28 第6章:初任務と冷徹な日常
第6章 第4節
王都の裏通りを支配する新興組織「赤き蛇」の残党狩りと、旧ヴァルハイト領からの密輸ルートの調査を進める中で、私はある不穏な情報を掴むに至った。
下町の安酒場やギルドの末端が扱う極秘の情報紙、そして何より、私が暗殺者として潜入・工作を行った闇ルートの取引先から漏れ聞こえてくる声。それらはすべて、一筋の不気味な糸となって一つの存在へと結びついていた。
「——敵国の特務機関が、血眼になって捜索しているらしい」
「『血』を完全に引き継いだ、ヴァルハイト伯爵家の血統の生き残りを、な」
貧民街の路地裏にある密売人の隠れ家。拘束され、首元に黒磁の短剣を突きつけられた男が、死の恐怖にガタガタと震えながら吐き出したその言葉に、私の「死んだ目」は微かな光を宿した。
「詳しく話せ」
「ひ、ひぃっ……! 頼む、殺さないでくれ! 本当だ、本当なんだ! 5年前にヴァルハイト領を接収した敵国の魔導特務部隊『黒の死神』が、今も秘密裏に王国内へ多数の工作員を放っている! やつらの狙いはただ一つ……あの日、城の陥落に乗じてまんまと姿を消した、ヴァルハイト伯爵の幼き一人息子の捜索だ!」
男の喉元からツーと細い血が垂れ落ちる。私は表情一つ変えず、短剣の刃先をわずかに肉へと食い込ませながら、冷徹な思考を巡らせた。
(……逃げた血統の生き残り、か。つまり、この俺のことだな)
あの日、白亜の城が炎に包まれ、父の首が飛び、母が陸竜の巨足の下でペチャンコに潰された凄惨な現場。敵国の特務部隊は、伯爵家の血筋を根絶やしにし、その肉体に宿る「肉体再生」の秘密を完全に独占しようとしていた。
しかし、混乱の中で私は泥を啜りながらスラムへと逃れ、最終的に暗殺ギルドの「養殖場」という名の地下施設へ買い叩かれた。外界のあらゆる探索魔法や感知の波動を完全に遮断する古代結界の庇護下に入ったことで、私の気配と存在は世界から完全に消滅していたのだ。
敵国からしてみれば、のど喉から手が出るほど欲しい「最強の肉体再生因子」を持つ実験素体が、土壇場で手の中からすり抜けたことになる。
「やつらは……やつらはどんな手段で探している?」
「魔、魔導探知の触媒と、懸賞金だ……! 敵国は王国の裏社会に莫大な裏金を流し込んでいる! 『十五歳前後で、異常な回復力を示す者』、あるいは『ヴァルハイトの血統特有の魔導波長を持つ者』の情報に、家が建つほどの金貨を賭けているんだ! さらに、旧領地から連れてきた領民の子供たちを次々と傷つけ、血の共鳴反応を調べる狂気じみた実験まで続けている……!」
密売人の吐き出した内容は、先日の調査で判明した「元我が家の現状」と見事に符合していた。
敵国は、我が家系が持っていた「血」の模倣と複製に執着している。
我が故郷の領民たちを屠殺場の畜生のごとく扱い、生体実験を繰り返しているのも、本物の「血統の生き残り(私)」を手に入れられない焦りの裏返しなのだ。
(くっ……ふふっ……はははっ)
心の奥底で、暗く冷たい笑いが込み上げてきた。
奴らは探し続けているのだ。
自らが仕掛けた殺戮の嵐の中からすり抜け、どこかの街角で野良犬のように野垂れ死んだかもしれない子供の影を。
その子供が、いまや古代結界の暗闇の中で牙を研ぎ澄まし、自傷再生という狂気のハメ殺し理論を完成させた「暗殺者レヴナント」として、すぐ間近の闇に潜んでいるとも知らずに。
「も、もう話せることは全部話した! 命だけは……っ!」
密売人が命乞いを叫んだ瞬間、私は短剣を横一文字に閃かせた。
シュッ。
言葉が途切れ、男は喉から血の泡を吹きながら床へと倒れ伏した。生かしておく理由はない。私が「探されている当事者」であるという思考の糸口すら、この世に残すわけにはいかないからだ。
足元に広がる血の海を見つめながら、私は短剣の血を無造作に拭った。
周囲の闇から、気配を殺して待機していた三十八番が姿を現した。彼女の銀灰色の瞳にも、冷ややかな緊張が宿っている。
「……レヴナント。大丈夫なの? 敵国の特務部隊が本気で捜索網を広げているなら、ギルドの仕事で目立ちすぎるのは危険よ。いつあなたの正体が……」
「問題ない」
私は冷淡にシルヴァの言葉を遮った。
「むしろ、都合が良い」
「……え?」
「奴らが血眼になって探しているということは、それだけ『血』の存在と価値に執着しているということだ。そして、奴らの意識が『過去の遺物としての生き残り』に向いている限り、新しく誕生した暗殺ギルドの構成員『レヴナント』と結びつくことはない」
敵国が探しているのは、「逃げ延びた脆弱な伯爵家の幼子」だ。
だが、現在の私は、何百回と肉体を削られ、骨を砕かれ、そのたびに自傷再生の激痛をねじ伏せて生還してきた「殺戮の機械」だ。
奴らの甘い認識と、過去の幻影への執着。それこそが、私のハメ殺し戦術における最高の「油断」となる。
もし、敵国の特務部隊や魔導技師どもが私の前に現れたなら。
あるいは、私が旧ヴァルハイト領へと乗り込み、奴らの本陣を急襲したなら。
奴らは私を発見したことに狂喜し、「実験素体を手に入れた」と確信して油断するだろう。
そして、拘束しようと手を伸ばしたその瞬間に、私はあえて自らの肉体を差し出し、刃を骨で噛み合わせて拘束し、至近距離から奴らの喉骨を砕いてやる。
「探させておけばいい。懸賞金を吊り上げ、工作員を増やし、焦りを募らせればいい」
私は暗闇の中で黒磁の短剣を鞘へと収めた。
「奴らが探し求めている『希望の血脈』が、自分たちの命を根こそぎ刈り取る『絶望の地獄』そのものであることを、その死に際に教えてやる」
シルヴァは息をのみ、私の背後に静かにひざまずいた。
「……御意のままに、レヴナント様」
敵国が追う「逃げた血統の生き残り」の噂。
それは、私を追い詰める脅威などではなく、奴らを逃げ場のない死地へと誘い出すための、絶好の撒き餌に過ぎなかった。
私から故郷を奪い、両親を惨殺し、領民を屠殺場の肉へと変えた敵国の権力者たち。
お前たちが血眼になって探している「伯爵家の生き残り」は、すでに暗殺者として、お前たちのすぐ背後の影の中に立っている。
冷たい夜風が裏路地を吹き抜ける中、私の「死んだ目」は、敵国が存在する遥かな北の空を見据え、絶対に消えない不滅の殺意を静かに燃え上がらせていたのだった。




