33 第7章:ギルド内の生存競争
第7章 第4節
湾岸地区の廃倉庫にて、サーティの側近である十四番と十九番を粉塵爆発と自傷再生の罠によって完膚なきまでに屠ってから数日。ギルド内部での私の存在感は、もはや無視できない巨大な影となって他派閥を威圧していた。
サーティ派閥の手足は次々と奪われ、彼らが握っていた王都の裏利権や密輸ルートは、潮が引くように私の支配下へと組み替えられていっていた。追い詰められたサーティが、いよいよ自ら刺客として現れるか、あるいは上層部に命乞いをするかの瀬戸際——。
しかし、王都の闇を包み込む混迷の糸は、ギルド内部の醜い権力闘争だけに留まらなかった。
「……レヴナント様。裏街の気配が、急激に重くなっています」
潜伏先である下町の地下調剤室。暗闇の陰から姿を現したシルヴァの声には、これまでになく硬質な緊張が混じっていた。彼女は手にした羊皮紙の断片を私へと差し出しながら、低く言葉を続けた。
「ギルド周辺……特に、あなたが『赤き蛇』から奪い取った密輸ルートの連絡拠点周辺において、正体不明の集団が接触を図ろうとしています。彼らはギルドの構成員でも、王都の地下組織の人間でもありません」
「……他国の特務機関か」
私は黒磁の短剣を無造作に弄びながら、冷ややかに呟いた。
「はい。動きに無駄なく、徹底して足跡を消す軍隊式の潜入術。そして何より……彼らは王都の裏社会で『ある特定の魔導波長』と『数年前に行方不明となった貴族の血脈』に関する情報を、莫大な資金を投じて買い漁っています。間違いありません。旧ヴァルハイト領を実質支配している敵国の特務部隊『黒の死神』——その先遣隊です」
シルヴァの報告を受けながら、私の脳内では冷徹な計算式が目まぐるしく展開していった。
敵国の特務部隊が、なぜ今このタイミングで暗殺ギルドの周辺、それも私の管轄するルートの周囲を急速に嗅ぎ回り始めたのか。
理由は明白だった。
第一に、私がバルトロメウス男爵を殺害し、「赤き蛇」の密輸網を解体・再編したこと。あの密輸ルートは元々、旧ヴァルハイト領の地下施設から生体実験の副産物や過酷な搾取物資を運び出すための「パイプライン」だった。そのパイプラインが突如として遮断され、利権の所有者が「レヴナント」という正体不明の暗殺者に取って代わられたことで、敵国の本国上層部が警戒を強めたのだ。
そして第二に、ギルド内部でのサーティとの抗争だ。
廃教会での戦闘、廃倉庫での粉塵爆発——私を狙った同僚の暗殺者たちを「ハメ殺す」際、私は人目のない密室環境において自傷再生の異能を開放し、敵を爆殺してきた。
どれほど密室で目撃者を全滅させたとはいえ、短期間に複数の熟練暗殺者が消息を絶ち、現場に異質な魔導の残滓や粉塵爆発の痕跡が残されれば、プロの密偵の目をごまかしきることはできない。
敵国の特務部隊は、これらの不審な事件の背景に「異常な回復力や不自然な戦闘力を持つ暗殺者」の存在を感じ取り、それが自分たちの長年探し求めていた「ヴァルハイト伯爵家の生き残り」ではないかと疑い始めているのだ。
「……クックッ……ふははっ」
静まり返った地下室に、私の喉から乾いた笑いが漏れた。
「レヴナント様……?」
シルヴァが不審そうに私を見つめる。私は短剣を鞘へと滑り込ませ、暗闇の中で立ち上がった。
「面白いではないか。向こうからわざわざ、首を差し出しに嗅ぎ回ってくれているのだからな」
「ですが、危険です。敵国の特務部隊は、ギルドの刺客どもとは規模も装備も違います。彼らは『血』に対抗するための特殊な拘束術式や、魔力を封じる『呪詛の檻』を所有しているという噂もあります。もしあなたの正体が看破されれば、ギルド内部のサーティどころか、敵国の軍隊規模の戦術部隊と正面からぶつかることになります」
シルヴァの懸念は、極めて合理的で正論だった。
本来ならば、気配をさらに消し、潜伏の精度を高め、他国の密偵たちが諦めて去るのを待つのが暗殺者の定石だ。
だが、私の思考回路は、そんな消極的な生存戦略など端から持ち合わせていなかった。
(敵国の特務部隊がギルド周辺を嗅ぎ回る……? 結構なことじゃないか。それこそが、私が望んでいた『次の段階』への絶好の誘い水だ)
私は前世の物理・心理学的知見に基づき、敵の思考パターンをシミュレーションした。
敵国の特務部隊は、「自分たちが優位に立ち、隠密裏にターゲットを探している」と確信している。
彼らは自分たちの持つ膨大な資金、国家規模のバックアップ、そして『血』に関する知識を誇り、王都の暗殺ギルドなど単なる「裏街の害虫」程度にしか思っていないはずだ。
その傲慢さと優越感こそが、完璧な「死角」となる。
もし彼らが私の存在に気づき、「これこそが探していた伯爵家の生き残り(アレン)だ!」と確信して襲いかかってきたらどうなるか?
彼らは私を生捕りにし、研究施設へ連行しようと『手加減』した拘束攻撃を仕掛けてくるだろう。
私を「殺す」のではなく「捕らえる」ための選択。
その瞬間、彼らの攻撃の威力と選択肢は激減し、絶対的な油断が生じる。
その油断に乗じ、私はあえて自らの肉体を彼らの『拘束術式』や『刃』へと刺させ、骨と肉で噛み合わせて拘束する。そして至近距離から、敵国の特務部隊の幹部や術士たちの喉仏を、黒磁の短剣で一瞬にして叩き切る。
敵が私を探せば探すほど。
敵が真相に近づけば近づくほど。
彼らは自ら、私の設計した「自傷再生のハメ殺し地獄」へと足を踏み入れることになるのだ。
「シルヴァ」
「……はい」
「密輸ルートの連絡拠点に仕掛けてある情報網を、わずかに『緩めろ』」
私の冷酷な指示に、シルヴァはハッと息をのんだ。
「緩める……ですか? 敵に情報を与えるということでしょうか?」
「そうだ。ただし、決定的な証拠は渡すな。『赤き蛇のルートを乗っ取ったのは、異常な回復能力を持つ不気味な新参暗殺者である』という尾ひれのついた噂だけを、それとなく敵の密偵の耳へ流し込め」
あえて影をチラつかせ、相手の食欲(探求心)を煽る。
敵がじれったさに耐えかねて、ギルドの敷居を跨ぎ、あるいは私の用意した「罠の密室」へと飛び込んでくるように誘導するのだ。
「敵国の特務部隊を、サーティとの抗争の舞台へと誘い込む。内部の泥鼠と、外部の害獣(敵国の密偵)。二つの敵を同じ密室に閉じ込め、互いに喰らい合わせながら、まとめてハメ殺してやる」
私の「死んだ目」の奥底で、底知れぬ漆黒の殺意が禍々しく蠢いた。
白亜の城を焼き払い、両親を惨殺し、故郷ヴァルハイト領を巨大な屠殺場へと変えた敵国の権力者たち。
お前たちが放った密偵どもの足音が、すぐ近くまで迫っている。
探すがいい。血眼になって裏街の泥をさらえ。
そして、ようやく見つけた「伯爵家の惨めな生き残り」が、お前たちの喉元を喰いちぎるために地獄から舞い戻った絶対の死神であると思い知りながら、己の血の海の中で絶命するがいい。
冷たい地下室の中で、私は黒磁の短剣を静かに握り締め、背後に迫る他国の密偵たちの気配を察知しながら、次なる殺戮の舞台装置を冷徹に組み上げていくのだった。




