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31 第7章:ギルド内の生存競争

第7章 第2節


サーティの一派が放った刺客たちを廃教会の闇に沈めてから、王都の裏社会における私の「潜伏形態」は、より多層的かつ狡猾なものへと深化していった。


ギルド内部での縄張り争いが激化し、私が握る「赤き蛇」由来の密輸ルートや情報网の価値が高まるにつれ、私は一つの拠点に留まるリスクを排除し始めた。スラムの安宿、貧民街の路地裏、そして娼館街——王都の光の当たらないあらゆる場所に、私は「隠れ家」としての拠点を点在させていく。


そして、それらの拠点が増えるにつれ、私の周囲には「私に身を寄せ、肌を重ねる女たち」の数も自然と増殖していった。


貧民街の娼館で私に盲目的な好意を寄せ続けるルシアだけではない。

「赤き蛇」の残党狩りの最中、組織の私有物として囚われていたところを私が「ついで」に解放した良家の落ちぶれ娘。

下町の情報屋として暗躍し、私の冷徹な強さに庇護を求めてきた情報屋の女。

そして、ギルドの訓練生時代から私の背後に潜み、忠実な影として私に命を預け続ける三十八番(シルヴァ)。


彼女たちは皆、それぞれ異なる理由で私に惹かれ、私にすり寄り、自らの身体を差し出してきた。


「ねえ、レイン……今日もここに泊まってくれるの? お願い、外の恐ろしい人たちの話なんてしないで……あたしを抱いて……」


落ちぶれた元貴族の娘・エレナは、安っぽい絹のドレスをはだけさせ、震える指先で私の胸元にしがみついてきた。彼女の家族は政争に敗れ、父親は牢で死に、彼女自身も裏社会の男たちに弄ばれかけていた。絶望の底で現れた私が、目の前で脅迫者を淡々と殺害したその光景に、彼女は恐怖と同時に狂信的な「救済」を見出したのだった。


私は彼女の繊細な肩を抱き寄せ、無言のままベッドへと押し倒した。


部屋の中に、湿った吐息と衣擦れの音が広がる。

彼女は私の首に細い腕を回し、縋りつくように唇を重ねてきた。愛を求め、安心を求め、自分がまだ崩壊していないことを確かめるための、痛々しいほど生々しい肉体の要求。


しかし、彼女を抱く私の心は、凍りつくほどに冷め切っていた。


(皮膚の厚み、骨格の華奢さ、動脈の脈拍数……呼吸が乱れるにつれ、胸鎖乳突筋の緊張が解けていく)


エレナの甘い喘ぎ声を耳元で聴きながら、私の頭脳は彼女の身体をただの「解剖学的なサンプル」として、あるいは「潜伏の精度を高めるための肉の壁」として冷静に処理していた。


彼女の瞳に浮かぶ好意や依存、私に向けられる情愛のすべてを、私は一切受け止めなかった。

そこに情を通わせる気など微塵もない。私にとって彼女は、外部の刺客や監視の目を逸らすための「一般人の迷彩」であり、疲弊した肉体の表面的な調整弁に過ぎないのだから。


「あぁ……レイン……あなただけが、あたしの光なの……っ」


胸の中で感極まった声を上げるエレナに対し、私は言葉をかけることすらしない。ただ機械的に彼女の身体を揺さぶり、必要な欲望の吐き出しが終われば、すぐに身体を離して服を整えた。


「レイン……? どこに行くの……? まだ、側にいて……」


「余計な口を挟むな」


私は冷淡に言い放ち、振り返りもせずに黒い外套を羽織った。

「お前にメシと宿を与えているのは、ここで静かに息を潜めておくためだ。それ以上の価値を自分に見出すな」


氷のように冷たい私の言葉に、エレナは傷ついたように息をのんだが、私から捨てられる恐怖の方が勝り、すぐに言葉を失ってうずくまった。彼女の絶望も傷心も、私にとっては雑音ですらなかった。


◇


「……相変わらず、容赦がないのね、レヴナント」


別の潜伏先である地下の調剤室の影から、ぬけぬけと姿を現したのは、情報屋の女・マルタだった。

彼女は二〇代半ばの妖艶な美女で、王都の裏社会の噂や貴族の醜聞を売り買いする毒婦だったが、彼女もまた、私の「自傷再生」の凄惨な現場を目撃して以降、私という存在の狂気に魅了された一人だった。


「あの娘、あなたに心も体も全部捧げているわよ? もう少し優しくしてあげたらどうかしら」


「無駄な感情の浪費だ」


私は調合した麻痺毒の小瓶をポケットに収めながら、冷ややかな目をマルタに向けた。

「お前も勘違いするなよ、マルタ。お前が私に運んでくる情報と、お前の身体の利用価値が釣り合っている間だけ、お前の命は保証されている」


「ふふっ、本当に冷血漢ね……でも、そこがいいのよ。どんな男も最後は女の情に流されるけれど、あなただけは絶対にブレない……完璧な殺戮の機械」


マルタは自ら服の肩口を滑り落とし、私へと艶めかしく歩み寄ってきた。

「今日も、私を『検分』してくれるの? あなたのその冷たい手で……」


私は一切の躊躇なく、彼女の腰を抱き寄せ、壁へと押し付けた。

相手が誰であれ、関係の質は変わらない。

愛なし、救いなし、甘い言葉の囁き合いすら存在しない、完全なる「乾いた肉体の交換」。


彼女たちが私に寄せる好意や執着、快楽への依存が増殖すればするほど、私の潜伏網は網の目のように王都全体へと広がっていく。彼女たちの家、彼女たちの隠れ家、彼女たちの情報網。それらはすべて、私がギルド内部の刺客や敵国の特務機関から身を隠し、反撃の機会を覗くための「安全保障のネットワーク」として機能していた。


そして、その関係の極致にいたのが、三十八番——シルヴァだった。


夜更け、他の女たちとの接触を終え、最も安全な最奥の隠れ家へ戻った際、シルヴァは無言で私を待っていた。


彼女は他の女たちのように、私に甘い言葉を求めたり、情愛を乞うたりはしない。

彼女は自分自身が私の「道具」であり、「影」であることを誰よりも正しく理解していた。


「……レヴナント様。お疲れのようですね」


「服を脱げ、シルヴァ」


私は労いの言葉もかけず、短く命じた。

シルヴァは微塵の躊躇もなく、漆黒の暗殺服の紐を解き、滑らかな肌を夜気に晒した。


「……はい」


彼女の肌に触れ、その体温を感じながら、私は彼女の身体を激しく抱いた。

彼女もまた、私の過酷な自傷再生の激痛と、毎夜の殺戮の記憶を受け止めるための「冷たい肉の受け皿」だった。私に抱かれながら、シルヴァは私の背中に強く爪を立て、抑え込んだうめき声を漏らす。


「あぁ……レヴナント様……私を……あなたの刃として、いくらでも擦り減らしてください……」


彼女の耳元で甘い喘ぎ声が漏れても、私の胸の奥に灯る殺意の焔が揺らぐことはない。


増殖していく女たち。私に群がり、肌を重ね、好意を寄せてくる無数の肉体。

それらの温もりに包まれながらも、私の魂はどこまでも孤独で、どこまでも冷たく凍りついていた。


母親が陸竜の巨足の下でペチャンコに潰されたあの瞬間から、私の中で「誰かを愛する」「誰かに共感する」という機能は壊れ、消滅している。私にとって人間とは、自分を含めてすべて「肉と骨と臓物のパーツ」に過ぎないのだ。


(好意も、情愛も、身体も……すべては私を生かし、仇敵をハメ殺すための『資源』だ)


女たちの増殖と、それに対する私の徹底した冷淡さ。

その温度差こそが、私が「人間としての弱点」を排除し、完璧な暗殺者レヴナントとして君臨し続けるための、冷酷な証明に他ならなかった。


私は静かな寝息を立て始めたシルヴァの身体を冷たく突き放し、暗闇の中で黒磁の短剣の刃を見つめた。

私に寄せる彼女たちの無数の好意を毒へと変え、次のターゲット——ギルド内部で私を狙うサーティの派閥を根こそぎ喰らい尽くすための冷徹な罠を、暗闇の中で静かに張り巡らせていくのだった。

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