(28)ふざけた親父
行きは歩きと一部乗合馬車だったが、帰りは王城から村の入口まで馬車である。さすが、国公認の勇者ともなれば好待遇である。俺一人なら歩いた方が早い場面もあったのだが、ニキが文句を言わないし、フィアの疲労も気になるので、これはありがたい。
そもそも、馬車での帰宅は大がかりな荷物を運び入れる目的もあった。
ナログ村を出てからどれくらい経っただろうか。一ヶ月ほど経っていると思う。
「うわ~、なんか懐かし~」
「やっと帰ってきましたね」
「ああ」
見慣れた風景が見え始めた。ナログ村に近付く。俺たちはそう、郷愁を口にした。
「ただいま」
「おかえりなさい」
自宅の扉をくぐると、ラーニャが迎えてくれた。
「お前ら、遅かったな、遊んできたのか?」
親父がゆらりと立ち上がり出迎えてくる。義手義足の修理が滞っているので、負荷を掛けないように動いているのだろう。
俺は、親父のその言い草に少し腹が立ったので、手に抱えてきた革袋を無言でどさりと卓に置いた。
「は?」
「借金返済だ」
目に見える形でその金額を目の当たりにすると笑えるほどだ。親父が信じられない、という顔をして首を捻る。それを見て、ちょっと面白いと思った。
「義手義足代と道場建築代は賄えた。道場再建代までは賄えてない。でも、これから何もしなくても収入が入る予定だし、仕事は舞い込むはずだ」
「ちょ……ちょっと待て」
何も説明せず、先に結果だけ示しているので親父が困惑している。まあ、親父なので……と思い、雑に説明した。
「ゼン、本当なのね。あなたが勇者になったって」
「ああ。もう話が流れてるのか」
「ええ。ちょっと前に吟遊詩人が来て……」
ラーニャがそう察して言った。村にも話が広まっていたようだ。まさかその吟遊詩人も王宮の広報絡みではないだろうかと疑った。
「っ、かぁ~~~、マジか。あいつホラ吹き詩人かと思った」
「まあ、詩人って話盛ってなんぼなとこありますし。そう思いますよねぇ」
親父が苦い顔をしてそんなことを言うと、ニキがそう親父の肩を持った。そう言いながら、親父から義手義足を受け取り、卓に着き早速修理を始める。
「とりあえず、長旅お疲れ様。休んでちょうだい。お茶を淹れるわ」
ラーニャに促され、俺たちはいつもの席に着き、卓を囲む。
「……というわけで、俺はこうして勇者になった」
俺は親父とラーニャに向けて、事の次第を説明した。これは国家機密ではあるが、家族には言っておいた方がいいと思った。いざという時の対応に関わるからだ。もちろん、家族以外には口外不出と念を押した。
「ラディクト……」
親父がラディクト将軍の成り行きを聞いたとき、そう呟いた。
「そういえば親父はラディクト将軍が来るといつも消えていたが、何故だ」
「俺はああいうスカした奴が嫌いなんだよ」
「そうか……」
親父は淀みなくそんな答えを口にした。親父は息をするようにホラを吹くので、その答えは本心とは限らない。だが、こういうことを言うときは、まともに答える気がないだろうから追求しても無駄だ。
「それにしても、ゼンは王子と友達になったのね」
「ああ。声がデカくて圧が強いが、話が通じる奴だ」
「まあ。今度遊びに連れて……来ちゃダメなのかしら」
「呼んだら来そうだ」
「いや、こんな田舎村見たって面白くねえだろ」
ラーニャが俺とリベリオの関係について触れた。ニキが顔をしかめながらそう口を挟む。
「あと、神託の巫女な。ルルカという。リベリオと仲がいい。俺とも友達になって欲しいとのことだったので、そういう感じだ」
俺がそう、ルルカの名を出すと、親父が目を見開いて固まった。
「何だ?」
「お前も隅に置けねえなァ」
「どういうことだ」
「まあまあ」
親父のその表情は衝撃を受けたかのようなものだった。とても冗談とは思えないものだ。それは一瞬だけ見せたものだ。すぐにいつものふざけた態度と顔で押し流すように俺をからかった。そしてラーニャが少し怒気をはらんだ俺をたしなめる。
「お前にはフィアがいるだろうが。このタラシめ」
「何のことだ」
親父がそんなことを言うと、フィアが胸の前で指輪をした手にもう片方の手を重ねていた。それを見て思い出した。
「あ、ラーニャ、土産だ」
「まあ、ありがとう」
王都の露店で買った魔力を込めると温かくなる石をラーニャへ渡した。
「俺には!?」
「ない」
親父が土産を要求してきた。その革袋が目に入らないのだろうか。図々しいと思った。
「おやっさん、オレの稼ぎで飲みに行きましょう! それが土産です!!」
「おぉ、ニキ~。でかした」
ニキが一度、報酬を闘鶏賭博で全部スッていることは内緒にしてやろうと思った。親父の相手はニキに任せよう。
「あと……、気になっている点がある」
「何ですか?」
俺が疑問点を口にするとフィアがそう聞いてくる。
「魔王の正体だ」
皆、一斉に俺へ注目した。
「ラディクト将軍が神殿に呼び出されたと言っただろ。その、呼び出した奴というのが、黒髪で緑の目の美しい女、ということらしい。その女に何かをされたようだ。それから、あのようなことに至ったという。ルルカがその、洗脳のような魔法を解いていた。額から鍵穴のような光が出ていた」
皆、真剣に俺の話を耳にする。特に、親父が再びいつもにない顔をして聞いていた。
「魔王軍の侵攻は陽動だった。ラディクト将軍の凶行が本命だったわけだ。ということは……」
これはずっと抱いていた推測である。状況からの推測であるが、おのずとそうなるのだ。
「この女が魔王ではないか」
皆、息を飲み、俺の言葉も飲み込んでいた。
「まあ、魔王の使いかもしれないがな。この女がどこから来たとかは知らん。王族関係者内でもたぶん、協議されてるだろう。もう、疲れたからそこは突っ込まないで帰ってきたが」
「ふふ、ゼンがそれを追求しなかったなんて」
「はは、さすがに勇者だなんだって、いろいろあったからな」
フィアが柔らかく笑んでそう言った。休んでからこいつと改めてこの問題について話し合いたいと思った。
「ん? 親父、何か分かるのか?」
親父が何か考え込み、真剣な表情になっていた。
「あのスカし野郎、色目にやられたか」
「は?」
「女には弱いか~。誘惑されちまったんだな、ククク」
「バカな」
いつもの親父だった。ふざけた親父だ。ラディクト将軍のことをそう言われて、何故か俺が腹が立った。
「……ゼン」
「なんだ」
その不機嫌を隠さずに俺は、親父に返事をした。
「お前はよくやった。さすが俺の息子だ」
「あ、ああ……」
そう言われて怒りのやり場がなくなってしまった。だから親父は意味が分からない。
――報われた気持ちは、なくはない




