には魔法の波動を外部へ漏らさない遮断の魔導具が設置されており、ここでの戦闘音や悲鳴が表に漏れることは一切ない。
「上層部はお前の目覚ましい働きを評価していたようだが、所詮はお前も青臭いガキだ。サーティ様が『黒の死神』と取引を交わし、お前を密かに引き渡すことと引き換えに、我が派閥が北方ルートの絶対的な権利を手に入れる……そのための生贄となってもらう」
「長々とした言い訳は不要だ」
私は黒磁の短剣を右手にだらりと下げたまま、一切の構えも取らずに冷ややかに十一番を見据えた。
「自分たちの無能さを棚に上げ、他国の特務機関に尾を振る泥鼠どもが。お前たちのその浅はかな計算のすべてが、すでに私の方程式の中に組み込まれているとも知らずに」
「ぬかせ小僧がっ! 囲め! 足を叩き折って生け捕りにしろ!」
十一番の怒号とともに、四人の刺客が一斉に跳躍した。
左右からの投擲ナイフ。足元を狙う鎖鎌。そして上空からの奇襲の突き。
ギルドの訓練を潜り抜けてきた熟練者たちの連携は完璧であり、通常ならばどのような剣士であっても、この四方からの同時攻撃を回避あるいは完全防御することは不可能だった。
(回避動作は不要。防御の体勢も要らん)
私の脳内では、前世の力学・解剖学の計算がコンマ数秒の精度で完了していた。
私は刺客たちの放ったナイフや鎖鎌の軌道を微小な身体の捻りで最小限の浅い傷にとどめさせ、最大の脅威である十一番の動きだけに集中した。
十一番は巨体からは想像もつかない鋭い踏み込みで間合いを詰め、その重厚な大太刀を全力で振り下ろしてきた。狙いは私の「左腕」——私を殺さず、片腕を切断して戦闘不能にし、生け捕りにして「黒の死神」へ売り渡すための、計算された精密な一撃。
大太刀の刃が、風を切り裂いて私の左前腕部へと迫る。
普通なら、腕を引くか、右手の短剣で受ける場面だ。
だが、私は——あえて左腕を十一番の刃の軌道へと真っ直ぐに差し出した。
「もらったぁっ!!」
十一番が勝利を確信し、歓喜の叫びを上げる。
ドスッ……ガキィィィンッ……!!
肉が切り裂かれ、骨が鋭く削られる不気味な鈍光と衝撃が地下室に響き渡った。
十一番の大太刀は、私の左腕の肉を深く断ち割り、尺骨と橈骨の隙間へと深々と食い込んだ。
「あ……がっ……!?」
激痛。全神経を瞬時に焼き尽くすような、狂気的な痛みの濁流が脳髄を直撃した。
普通の人間の剣士ならば、この痛みに耐えかねて悲鳴を上げ、膝をつき、意識を失って崩れ落ちるだろう。十一番の顔にも「片腕を潰した」「勝った」という絶対的な油断の笑みが浮かんでいた。
手応えは十分。相手の肉体に自慢の刃が深々と噛み合っている。
格闘戦や剣闘において、自分の攻撃が完璧に命中したそのコンマ数秒の間隙——人間は絶対に次の動作に移るための「コンマ数秒の硬直と弛緩」を生み出す。
(ハメ完了)
私は激痛の波を強靭な冷徹さで力任せに押さえ込み、左腕の内部で「肉体再生」の異能を意図的に部分解放した。
バキバキバキッ……!!
十一番の大太刀の刃が食い込んだままの左腕の内部で、引き裂かれた筋肉の繊維が、そして削られた腕の骨が、異能の力によって急速に「復元・肥大化」し始めた。
「な……!? 何だこれは……っ!?」
十一番の顔から笑みが消え、戦慄の表情へと変わった。
彼が大太刀を引き抜こうと腕に力を込めたが、剣は微動だにしなかった。
当然だ。私の左腕の肉と骨が、切断されるどころか、刃を包み込むようにして強引に再生・収縮し、十一番の大太刀の刃を万力以上の圧力で「ガチリ」と噛み合わせて固定してしまったのだ。
敵の武器を自らの肉体と骨で挟み込み、拘束する——狂気の自傷再生トラップ。
「ぬ、抜けない!? なぜだ、腕が……刀が抜けんぞ!?」
十一番が顔を血走らせ、両手で大太刀の柄を必死に引っ張る。
しかし、彼が刀を引き抜こうと力めば力むほど、彼の体勢は私の至近距離へと強く引き寄せられ、「無防備な体制」へとなっていった。
武器を奪われ、体勢を崩し、至近距離で前に引きずり出された敵。
「お前の勝ち筋は、最初から存在しなかった」
私は冷ややかに言い放ち、右手に握りしめた黒磁の短剣を、十一番の喉仏へと向けて最短距離で突き出した。
シュッ。
「が……っ、ごふっ……!?」
短剣の刃は、十一番の喉仏を正確に貫通し、頸椎の隙間へと深々と突き刺さった。
十一番の瞳から狂気が消え、困惑と絶望の表情が広がる。彼は自分の首に突き刺さった短剣に手を伸ばそうとしたが、神経を断たれた肉体はすでに言うことを聞かない。彼は血の泡を吹きながら、大太刀の柄を握りしめたまま前のめりに崩れ落ちた。
「じ、十一番様が……一瞬で……!?」
「ひぃぃっ……! 腕に刀が刺さったまま、反撃しただと……!?」
周囲を取り囲んでいた四人の刺客たちが、目の前で起きたあまりにも常軌を逸した光景に悲鳴を上げた。
相手の刃をあえて自分の肉体で受け、傷を再生させながら骨で刀を固定し、身動きの取れなくなった敵の急所を至近距離から穿つ。
それは、どれほど剣技に長けた熟練者であっても予測不可能な、自傷再生者だけに許された絶対の「ハメ殺し理論」だった。
「次は……お前たちだ」
私は首を撥ねられた十一番の死体から、左腕に深々と刺さっていた大太刀を、自分の肉体ごとメリメリと音を立てて引き抜いた。
ド黒い血が溢れ出る。だが、密室となったこの隠れ家において、私は一切の容赦なく異能を全開にした。
バキバキバキッ……!!
左腕の深々と裂けた傷口から、淡い光の粒子が溢れ出す。引き裂かれた筋肉が蠢いて繋がり、削られた骨が瞬時に元通りに塞がっていく。わずか数秒。私の左腕は、最初から傷などなかったかのように滑らかな皮膚を取り戻していた。
「ひ、ひぃぁぁぁっ……!? 怪物……化け物だぁぁぁっ!!」
刺客たちの精神は完全に崩壊した。
「逃がさんよ!」
逃げ出そうと背を向けた刺客の一人に対し、私は修復されたばかりの左手で十一番の大太刀を拾い上げ、豪快に投げつけた。
ドスッ!!
大太刀は背後から刺客の胸を貫き、壁の石柱へと深々と縫い付けた。
「逃がさんと言ったはずだ」
残る三人の刺客が悲鳴を上げながら乱乱に襲いかかってきたが、一度精神が崩れた彼らの攻撃など、私にとっては止まっている標的も同然だった。短剣を一閃、二閃。喉を掻き切り、目孔を穿ち、最後の一人の心臓を貫いて沈めた。
静寂が、再び地下の廃加工場を支配した。
転がる五つの死体と、血の海。
私は腕の痛みを感じながらも、その冷たくなった左手を何度も握り締め、己の構築した「自傷再生のトラップ」の完璧な致死率を改めて確信していた。
自分の肉体を切らせ、骨で相手の刃を拘束してハメ殺す。
この狂気の戦闘理論がある限り、どのような熟練の剣士であっても、私に接近戦で勝利することは不可能なのだ。
私は転がった十一番の死体から黒磁の短剣を引き抜き、血を無造作に拭うと、暗闇の奥へと静かに視線を向けた。
「サーティ派閥の幹部は消した。……次は、本丸だ」
私からすべてを奪った者たち、そして私を売り渡そうとしたギルドの泥鼠ども。
お前たちが張り巡らせた罠のすべてを、私自身の肉体を餌にした「ハメ殺しの罠」で上書きし、一人残さず地獄の底へと引きずり降ろしてやる。
暗闇の中で、私の「死んだ目」が妖しく、そして冷酷に輝いていたのだった。




