14 第3章:スラムの最底辺と買収
第3章 第5節
地下施設へと続く鉄の扉が閉ざされ、重く冷たい空気が私たちの周囲を完全に包み込んだ。
奴隷商人の姿が消え去った後、そこに残されたのは、無機質な石造りの回廊と、青白く明滅する魔導ランプの光だけだった。外界の喧騒や、上空をかすめる他国の軍事気球の気配すらも、この場所ではまるで遠い星の出来事のように一切届かない。
ここが、国家の表社会からは完全に隠蔽された「影の聖域」――暗殺ギルドの拠点である。
周囲を見回すと、私と同じようにスラムや裏社会から連行されてきた同年代の子供たちが数十人、冷たい床の上にうなだれるように座り込んでいた。誰もが恐怖に震え、あるいは絶望に顔を歪めている。奴隷商人に売られるまでの過酷な生活ですでに心身をすり減らしていた彼らにとって、この閉塞した地下空間は、まさに地獄の待合室にしか映らなかったのだろう。
しかし、私の意識はそのような感傷的な恐怖には向いていなかった。
私の関心を強く惹きつけていたのは、この空間全体を支配している「異質な魔導の質感」だった。
(……なんだ、この感覚は)
皮膚がピリピリと痺れるような微弱な魔力の波長が、空間の隅々まで満ち満ちている。天井や壁面に目を凝らすと、肉眼ではかろうじて捉えられないほどの微細な幾何学模様——古代文字の刻印が、石材の継ぎ目に沿って無数に刻み込まれているのが見えた。それは単なる装飾ではない。空間の位相をねじ曲げ、外界からのあらゆる干渉を遮断するための、途方もなく高度な魔導結界のネットワークだった。
「――感心だな。そこにいる新入り、壁の模様にしきりに目を向けているが、何か分かるのか?」
唐突に背後からかけられた低い声に、私はわずかに眉をひそめて振り返った。
そこに立っていたのは、暗殺ギルドの指導官を思わせる、全身を漆黒の軽装甲で固めた男だった。その眼光は冷徹な刃のように鋭く、首筋には過去の戦闘で刻まれたのだろう生々しい魔導火傷の痕が覗いている。彼は他の子供たちが恐怖に縮こまっている中、私だけが冷静に周囲の環境を観察していたことに興味を惹かれたらしい。
私は臆することなく、その冷たい男の目をまっすぐに見据えたまま答えた。
「分かるわけがない。だが、肌で感じる。外の空気が完全に遮断されていることくらい、子供でもわかる」
「ほう……口の減らない小僧だな」
指導官は不敵な笑みを浮かべ、石造りの回廊の壁に軽く手を触れた。
「よく見ておくがいい。これが我がギルドの誇る『古代結界』だ。神代の遺産であるこの結界は、王国の誇る最高峰の探索魔導士が目の前を通り過ぎようとも、ここにあるすべての気配、すべての命の鼓動を完全に無へと帰す。地上でどれだけ国家間の戦争が起なかろうが、他国の軍隊が血眼になって『血』の生き残りを捜索していようがね」
指導官の言葉を聞きながら、私は内心で深く頷いていた。
なるほど、これほどの絶対的な隠蔽能力を持つ結界であれば、他国の追手や王国の魔導部隊がどれほど執念深く捜索を展開しても、このギルド内部に潜り込んでしまえば、文字通り「存在そのものを世界から消去する」ことができる。私を追っていた陸竜騎兵隊も、あの忌々しい敵国の特務部隊も、この結界の壁一枚挟んだ外側では、ただの盲目の獣に成り下がるというわけだ。
「外部から完全に切り離された密室……。つまり、ここでは法律も道徳も、外の世界のルールは一切通用しないということか」
私のその冷静すぎる分析に、指導官の笑みがわずかに深まった。
「よく理解しているじゃないか。そうだ。ここにはルールなど存在しない。あるのは『生き残るか、殺されるか』の二つに一つだけだ。今日からお前たちは、そのための『駒』として徹底的に養殖される。泣き喚こうが慈悲を乞おうが、この結界の外にいる神々も王様も、誰も助けには来ない」
指導官は冷酷な宣告を残すと、他の怯える子供たちを無視するように、踵を返して奥の暗闇へと歩いていった。
「――続け、全員立たせろ。最初の適性試験を始める」
手下たちの怒号が響き渡り、子供たちが半ば引きずられるようにしてさらに深い地下施設へと追いやられていく。
私はその流れに逆らうことなく、静かに足を踏み出した。
外の世界から完全に遮断された古代結界の地下。そこは、他国の追手を完全に振り切り、私が自らの手で復讐の牙を研ぎ澄ますための、これ以上ないほど閉ざされた「密室の狩り場」だった。
恐怖心などとうの昔に死に絶えている。この結界の闇の中で、私は生き残るための冷酷な戦闘理論と、すべてをハメ殺すための冷徹な力を、泥水を啜るように貪欲に吸収してやる——そう心に誓いながら、私は暗殺ギルドの深淵へと足を踏み入れたのだった。




