(37)知ることができてよかった
フィアは静かに語った。しかし、おそらく全てのことを語ってはいないのだろう。
魔造体が生み出される目的、それによって定められたこいつの出自、この館で過ごした日々が語られた。そして、精霊契約がサモシエルによって行われたが、フィアが選ばれたということだ。
「……っ、なんてことだ、こんなの、やめさせなきゃならねえだろうが! サモシエルが死んでもまだやってんだろ」
フィアの話を聞いたリベリオは怒りに震えていた。王族としての使命感をあらわにしている。
「言いにくいことを言わせてしまったみたいで、すみません。話していただきありがとうございます」
ルルカが両手を組み、神妙な顔でそうフィアへ礼を述べた。フィアは無言で首を横に振る。
「あ~……、なんていうか、まあ。お前も苦労してきたんだな」
ニキが頭を掻きながらそう言葉を掛ける。この男も天涯孤独の身であるため、その端的な言葉は含蓄があった。フィアもそれを心得ているため、眉を下げ頷いた。
「フィア」
俺はなんと声を掛ければいいのか分からない。初めて知ったこいつの過去。俺はそれも知らずにこいつの知識に触れたくて話しかけていた。その知識は命を懸けて得たものだと知った。はたして、こいつ自身のことを思ったことはあっただろうか、そう思った。
「……ゼン」
言葉はなく、ただその名を呼び合った。その目が俺を見上げ訴えてくる。俺はその瞳から目が離せない。
「俺は、お前のことを知ることができてよかった」
「ありがとうございます」
胸が詰まりそうだった。この気持ちは何だろう。今まで知り得なかったもの。
生きててくれてよかった。俺の側にいてくれてよかった。そう思った。その涼やかな声が体の芯に届き、何かに抱かれるような気がした。それは、あたかもこいつが縁を結んだ精のようであった。
「私は、今、こうしてお役に立つことができて嬉しいです」
フィアはそう言い、魔造体に関する書物をまとめ、卓の端に寄せた。その顔は少し晴れやかになっていた。
「あー……、まあ、じゃあ探そうぜ。魔王に関するやつ」
ニキがそう提案した。そもそもの目的に立ち返る。
「そうだな。いろいろ気になることはあるが、魔王に関して何か持ち帰らなければ」
「よし、そうするか。あの件に関しては帰ったら父上たちに詰めてやる」
リベリオのその言葉に波乱の予感がした。だから国王はリベリオをこの館に向かわせたくなかったのだろうと察してしまった。
「えっと……、何が関係しそうなんでしょうかね。神話とか英雄譚とか?」
ルルカが首を傾げながらあたりを付けてそう言った。それはまずそうなるだろう、という選択である。
「軍事関係の記録とか見てみるか……」
「じゃあ、わたしは魔法関係を……」
リベリオとルルカがそれぞれ、気になる項目を当たってみるようだ。ニキは無言で本棚をうろうろしている。見た目で気になるものを探しているようだ。
「フィア?」
フィアは黙って目を瞑り、思考を巡らせていた。記憶を辿っているのだろうか。おそらく、この書庫の書物の内容はだいたい把握していそうだが、すぐに魔王に関する書物を手にしないあたり、心当たりがないのだろう。
邪魔をしないように、俺はとりあえず書庫を全体的に見渡してみることにした。
書物の種類は多岐に渡っていた。この物量だけで英知の書に匹敵するのではと思う。正直、時間が許すなら一から手に取って読み漁りたい。ただ知識の海に溺れたい。それが何の役に立つとかは問わない。
サモシエルは欲張りだ。これだけの知の集積に飽き足らず、英知の書からさらなる英知を引き出そうとしたなんて。その末に望んだのは英知の深淵と栄誉だったそうだが、目的あっての知への欲求だったということだ。
俺はただ知りたい。知った先で何かを為そうということはない。
書物を手に取れる生まれではなかったが、知ることはできた。この世界全てが書庫のようだと思う。俺の体は、目は、手は、世界という頁を捲る。
ここにある書物たちは、そんな誰かの手で紡がれた体の一部なのだろう。
「おい! これ見ろよ!」
「何だ?」
「ん?」
俺がどの書物を手に取るべきか思いを馳せていたところに、ニキが半笑いで一冊の本を出してきた。俺とともにリベリオが顔を出す。
「あのサモシエルとかいうジジイ、エロ本持ってたぞ!!」
「は!?」
「なんだと?」
他の書物より一回り大きな図版があった。それは「愛の書」という題だった。
「お~……やってんな……」
「マジか……」
「なんだこれは」
男女の営みが描かれた図版であった。物語があった上で図柄が描かれているものだ。
「フィア、これはなんだ?」
「……わっ、私は文字派なので……ッ!」
フィアは小さな本を胸に抱え、首を横に激しく振りそう言った。顔が赤い。その本も「愛の書」という題だった。そういえばこいつはこの本をいつも持ち歩いている。
「そういえばその本、何だ?」
「え……っ、えっと、娯楽書ですっ。ちょっと不思議な、開くたびに物語がいろいろ変わる本ですっ」
「そうか」
魔具のようで気になる質の本だが、フィアの様子が妙なので深く追求しないでおこうと思った。
「やべえ……開くたびなんか違うもん出てくる。何かこの男見たことあるな」
「巫女の夜の事情とか冒涜的だな……」
「えーーっ、王子ッ、エッチなのはよくないと思います!」
「ちょ、ルルカ、オレは別に」
魔王の情報どころではなくなってしまった。収拾が付かないし、関連書物の見当が付かない。
それにしても、魔具のような仕掛けのある書物もあることに気付いたのはよかった。もしかして、そのようなものが他にもあるのではと思った。
「……!」
そう思っていると、ふと、導かれる感覚を覚えた。そしてそのまま、背表紙が淡く発光する書物へ手を伸ばした。これは明らかに意味があると感じ、無心で手に取った。
「どうした?」
リベリオがそんな俺に声を掛ける。俺が手に取ったその本の題は――
「魂の書」という。
ここまで読んでくださってありがとうございます!
「続きも読みたい」と思っていただけたら、評価・ブックマークをぽちっとお願いします!
アカウントをお持ちでない方も、これを機に登録して応援してもらえたら嬉しいです。




