(2)著者:俺
親父との稽古をした時は日記に記録している。稽古の内容に限らないが、様々な考察の記録をしている。これで通算七十七冊目だ。そろそろ寝台の下に隠しきれなくなってきた。
日記というより、これは思考の記録だ。さしずめ「著者:俺」の「本」である。
俺は本が読みたい。だが、本というものを手にする機会がほぼない。田舎村の平民が手にするようなものではないというのはある。学術書などは一部の研究者が所有しているものであり、物語書は娯楽品として貴族が所有するものだ。
それならば、自分の手で書けば本となる、そう思った。
それと、親父が難色を示すというのもある。よく分からないが、親父は本が嫌いだ。本というか、学問に関わることが嫌いなのかと思う。俺が学問的な質問をしたら「それより力だ」と返ってくるので話にならない。頭があまり良くないので答えたくないのだろうかと思っているが、なんらかの主義の違いによるものかもしれない。
面倒なので、自著のことは内緒である。理不尽に「軟弱者!」と罵られるかもしれない。
うちは借金があり、裕福ではない。少ない給金をほぼ紙代に費やしていると知られたら煩いと思うので、黙っている。
俺は親父とともに、道場の他には魔物退治の仕事をしているが、最近特に魔物が少なくなっているので、稼ぎ口が少なくなっていて困る。俺達が根絶やしにしてしまったからなのだろうか。田舎なので平和だからかもしれない。
そんなわけで、俺は知識を得たり、検証するなどの研究に没頭したいのだが、親父がそれを許さないというわけだ。
仕方がないので、稽古を研究対象としてきた。強者になるための道筋を構造的に考えて実践してきたのである。肉体の鍛錬もその一つだ。日記を書き終えてから、腕、腹筋、背筋、脚、を反復的に鍛える。思考も捗るので嫌いではない。
そして、自主鍛錬をしながら物思いに耽る。
――俺には心の師がいる
ここからは幼い頃の話だ。
「なあ~、おまえ、神言石何になった?」
「おまえの神言器なんだ~?」
教会で洗礼を受けた頃から、近所の連中がそんな会話をよくしていた。
「ゼン、おまえ、まだ石のままかよ~!」
「おれ、おれはな、虫取り網!」
この国では齢八で教会にて洗礼を受けるのだが、この田舎村も例外ではない。
皆、生まれてくる時に手に握っているものがある。それが「神言石」というものだ。洗礼の際、それを神具へ接続し、この国の住民として登録される。
それは、王族が管理する「英知の書」へも接続される。閲覧権のある王族がある一定の情報を詠むと、洗礼者の名が分かるらしい。逆も可能であるらしい。まさに英知の書だ。究極の本というわけだ。読んでみたい。
「こいつ、無属性だから一生石かもな!」
「ダセぇ~~! 弱ぇ~~!」
神言石を神具と接続した際、各々の属性が示される。親父は火属性なので火を吹く魔法を使うなどするわけだ。
誰でも必ずいずれかの属性が示されるはずなのだが、俺は何も示されなかった。魔物なのではと疑われたほどであったが、魔物にも属性はあると思う。そうなると、俺は魔物以下ということになる。
「こいつは確実に俺の息子だ、魔物じゃねえ」
親父が俺を人間であると証明していた。それは今でも覚えている。
「俺の息子だからバカ強くなるはずだ」
親父がそう宣言してしまったため、その先見へ向け、俺は証明しなくてはならなくなった。肩に置かれた親父の手の感触と温度は忘れられない。火が通ったような熱を感じていた。
神言石はある一定の時期を迎えると「神言器」へ変化する。
洗礼を迎える前から、皆、頭の中に何かの声が響くようになるらしい。俺には全くそのようなことはないので、皆の話や様子でしか分からない。それを「神言」として女神へ報告すると、報酬として魔力が得られるとのことだ。その魔力は神言器に降り、蓄積される。神言石でも同様だ。
神言器は各々で形が違う。どういった法則性があるのか分からないが、おそらく、持ち主の望みや意思が反映されるのだろう。石なだけに。
親父の神言器は大剣だ。強い剣士、戦士になりたいという意思が反映されているのだろうか? 戦士が神言器を武器とするのは合理性があるので、皆、標準的にそうしそうと思っているのだが、意外とそうはなっていないようだ。
戦う、という意思は皆、あまり持ち得ないものなのかもしれない。
虫取り網にしてしまった奴は将来どうするつもりなのだろうかと思っていた。一時の虫を捕りたいという欲求に流されて、何の役にも立たないものになってしまうのではないかと思った。だが、虫は意外と需要があった。俺に。それは後ほど語るとする。
そして、無属性であり神言も聞こえない俺は、当然魔力というものもない。己の身一つで強くなり、この世界で生きていかなければならなかったのだ。




