(38)魂の書
「フィア、これはどういうものか知っているか?」
俺はフィアに訊ねた。
「これは、おそらく開いた者の魂の記録が現れるものだと思います」
「なんだと」
「マジか、どれどれ?」
リベリオが興味を持ち、頁を捲る。すると、淡く発光する。白紙だった頁にじわりと文字が浮かび上がっていく。
「おぉ、オレの生まれから最近のことまで出てきた」
「神言拒否して頭を打ち付けたのもあるな」
「わたしに会いに来てくれることも書いてますね」
ざっと目を通した感じ、リベリオの半生が綴られているのが分かる。俺とルルカもそれを読み、納得した。
「ほ~、オレは? いや、出てきても読めねえけど」
「母親の薬代を稼ぐために魔物狩りをしようとしたら殺されかけて……」
「そうそう、俺の親父に助けられたんだ」
「うわ、本当に出てきたな」
ニキが開くと、その半生も浮かぶ。うちに来た経緯にあたる箇所をルルカが読み上げた。そして俺が補足した。それを聞いて、ニキは顔をしかめた。ちなみに、ニキの母親は介抱のかいもなく亡くなっている。
「なるほどな」
この本の仕組みを実感した。だが、これが魔王の手掛かりになるものとは思えなかった。そして、サモシエルも役に立たない書物であるとしたのだろう。己の半生を顧みたところで何も発見はなさそうだ。
「ゼン、お前も開いてみろ」
「そういや、お前のことまだそんなに知らないな、見せろ」
ニキがそう促し、リベリオも興味を示してきた。何やら、己の半生暴露会の様相を呈してきた。
「特に役に立ちそうではないが……」
そう思いながらも頁を捲ってみた。
「ん……?」
浮かび上がってきた文字は、俺の身に覚えのない文言ばかりであった。
それは――神話である。
女神アシアナは知を愛した。この世の生きとし生けるものから言葉を求めた。その言葉を知として愛した。
贈られた言葉の褒美に魔力を与える。そんな理を作った。
その魔力の受け皿として、人々は石を持って生まれる。その石は人々の思いの形により、姿を変える。
「創世神話ですね……?」
ルルカがそう呟く。そうだ、ここまでは世に広まっている神話である。教会で洗礼を受ける際に聞かされるものだ。神言石と神言器の成り立ちについて分かる。
だが、ここからは聞き覚えのない話だ。
女神アシアナはあらゆる知を集め、全知全能となった。だが、それ故に知に飢えた。知りすぎてしまい、知らないことがなくなったからだ。新たに知るには、既知を捨てなければならない。
「それはそうだ……」
俺は思わずそう呟いてしまった。知の飽和だ。容量がいっぱいになった容器に新たなものは入らない。中身を捨てなければならないのだ。知り尽くしたらそれが終着地なのではないかと思うが、新たなものを知った瞬間の歓びは分かる。それを味わいたいのだろうと思った。
そして、知に飢えた女神は、知を捨てた魂を分かちて降ろす。そう続いた。
「記憶を消してもう一回本を読むみたいな……」
フィアがそう呟いた。面白いと思った本は何度も読むが、記憶を消せばまた新鮮な気持ちで味わえるというものだ。それを行うかのようなことが書かれている。
その、分かちた魂は「分魂」とでも言おうか。それについてはどうなったかは不明である。おそらく人間として生まれたのだろうか。
そして、世界の歪みを嘆き、維持と破壊の女神に別たれる。そう続いた。
「ん?」
――世界は歪んでいる
そういうことになる。この歪みというのは何だろうか。
神言を奉納し、魔力を享受する。その仕組みのことを指すのだろうか。この世界はこの理により成り立っている。魔力があることを前提とした世界だ。女神より授与される魔力がない俺はこの世界の理から外れていた。だからそれを歪みとしてすぐ思い至った。
さっき、フィアから聞いたばかりの魔造体についても、この歪んだ構造が生んだものと思える。
「なんなんだこれ」
ニキが首を傾げる。最も神話などに興味がないであろう男がそう疑問を口にした。
「ゼン、お前が開いたら出てきた話だよなこれ」
リベリオがそう確認する。そのままの事実だ。そういうことになる。
「神話っぽいけど、聞いたことがない話ですね。最初のは創世神話と同じですが」
巫女であるルルカがそう指摘する。
「……ゼン」
「フィア?」
「なんでもありません」
フィアが何か言いたげだったが、すぐに口を閉ざした。
「この話が何故俺から出てきたかは分からない。だが、リベリオとニキの半生が出てきてそれが合っているということは、何らかの真実が隠されている可能性がある。これを持ち帰ってみることにしよう」
他に魔王に関係しそうな情報は見当たらなかったので、これを持ち帰ることにした。
館から出ると、入るまで淀んでいたように思った空気が澄んだ気がした。館を覆っていた結界の魔力も流れたようだ。
「っかぁ~、うめえ」
ニキは外の空気を吸うなり、煙草を口にした。
「なんだそれは」
「アッ、煙草ッス!」
リベリオがそれに興味を示した。ニキは肩をすくめ背を伸ばしながら答えた。
「余分にあるか?」
「へぁっ? アッ、ハイ」
リベリオがニキから煙草を受け取り、指先から電流を流し火を点した。そして吸い込む。
「オッ、ウエッ」
「アッ、吸い慣れないうちはいきなり肺に入れるとむせますッ。口でふかしてからの方がいいッス」
「おー、そういう感じか」
リベリオは気になったものはすぐ試したがるたちのようだ。俺の虫蛋白粉もそうやって試していた。
「ゼン、お前もいるか~?」
「いらん」
ニキがニヤニヤしながら俺にも勧めてくる。俺も一度試したことがあるが、臭いが体に落ちていく感覚を味わえるのみで、特に何か有用性があるのか分からないため、不要であると思っている。ちなみに、その時は盛大にむせた。
「煙草ってなんですか?」
ルルカが直球で疑問をぶつけてくる。
「乾かした草を燃やして臭いを体に入れている。特に何か役に立つわけではない」
「え~? クサいだけなんですか!?」
「そうだな……クサくなるな」
俺がそう答えるとルルカは頬を膨らませる。
「王子ッ、クサくなりますよ!! 嫌です!」
「お、オウ……」
「厳し~……、っていうかオレがクサいみたいな……」
ルルカがそう抗議すると、リベリオはたじろぎ、煙草を持った手を所在なげにした。ニキは半笑いでぼやく。
「フィア」
そんなやり取りの後ろで、フィアが館を遠くに見つめていた。俺は声を掛ける。
「さよなら」
フィアはそう一言投げ、もう振り返らずに俺たちとともに帰り道を歩んだ。
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