(30)友の襲来
小屋は無事に完成し、転移器を使用するまで扉に鍵を掛けておくことにした。
俺たちは王都から帰宅して数日間、ゆっくりと過ごしていた。
ニキはぼちぼち魔具の修理仕事を再開したり、手作り煙草の仕込みをするなどしていた。フィアは俺と話をしたり、魔法で村の畑を耕す仕事をしていた。俺はしばらく書けていなかった日記を書いたり、薪割りなどの家事をしていた。ちなみに、報酬から自分の小遣い分は確保しておいて紙を大量に買えたので、当分日記を書くのに困らない。これは勇者になって良かったことだ。
基本的に、こちらが自発的に転移器を使い、王都まで出向くことは考えていなかった。ということは、向こうからの連絡待ちということになるのだが、それを失念していた。
ある日、家の外からものすごい音が聞こえた。何かが破壊された音だ。
「なんだなんだ!?」
「すごい音がしましたが……」
「見にいこう」
ニキが驚き、フィアもそれを気にした。俺たちは音がした方へ向かった。それは表の小屋の方だ。
「よお! 来たぜ!」
そこには無残にも鍵ごと破壊された扉があり、数日ぶりに見た声のでかい男がいた。
「リベリオ……?」
「ああ」
その声と背格好と雰囲気は紛れもなくリベリオなのだが、装いが王宮で見かけたものとかなり違う。
「平民みたいな格好してるな?」
「くく、お忍びってわけだ」
その金髪を覆い隠すように頭巾を被っている。耳に付けていた装飾品は外されている。服は質素で地味な色味だ。
「いや、なんで扉を破壊した」
「開かねーから」
「あ」
基本的に連絡待ちなので、向こうから突然やってくることになるのだ。なのに、こちら側から鍵を掛けていたら、出られないというわけだ。そして、到着を知らせるものを何も設置していなかったことに気付く。
「すまん、今度は鐘でもつけておくので、それで呼んでほしい」
「そうしてくれ」
とりあえず破壊されてしまった扉を拾い、雑に入口に立てかけておいた。ニキが苦笑いしている。あとでまた木材を集めてこよう。修理しておかねばならない。
「まあ、オレが来たということはわかるな?」
「お呼びが掛かったか」
「ああ」
王宮から召集が掛かった。リベリオが直接報せに来たというわけである。それにしても結構早い。もう少しゆっくりしていたかった気持ちがある。まだ、日記にことの顛末を書き切れていない。考察も検証もしきれていないのである。
「ちょっと待ってほしい。この扉だけは直してから行かなくては」
「あ~、今すぐじゃなくていいぞ。二、三日中に支度ができてからでも来てくれ」
「わかった」
「……というわけで」
用件を告げると、リベリオは口端を上げてにやりと笑う。
「ちょっとここで遊んでいくぜ!」
「は!?」
思いもよらなかった展開だ。しかし、リベリオが「お忍び」と言っていたことを思うとそういう魂胆であることは見えていた。
「ダチの家に遊びに行くってこと、したことねえからな」
「そうか」
そう言われると悪い気はしない。そして、すでに俺は友達の家に行ったことになっている。王宮だが。
というわけで、まずは我が家を案内することにした。
「こっちが道場、こっちが家だ」
「道場とかあるのか」
「親父が剣を教えているが、変な剣技だから生徒は俺しかいない」
「変って」
ほとんど使われることのない、無意味な道場を案内し、親父の剣技が変であることを説明するとリベリオは笑っていた。
「あら……? お友達? 見たことがないけど」
「リベリオだ」
「あ、あ……っ!? 王子様!?」
ラーニャに紹介したら、驚き、慌てて跪いた。
「あ、楽にしてください。ゼンのお母様ですか?」
「い、いえ……」
こいつは、こういうところは王子で、作法ができるのだと思った。さしずめ、友達の母親への挨拶、といったところか。綺麗な礼をしていた。
親父がいたら紹介しようと思ったが、どこかに消えていた。どういうわけか、何かを察知して姿を消すことがままある。
「ラーニャという。母親ではない。世話になっている人だ。親父はヒモ……、いやなんでもない」
「ん??」
「ゼン」
村の大人たちが称している親父の立場をうっかり漏らしたら、ラーニャに圧を掛けられた。俺は口を結んでやり過ごした。
「お、おう、なんか複雑な家庭のようだが、よろしくお願いします」
「ゆっくりしていってください」
ラーニャの顔が引きつっている。これは口にしてはならない、覚えた。
「これが俺の部屋だ」
「おお、物置じゃなかった」
「王宮の厠よりは広いと思う」
王族から見たらちょっとした物置のように見えるのだろう。下手したら厠くらいかもしれない。
「な~んか、いいよな。秘密基地って感じ」
そう言われてみれば、壁面いっぱいに棚を手造りで設置し、置けるだけ研究資材を置いたこの感じはそう見えるのかもしれない。
「あ、これが例の虫の粉……!」
「飲むか?」
「ああ」
リベリオが、虫蛋白粉が入った瓶を発見した。俺が飲むよう勧めたら興味を示した。そして、井戸まで行き、水を用意する。
「井戸かあ」
「王都では魔力で管から水を出すと聞いていたが、王宮もそうだったな」
井戸を珍しげに見るリベリオを見て、生活設備の差を実感する。
「あまり味わわない方がいい」
「マジかよ」
別の瓶に水と粉を入れ、振ったものをリベリオに渡す。
「……どうだ?」
「ブッ……グッ、ウエッ」
それを飲んだリベリオは明らかに不味そうにしながらも、笑いを堪えるような様子だ。
「マズっ、ブハッ、アッ、ハハハハ!」
「そんなにか」
そう言いながらも全部飲んでいた。不味いと言われたのに、その様子を見てこちらもつられて笑ってしまう。
「売れねえよこんなん!」
「売れてくれなくては困る」
リベリオは笑いながら文句を付ける。
「いや、皆アホだから勇者の飲み物って言えば買うだろ」
「そういうもんか」
「でも、もう少しやりようはあるだろ。母上に渡したらなんかいろいろ言われるぞ」
「うわ……」
「まあ、これを飲み干してこそ真の勇者とか言えばいい」
「勇者とは一体……」
「これはまさしく勇者の粉というわけだ」
またしてもリベリオに物語が盛られてしまった。でもこの方向性なら改良しなくても売れるかもしれないと思った。
それから、村中を案内した。村人には道中でできた友人だと話してある。
夕飯まで食べてからリベリオは王宮へ帰っていった。
「待ってるぞ!」
俺の手作り味なし各自味付け仕様のスープをふるまい、満足げに平らげていた。面白がって味をつけないまま完食していた。王族の嗜好はよくわからないが、気に入ったようならそれでよし。
数少ない友人とこうして時をともにでき、俺も楽しいと思った。
そして、扉も修理し、転移器の魔力の大半をフィアに充填してもらった。身支度を整えると、俺はフィアとニキとともに転移器に乗る。
「オレも行くことになるとは……」
「あんたももう、事情を知ってしまったからな。逃げられないぞ」
「うわあ」
「では行きますよ」
「ああ」
ニキが少し怠そうにしながらも同行する。フィアが転移器に魔力を流し起動した。
「行ってきます」
「行ってらっしゃい」
小屋の外にいるラーニャへ向けてそう言った。俺たちが旅立つと扉が閉められ鍵が掛けられる。今度は鐘を付けてあるので、戻った時に鳴らせば扉を開けてもらえるはずだ。
――この旅で俺は、この国の深淵に触れることになる
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