(35)魔造体
ニキが集中している。
この男は親父と悪ノリをしたり、闘鶏賭博にかまけるなどふざけた面があるが、魔具の修理や、こういった技巧が必要な場面においてかなり信頼が置ける。
「えらい規模の結界を張ったもんだ」
そうぼやきながら、工具の神言器から今までにない細さの電流魔力を放出する。まるで針のようだ。それを慎重に扉の隙間へ差し込む。
「ここが薄くなってる」
どうやら、そこが魔力の切れ目らしい。なので、差し込んでも反発は起きないようだ。そして、それをスゥと引き、魔力の膜を歪ませる。それを数カ所繰り返した。
「よし、仕上げだ。ゼン、そこに立て」
なんとなく何が起こるか読めた。
「いいぞ、あんたはすぐ逃げろ」
「おうよ」
「ちょ……また」
「やめてください!」
俺はニキの指示するまま、扉の前に立った。リベリオが突っ込み、フィアが止めようとする。
「……よし、解除!」
ニキは最後の一刺しを魔力の切れ目に差し込んだ。それが契機となり、館全体を覆う魔力が扉に向けて流れ込む。その圧が扉を歪ませた。次の瞬間、扉が俺へ向けて倒れる。
「フン!」
俺は両手で扉を受け止めた。俺の背丈をゆうに超える大きな二枚の扉だ。一つあたり魔重鉄鋼剣より若干重い程度である。
「よいしょ」
その扉を受けたまま静かに脚を折り、そっと地面に置いた。
「開いたな」
「ああ。あの亡霊は消えたし、あとはほっとけば残留魔力は抜けていくと思う」
俺がそう言うと、ニキは頷きそう返した。
「おーー、すげえな。こういう開け方があるのか」
「すごいです! 館の結界を解いたんですね」
リベリオとルルカが感心していた。俺もこれについては興味深かった。館に掛けられた魔法もさることながら、それを解く方法もだ。理屈で思いついても、それを実行できるかは別問題である。
「大丈夫ですか」
「ああ」
俺に向けて扉が倒れたことに対して、フィアが心配していた。全く支障はないのだが、その気持ちは受け取っておこう。
「……では、行きましょう」
フィアが先導し、中へ進む。中は暗い。進みながら魔具へ手をかざし、灯りを点していく。灯りの魔具だ。どこにそれが設置されているのか知っているかのようだ。迷いなく点していく。
「カビ臭いしホコリっぽいな」
ニキが感じたままを口にする。こういう感覚的なものに敏感な男である。このおかげで危機を察知するなどしているのだが。
「さすがに何年も放置されてりゃ、こうなるな」
「ここにあのサモシエルという賢者は一人でいたんでしょうか?」
リベリオとルルカが館内の上から下まで見回しながら歩く。ルルカの疑問に、フィアが一瞬顔を歪めた気がする。
「書庫はこちらです」
フィアが生家を案内するように目的の場所まで導いた。俺がその扉を開ける。
「ここだけなんかスッキリしてるな」
ニキがそう呟く。確かにこの部屋だけ空気が違う。淀みがないのだ。寒くもなく暑くもない。乾燥もせず湿気も感じない。これは、書物を保存するのに最適な空気だ。
「まだこの魔具は動いているようですね。じき、止まるかと思うので、たまに魔力を充填した方がいいと思います」
フィアがそう説明する。部屋の中央に大きめな魔具があった。これは空調の魔具だそうだ。サモシエルが亡霊となってもこれを保っていたようだ。うむ、知恵への執念といったところなのだろうか。
「さて、何から手を付けようか」
書庫にある書物は膨大な数があった。背表紙を見るだけでも相当時間がかかる。魔王に関係がありそうな部類の本とは何だろうか。あらゆる種類の本がある。
「希望のものがあれば、私が案内できます」
「フィアさん、この館について詳しいんですね?」
ルルカが率直な疑問を口にした。ここまで説明もなく、フィアは館の案内をしていた。気になるのは当然だろう。
「説明することはできるのですが……、少なくとも魔王の正体とは直接関係ありませんので……」
フィアの表情に陰りが差す。これまでも話したくないことを抱えていそうなので、俺から追求することはなかったが、そろそろこいつのことを受け止めた方がいいのではと思った。
「おまえが話してもいいと思うなら聞きたい」
「ゼン……」
俺はまっすぐにフィアを見つめ、そう要求した。フィアは胸に手を当て、眉を歪ませ俺の名を口にした。
「……分かりました。この国の暗部にも触れることになると思います。よろしいですか」
「なんだと……?」
フィアのその告発にリベリオが反応した。
「オレにも聞かせてほしい。聞かなきゃならねえ」
「分かりました。まずは『白相の者』について説明します」
その白い肌、髪、赤い目のフィアの口からついにその言葉が出た。王都でずっと上羽織を被り、その身を隠すように過ごしていた。触れられたくないことであることは確かであった。王家の者が語るそれはこいつと関係があるのか疑問であった。それが語られる。
フィアは関連するものと思われる書物を迷いなく数点棚から引き出し、卓に置く。
「それは――『魔造体』といいます」
初めて聞く言葉だった。しかし、その字面から薄々何であるか考え至る。フィアの指が、その言葉を題する書物を指す。
「神言とは関係なく魔力を蓄え、引き出される。そのために造られた者」
俺はこくりと唾を飲み込んだ。フィアのその端的な説明だけで、こいつのそれまでの道筋、ラディクト将軍が謀反を起こした理由、様々なものが脳裏に走る。
「白相となるのは結果に過ぎません。脆弱な器であることの証なのです」
フィアも、ラディクト将軍に率いられ反乱兵となった者も、ラディクト将軍の想い人も、戦争時に魔力を提供する者も、皆そうなのだ。魔力を蓄える器となる代償に、肉体は脆いものとなる。
「サモシエルは魔造体を生み出し、その魔力により長い時を生きました。魔造体を錬成する術式は高額で流通し、今も造られています。そして、多くの魔力を欲する貴族階級へ売られるなどしています」
「……ちょっと待て、そんな……。うちにいるあれは……」
リベリオの顔の血の気が引いていた。
「有事にはすべて王家に集約されています」
ここで繋がった。ラディクト将軍が謀反を起こした理由と。有事の際に白相の者たちから魔力を徴収していたのが謀反の要因と聞いていたが、さらに闇深い事情があったというわけだ。
「うちがサモシエルを断罪しなかった理由って……」
拳を握り、震わせながらリベリオがそう呟く。そしてドン、と卓を叩く。
「魔造体から搾り取りたいからって提供元を潰せなかったってことかよ!」
さしずめ、身内の不祥事といったところだろう。リベリオはそれに対し、怒りを露わにした。
「っていうか、サモシエルは何をやらかしてうちを追放されたんだ」
「……英知の書の簒奪。正確には内容の抜き取りです」
冥府の魔物となったサモシエルは鎖で攻撃してきたが、元は神言器だったものだという。その能力は拘束・吸収。それを以て閲覧権を持たない身でありながら英知の書の中身を簒奪したというのだ。
「さもしいな」
俺は思わずそう呟いてしまった。
知への欲求は己にもある。英知の書へ焦がれる気持ちは分かる。だが、もっとやりようはあっただろうと思う。疚しいことがないのであれば、閲覧権を持つ者へ訊ねればよい。
まあ、閲覧の機会が平等ではないというのが既得権益だと言えばそうかもしれないが。
「奴は、魔力を他人から啜ってまで何を為そうとした」
俺はそうフィアに訊ねる。
「それは――私の過去も含めてお話しいたします」
フィアはその口で語る。俺が知らなかったその過去を。
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