(5)親父はヒモ
今日は食事当番だ。俺は釜戸の火を起こし、大鍋に井戸から組み上げてきた水を入れる。
聞くところによると、王都や都市部では、魔力を通すだけで発火する焜炉が一般的らしい。水も、自宅まで引き入れている管に魔力を通すと流れてくるらしい。便利だ。
ここは田舎なので、そんなものは普及していない。……が、最近、焜炉は導入している家庭がある。
「おー、ゼン。テキトーな飯作んじゃねーぞ。虫の粉とか入れたらシメるからな」
「それは俺専用だから入れん」
俺が飯の支度をしていると、チラ見してそんな牽制をしてくるのは、家族として同居しているニキだ。俺の七つ上の男だ。兄貴分にあたるが、実の兄ではない。
「お前が作るやつは味がないほうがマシまである。自分で塩入れた方がいい」
「それは合理的だ。各々で味を調整するのは理にかなっている」
「……っ、ハッ」
ニキは気怠そうに自作の煙草を吹かしながら、手伝うわけでもなく言葉だけ投げてくる。暇なのだろうか。とりあえず俺に文句を言うのが趣味なのかもしれない。だが、味付けは各自でというのはいい案ではないかと思う。そう返したら何故か鼻で笑われたが、まあ、いつもそんな感じだ。
「うちも魔具焜炉導入できないか? 最近仕入れあるんだろ?」
「てめーは魔力ねえだろうが。一生手で火ぃ起こしてろよ」
「いや、フィアが火起こしで顔真っ赤にするから……」
「お前が起こせよ」
「そうか」
親父は火属性なので火起こしが容易だ。なんなら、火を出し切って大人しくしていて欲しいまである。ニキも雷属性なのでいける。フィアは地属性なので発火に関しては魔法で行うことが出来ない。手で起こすしかない。俺は言わずもがなだ。
そして、うちには魔具が売るほどあるのだ。というか売っている。
「今日はゼンが食事当番なのね。頑張って」
「ラーニャ。今、うちに魔具焜炉って入ってるのか?」
「最近仕入れたわ。うーん、まだ修理してないから出せないけど」
また俺の様子を見に来たのは、うちで魔具商を営むラーニャだ。家族として同居している。俺より親父と歳が近い。詳しい歳は知らないが、母親がいたらこのくらいの年齢ではないだろうか。
俺は興味本位で魔具焜炉がうちにあるのか聞いた。導入はできないが、見るだけはしたい。
「おし、やるか」
ラーニャのその言葉を受けて、ニキは仕事場へ行った。
うちは、親父が道場を営んでいるが、主に家計はラーニャが営む魔具商で賄っている。道場の収益はほぼない。というか倒壊したのを建て直した分、借金が上乗せされている。……ということで実質、ラーニャが大黒柱というわけだ。近所の大人が親父のことを「ヒモ」と称していたのを聞いたことがある。女に養ってもらって働かない男のことを指すそうだ。親父は一応働いているが、借金が嵩んでいるので定義としては該当するのだろうか。
ラーニャは昔、行商中、賊に襲われていたところを親父に助けられてから、そのまま今住んでいるこのナログ村でともに暮らしている。恩返しのつもりなのだろうか。それにしてもかなりの長期間ではないだろうか。親父と暮らす利点などないと思うのだが。
しかし、俺は感謝している。おかげでここまで暮らしてこられた。
ラーニャの魔具商は、ニキの神言器の扱いが卓越してきてからかなり軌道に乗った。
ニキの神言器の形は工具だ。多少可変するが、だいたい持ち手を握り込む形状にしている。先端から接着する魔力を流したり、ものを分解することができるのだ。
その魔技で壊れた魔具を修理している。王都などから壊れたものを格安で仕入れ、修理して普及していない地域へ売り込んでいるわけだ。
ラーニャの属性は空だ。神言器の形は袋で、大きさや量に関わらずものが収納できる。なので、人件費もかけず仕入れができる。
「いただきます」
皆で食卓を囲み、昼の食事をする。王都などの都会では分からないが、この村では一日二食が基本だ。昼餉は朝の仕事を終えてから日が高くなりきらないうちに済ませる。
「塩と乾燥香草はここに置いたから皆、好きにかけてくれ」
「マジでやりやがったな」
ニキの提案通り、味なしの肉野菜スープを出し、各自の味付けに任せることにした。
「いっそ、肉に直いくか。これならツマミになるだろ」
「お、いいっすね。おやっさん」
「まだ昼だろ」
親父がスープから肉を取り出し、ぱらりと塩を掛ける。ニキもそれに乗って真似をした。つまみと言い出したので、また昼から酒を飲むつもりだ。俺はそう突っ込んだ。
「おやっさんは神に等しいからな。ゼン、おやっさんの言うことを聞け」
「バカな」
ニキは親父に傾倒している。昔、魔物に襲われていたところを親父に助けられたからだ。恩義があるから神扱いしているのは分かるが、冗談かと思えるほど一緒に悪乗りするのでついていけないところがある。
「二人とも、ほどほどにね」
そう言いつつ、ラーニャは小さいグラスに酒を少量注ぎ、スッと二人の方へ滑らせる。ラーニャも親父に甘い。
「あえて小さなグラスで先んじて少量渡しておくことにより、抑制しているのだと思います」
ぼそりとフィアが小さな声で呟く。俺はそれを耳にし、手を打つ。腑に落ちてすっきりした。
「なるほど」
「私の推測に過ぎません」
さすがフィアだ、いろんなことを知っている、という目線を送ると目を逸らされた。




