(33)不浄の者
サモシエルは巨大化し、威圧感も増した。元は人であるというが、もはや人ではない。その身を包む黒い外套は生き物のようにうねる。上羽織から覗く眼は不気味な光を放つ。水分を失い木の皮のようになった肌はミイラのようである。
「我が館へ立ち入ろうとする簒奪者め……!」
完全に侵入者を排除する状態となった。王家はこれを長い間触らずに先送りにしていたということだ。なので、対処法は謎である。
「通してもらえば何もしないがどうだ?」
フィアに対しては倒すとは言ったが、こいつの正気度を確かめてみる。
こちらの目的は館の中の資料だ。サモシエルがここから動かずに人的被害を及ぼすものでないのなら、倒す意味はないと思える。なんらかの罪状があるらしいが、すでに死んでいるようなので罰する必要があるのかも分からない。
「許さぬ……! 許さぬゥゥ!! 我が英知を奪う者……!」
どうやら話は通じないようだ。ということは、倒さねば依頼をこなすことはできない。何よりも、フィアが怯える敵である。事情は分からぬが、すでに死んでいるので消してしまっても構わないだろう。
「話通じねえなこいつ! 倒すぞ!!」
リベリオがそう言いながら雷撃を飛ばす。ニキは少し下がって様子を見ている。
「フン!!」
とりあえず、正面から当たってみる。俺はサモシエルに斬りかかった。
「クソ、手応えがねえ」
外套を被っている本体に魔法を浴びせても、物理の斬撃を与えても空を切るように手応えがなかった。さすがは冥府の魔物というわけだ。実体がないのだろうか?
「なんか来るぞ!」
ニキが注意を飛ばす。サモシエルが何かを飛ばしてくる。俺は反射的にそれを弾いた。
「鎖……!」
それだけは実体があった。サモシエルは鎖で攻撃してきた。幾つもの鎖が俺たちを襲う。さすがに物理的な実体がないと攻撃ができないということで、実体化させているのだろうか?
その攻撃は激しくなってきた。俺たちが弾いては引き、また襲いかかり、弾く。その攻防を繰り返した。ゴーレムと同様に魔力は無限なのだろうか。こちらの消耗を狙っているようだ。
「クソ……、キリがねえ」
俺とともに前に立ち、鎖を弾いていたリベリオが息切れをしてきた。リベリオは体力を魔力に変換しているので、消耗が俺より早い。
「儂は冥府の王サモシエル。貴様達のような愚者が儂に敵うはずもない……!」
「何が冥府の王だ! うちの元司書のくせに!」
サモシエルが尊大な台詞を口にすると、リベリオが国王から聞いた情報で煽る。
「貴様……王宮の愚か者の一族か……?」
「そうだ! エーレンエム王国第二王子リベリオだ! てめえが何やらかしたか聞いてねえが邪魔だから倒す!」
リベリオが王妃のような圧を高め、威圧しながら宣戦布告をした。
「許さぬ……! 許さぬ……! 英知の書を冒涜する既得権益を貪る輩共……!」
サモシエルの怒りが最高潮に達したようだ。俺に向かっていた鎖もまとめ、攻撃に用いる鎖を全てリベリオへ放った。
「ぐあっ!!」
リベリオはそれを捌ききれず、そのうち数本に絡め取られた。
「ぐ、グゥ……ッ!!」
鎖が発光する。その光はリベリオからサモシエルへ登っていく。これは、魔力か生命力が吸われているのではないだろうか?
「だめです……、早く、抜けて、力が奪われ、ます」
フィアがそう、震えながら注意した。その様子は、この鎖の性質を知っているようだった。
「クソォ! そんなに欲しいならくれてやるよ!!」
リベリオは咆哮した。それとともに、猛烈な雷光を発する。瞬間的に魔力を最大出力したのだろう。吸収できる分が飽和したのか、鎖が一瞬硬直し、緩む。その隙に俺が鎖に一撃を入れると解けた。そしてリベリオは反射的に後ろに下がった。そのまま後ろに倒れる。そこへルルカが駆け寄り、すぐに回復魔法を施していた。
「まずいな、人手が足りない、気をつけてくれ」
鎖を捌く人手が足りなくなった。俺一人で後方を守り切れるか怪しくなる。
「チッ、あまり持たねーけど、この間になんとかならんか」
ニキが幾つかの鎖を地面に接着の電撃で固定した。その言葉通り、そんなに長い時間は保たないと思われる。
「……やってみます」
リベリオを回復させたルルカが前に出てきた。そうだ、ゴーレムを祓ったのだから、冥府の魔物も祓えるのではないか。対処法が分からなかったが、鎖の挙動も含め、ここまできてやっと性質が見えてきた。
「俺の前に出るな。守るからその間に頼む」
「はい」
すう、と肺に息を入れ気合いを入れた。ルルカが魔法を発する間、俺が盾になろう。
(……?)
そうしてルルカの前に立った瞬間、以前にもあった妙な感覚が襲った。血塗れになって倒れ、折り重なる兵士の体、という光景が脳裏に一瞬流れる。俺はそんな光景の中、立っていたことがあるかのようだ。頭を針で刺されたような痛みも襲い、すぐに去った。
同時に、背後でルルカの息が一瞬、詰まった気がした。聖句を紡ぐ声がわずかに揺れる。だが、彼女は踏みとどまり、そのまま祈りの言葉を続けた。
今はそれについて深く考えている暇はない。その間、サモシエルの攻撃を防ぎきらなくてはならない。そして、聖句は紡がれゴーレム達へ浴びせたのと同様の光がサモシエルを包んだ。
「フハハハ! そんな女神の戯れ言など届かぬわ! 偉大なる悪魔との冥約により儂は冥府の王となったのだからな」
効かない。これは彷徨える霊魂の類ではなく、悪魔と契約を交わした不浄の者であった。魂は悪魔に食われ、浄化できないというわけだ。
「……すみません」
「いや、よくやった」
力及ばず、とルルカが悔しげに謝った。俺は勇気を出して前に出てきたことを労う。
「……あ」
「どうした?」
サモシエルの鎖を捌きながら俺はルルカの声に反応する。
「……神託です」
「何?」
振り返るとその瞳と神言器の水晶が虹色に光っていた。
「ゼンさん、あなたのその剣に力を。剣に力を乗せ、あの不浄なる者を祓ってください」
それは啓示だった。俺は新たな力に目覚める――




