(3)心の師
「ラディクト将軍がやってくるってよ!」
「マジか! 見に行こうぜ!!」
ここナログ村に王都ジタルから騎士団長ラディクト将軍が来訪するという話が流れてきた。将軍はこのエーレンエム国の盾と称されている。この国の数々の危機を防いだ名将だ。
俺の同年代の連中はその報せに沸き立つ。大人たちも沸いていた。この田舎では、たまに魔物が襲来する程度であり、親父一人で追い払える程度だった。そのくらい平和なので、将軍の栄光も物語のようだ。皆、物語の英雄として崇めていると感じた。
何故、そんな高名な英雄がこんな田舎村にわざわざやってくるのか。しかも、定期的に訪れていた。
名目としては、警護の監修であるという。防護柵の点検、警護の動線確認、指導など。しかし、それは最高位の騎士の仕事なのか疑問であった。派遣されるのはもっと下位の騎士でもいいのではと思っていた。
「やっぱかっけェ~~!」
「いいなあ王都。行ってみてえな。行ったら将軍みたいになれるかな」
警護班の大人たちへの武術指導は皆の注目の的だった。将軍の剣技を目にすることができる。俺は木に登り、いつもそれを観察していた。
(ちゃんとしている型だ)
非常に美しい型だった。遠目にも分かる、無駄のなく洗練した動き。論理として理解できる動作。それを目にすると脳が喜ぶのを感じた。
「はは、ゼン坊は将軍の大ファンなんだな。いつも特等席で見てる」
「お~、将軍はかっこいいだろ? おまえもなりたいのか? いや、ハハ」
俺がじっくりと観察をしていると、大人たちから茶々が入る。
憧れというより、己へ取り込むための参考材料だった。親父の型はわけが分らないので、俺が倣うべきはこれだと確信していたのだ。
(親父が習えばいいのに……)
それこそ、親父が将軍から剣技を習い、俺へそれを指導すれば効率的であると思った。将軍から学べる機会はそうないので、一番接触機会が多い親父から習うのがいい。このまま親父から剣を習っていたら頭がおかしくなりそうだと思っていた。
しかし、将軍がやってくると聞くと、親父は必ずどこかに消えていなくなっていた。
「頼もう。私は王都ジタルから派遣されたラディクトと申す。ニムス殿はおられるか?」
そして、将軍は毎度我が家を訪れて、親父を探していた。
「……いません」
そのたび俺が応対していた。親父は何も告げず不在にしていたので、俺は不可解に思っていた。その怪訝そうな顔を将軍に見られていたのか、目が合うと困ったように微笑まれた。
「そうか。ニムス殿は普段、ここで生活しておられるのは間違いないか?」
「はい」
生存確認かなんかだろうかと思った。この村に定住していることが確認できればそれで良かったようだ。特に追求して探索したりはしない。毎度、このようなやり取りをしていた。
「……あの、いいですか?」
「なんだ?」
「将軍のその目はどうして? 誰かに?」
いつも気になっていた。将軍は眼帯をしている。片目を欠損などしていると思われる。眼帯から傷跡が出ているのが分かるので、戦闘での欠損だと思った。こんな強者へ致命的な傷を負わせたのは一体誰なのか。
「……とても強い人に」
ただ一言、将軍はそう返した。その一言に途方もない背景があるように感じた。そして、それ以上追求するのを憚られる雰囲気を感じた。
「あと……なんで親父を。将軍のような人が会うような人間じゃ……」
特になんらかの階級があるわけでもない親父の元へ訪れるのが疑問だった。そして、親父がこんな高名な人物へ恩を売るような立派な人物とも思っていなかった。
「ゼン君」
「はい」
「君のお父さんは……とても立派な人だよ」
「え」
昼間に酒を飲み、いいかげんな剣を教え、稼ぎも少ない親父がとてもそうとは思えなかった。だが、将軍はどこか郷愁と迷いがあるような顔を見せ、そう告げたのだった。
「……今のはお父さんや他の人には内緒にして欲しい」
「わかった」
「約束してくれるお礼に……剣を教えてあげようか。いつも私の剣を見ていたね?」
こうして、俺は直接将軍から剣を教わった。俺の心の師は本当の師でもある。
いつか俺はそこへ到達することはできるのだろうか。越えることはできるのだろうか。そう思った。




