(7)志願兵
ある日、村に王都から布令が出た。中央広場に看板が立てられている。
「なんだ……?」
「徴兵だ。魔王軍が王都に侵攻してくるらしい」
字があまり読めないニキに、俺はそれを読み端的に伝えた。
「強制徴集ではない。志願兵の募集だそうだ。成果を鑑みて報酬が出る。敵を倒した数とか貢献度に応じるそうだ」
「ほ~……。いくらぐらいだ?」
「えーと」
看板に書いてある情報からは、具体的な報酬額は分からない。ニキに報酬額を訊ねられるも、見当が付かなかった。
「おそらく、最大限の活躍なら、我が家の借金を概ね返済できる程度にはなるかもしれません」
「マジか」
フィアがそう見解を示した。ニキが目を見開く。
「あくまでも過去文献や情勢を鑑みての推測です。どれだけの活躍が見込めるかも分かりませんので、はっきりしたことは言えませんが」
「なるほど」
俺は村の外のことは知らない。村の周辺のことしか分からない。最近、この村には魔物が少ないことが思い当たる。
「……もしかして、最近魔物が少ないのはこれで……」
「あるかもしれません。王都侵攻のために魔王が召集している可能性があります」
「マジかよ」
俺が推測を端的に発すると、フィアが補足する。
「そういやよ、酒場で聞いたぜ。隣の国が魔王に乗っ取られたとか。魔王とかなんだそれ、って感じだけど、魔物を兵士として操って侵攻したから魔王って呼んでるってさ。なんかよく分からんかったけど、そういうことか」
「初耳だな」
「酔っ払って聞いてたから忘れてたわ。今思い出した」
ニキがそんな情報を出してきた。結構重要な情報だと思う。しかし、こうして噂話程度にしか話題にならないあたり、この村の牧歌的な雰囲気を思い知らされる。何気に、危機的情勢なのではと思った。
それにしても「魔王」とは、英雄譚でしか聞かないものだと思っていた。神話とかその類の話に出てくるものではないかと。
考えてみれば、魔王の定義とは何なのだろうか。魔物を統べる者であると思うのだが、今回の場合、文字通りそうなのであろう。
戦争というものは人間同士で行うものと聞いていたが、魔物を操れる能力があれば、兵力としてはその方が強力だろう。どれほど統率が取れるのか疑問だが、一国を滅亡へ追いやっているならそれは為されているということになる。
「……行こう」
「はいぃ??」
俺は徴兵へ志願しようと思った。ニキが怪訝な反応をする。
「お前、魔王を倒して勇者にでもなろうって言うんじゃないだろうな」
「いや、別に勇者にはなりたくないけど親父の借金を返せるかもしれないし……」
「あ~~、まあ、そりゃ、できりゃいいけどさ」
ニキが揶揄い半分に茶化してきたが、俺は現実的な理由を述べた。
「いいですね。私も行きます」
「は?」
フィアもそう宣言した。ニキが「さすがにそれは止めろ」という顔になった。
「私はここに来る前、傭兵として戦場に立ったことがあります。ゼンと一緒なら怖くありません」
「マジかよ……。まあ、精契者だからなくはないか」
胸の前で手を交差させ、不敵に笑むフィア。足元の土が蠢き、ボコボコと鳴った。思わず見とれてしまう。
「その話を詳しく聞かせてくれ」
「ふふ、作戦会議、しましょう」
高揚してきた。恐れなどない。俺もフィアと共に戦うのであればどこまでも行ける気がする。
そして、魔王というものがどのようなものであるのか、この目で確かめ、知ることができるのではないかという期待感に胸を膨らませていた。
加えて、戦場というもの、統率が取れた魔物、戦略、など、未知なものが急に降ってきた。謎が増えた。それらへ俺は挑む。
「お前らすっかり行く気か。オレもおやっさんの飲み代の足しにできるなら行きてぇけど、そんなに戦場向きじゃねえんだよなこれ。戦えなくはないけどよ」
工具の神言器を握り、先端から雷の魔力を回転放出しながらニキがそうぼやいた。本人が言う通り、少人数の暴漢を倒したり、この村へ侵入してくる中程度の強さの魔物を倒す程度の戦闘力はあるのだが、大手柄を上げるほどの自信はないようだ。
「多分、オレらみたいな末端の平民は前線の使い捨てのコマかなんかだろ。初動で生き残れるかわかんねー。こっそり後ろにいようかな」
「確かにそれはありますね」
「うわ、やっぱりな」
ニキが自分たちの戦場での扱いを予想し、口にすると、フィアが合っていると返した。
「お偉いさんの考えることは分かんだよ。汚ねー」
「なるほどな。そうなるな。じゃあ、あんたは留守番してろ」
「うっせえ」
合理的に考えてニキは志願しない方がいいと思い、そう言ったが不服なようだ。
「えーと、工作兵の募集もありますね。たぶん、そっちに配属になると思います」
「お?」
「神言器の検査があると思うので、それで配置が決まるのではないでしょうか」
どうやら、適性検査があるらしい。それにより配置が決まるようだ。フィアがそうニキに説明した。
「よし、オレはそっち行くぜ。死にたくないが金は欲しいからな」
「そうなるといいな」
そして、俺達は親父とラーニャへ志願兵になることを告げた。
「俺のために……クゥ~~~、ありがてえ」
親父は感激した。ラーニャは心配そうな顔をしていた。
基本的に、親父は俺が為すことへ難色を示すことが多いが、これに関しては感激すらしていた。おそらく、これまでの鍛錬が活かせることであり、戦場へ征くということが男らしく勇ましいことだからであろう。親父のこれまでの言動の傾向からそう思う。
「ただ! フィア、お前は駄目だ。女の子は戦場に立つもんじゃない」
出た。親父のこの手の発言。フィアに対して過保護というか「女の子」に対して守らねば、みたいな精神があると思われる。親父の語彙として頻発するものなので、そこから推測するとそうだ。
「いや、すでに傭兵として出たことあるって……。俺の先輩だ」
「え?」
親父はフィアが傭兵として戦場に立ったことがあるのを知らなかったようだ。俺も知らなかったが。
「……私、精契者ですので」
フィアはその一言で親父を黙らせた。
「あ、まあ。そうか。……わかった。ゼン、お前、フィアから離れるなよ」
「ああ。手柄を立ててラーニャへ顔向けできるようにしてやる」
「く、言うじゃねえの。俺も行けりゃいいんだがよ、あいにくパーツが間に合わねえ」
親父はわざとらしく、パンパンと義手義足を叩きながら、戦場へ行けないことを示した。義手義足の交換部品の仕入れが出征時期まで間に合わないのだ。それは事実なのだが、その芝居が掛かった仕草に引っかかるものはあった。
「……あなたたちももう、大人だもの。無事を祈って待ってるわ」
「ああ」
ラーニャがそう、母のような眼差しで言った。いや、俺にとって彼女は母に等しい。未知への期待に突き動かされているが、彼女へ報いたい気持ちも大きかった。
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