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(27)世界へ挑む権利

ゼンがこの国の民へ周知されていく様をフィアは遠くから見ていた。

ゼンが成果を上げたのは彼女の功績もある。それは記者の前でも語られた。ゼン自身がそう申し添えていた。なので、功労者として祝賀の席に同席する資格はあったのだが、辞退している。


(この姿はあなたの隣にふさわしくない)


己の白い肌、髪、赤い瞳、それが「白相の者」と称されていることは知っている。彼女はそれについて口にすることはなかった。今回の騒動において、その言葉がゼンの耳にも数度入っている。何か言及されるかもしれないと思ったが、彼はそれについて触れることはなかった。


――それは彼の優しさなのかもしれない。


この国が彼を英雄として仕立て上げた。出立の時からは考えられなかったことだ。確かに、効率良く稼ぐための策を練って、それを実行できる力はあると確信した上で挑んだが、思いもよらない因果に巻き込まれた。そして運命の歯車が回った。


これから目に見えて彼は遠い存在になるだろう。

人々から勇者と崇められ、象徴となる。強く勇ましい、国の要。人々から憧れられる存在に。


(あなたは私のことを知ったら、どう思うのでしょう)


まだ告げていない己の正体を告げたとき、彼は一体どう思うのか。彼女は不安を胸に閉じ込めた。




「フィア、もう一度街に出る。付き合ってくれないか」

「は、はい?」


宴が終わり、明日ようやく帰宅できると話し合っていたら、フィアはゼンにそう誘われた。


「アミッドへの土産は買ったが、家族への土産は買っていなかった」

「あ、そういえば」

「いいか?」

「はい」


不安を胸に抱き、彼が遠い存在になるのでは、と思っていたところにそう、いつもと変わらず誘いかけられ、彼女は泣きたくなるほど嬉しく思った。だが、いつもと変わらぬそぶりで受け答える。



フィアは王都へ入ってからずっと上羽織を被り続けているが、それはこの時も変わらずだ。そしてゼンは、帯剣もせず鎧も着用せず、平服である。宴の時とは装いが違うので民衆に紛れるかと思い、フィアは特に言及しなかったし、ゼンは特に考慮していなかった。


「お……? あれは勇者様では……?」

「勇者様よ……!」

「勇者様が普段着でいらっしゃるわ」

「何を買われるのか……?」

「おぉ、近くで見ると大きい……」


思った以上に認知されている。民衆の物覚えが良すぎる、と二人は思ったが、ゼンの体格が良過ぎるせいで特徴的なのだ。


「まずい、囲まれてしまう」

「想像以上に覚えられてますね……」

「とりあえずこっち」


ゼンはフィアの手を掴み、細い路地に入る。フィアはその勢いと、手の感触に息を飲んだ。前回、はぐれそうだからと言い、手を握られたことを思い出す。あの時も胸の鼓動がうるさくなって大変だった。


守られ、手を引かれ、導かれる


それを思うと想いが溢れそうになる。彼自身はそんな意識もなく立ち振る舞っているのだが、彼女はだからこそ惹かれてしまうと思った。


「あの、外套を」

「ん?」

「あの店で外套を買って被るといいかと思います」

「そうか、なるほど」


フィアは平静を装い、いつものように涼やかな声でゼンへそう指示した。ゼンは素直にその指示を受ける。彼は賢いのに素直だ。フィアはそう思っている。大きくて強くて頼もしいのに、そういうところを目の当たりにすると子犬のようだと思う。幼い頃からそれは変わっていない。


民衆に囲まれないよう、一目散に旅装の店へ駆け込み、上羽織が付いた外套を買った。全身を覆える大きさのものだ。


「うむ、これなら目立たない」

「ええ、とてもよく紛れますよ! ラディクト将軍も愛用していました」


店主のお墨付きだが、余計に目立つのではないかとフィアは思った。そもそもゼンの存在が物理的に大きすぎる。それが全身、外套に包まれて、余計に変な圧が出た。自分で勧めておきながら失敗したと思ったが、本人が納得しているのでこれで良しとした。


店を出てから、不審ではないかとフィアは思ったが、店主の言う通り紛れた……らしい。正確には囲まれず、遠巻きにされた。ラディクトも愛用していたと、店主が言っていたので、これは英雄の「お忍び」の印という不文律があるのでは、とゼンが推測を口にした。


「そうかもしれませんね……」


そう言われてみれば納得である。そして、そんな推測がさらりと出てくるゼンに対し、いつも地頭が良いとフィアは思う。

王家に対し、意匠の使用料を要求していたのには驚いていた。英雄の館を見てそういう発想を見せていたが、まさか直接交渉するとは、と思った。


「これは……」

「なんです?」

「おまえとお揃いだな」


少しはにかんだように笑い、ゼンはフィアへそう言った。


「そ、そうですね」


フィアも笑みを漏らし、上擦った声でそう返して上羽織の端を握ってぎゅ、と下げた。



民衆が放っておいてくれるようになり、歩きやすくなったところでゼンはあの店へ向かった。


「ここはちょっと確かめておかねばならん」

「気になりますね……」


再び『英雄の館』へ訪れた。


『勇者ゼン誕生! 新たな英雄の誕生を祝う 英雄王子リベリオ様とともに』


そんな張り紙があった。


「商売展開が早い……」

「すごいですね」


予想通り、早速意匠が使用されていた。

しかし、商品が間に合わなかったのか、ラディクトの剣として売られていたものに『勇者ゼンの剣《竜殺し(ドラゴンスレイヤー)》』という札が付けられていた。


「雑だな……」

「なんだい? 兄ちゃん」

「いや……」


よく見たらドラゴンメダルがなくなっていた。完売である。


「いやあ、ドラゴンパーティーのおかげでもう、ドラゴンメダルは売り切れなんでさあ。ごめんよ」

「あ、ああ」

「っていうか、兄ちゃん……? ん?」

「失礼しました!」

「おーい、勇者ゼン様じゃないか! 待ってください、サインを!!」


ゼンはフィアの手を引き、勢いよく店を出た。


「さすがにまだ商品は間に合っていなかったようだな」

「これからいろいろ売られるんですね……。ちょっと欲しいかも」

「え?」

「ふふっ、冗談ですよ」


フィアはそう冗談交じりで言ったが、少し本気だった。



「よし、ラーニャにはこれにしよう」

「いいですね」


日用品の露店でゼンがラーニャへの土産として選んだのは、魔力を込めると発熱する石だった。肩に当てたり、眉間に当てたりするとほぐれて気持ちが良くなるというものだ。冬に手がかじかんだときにも良い。


「もしかして、ラーニャの店で取り扱ったりしてるかもな」

「あったのは見かけたことないですが」

「うむ、単価が安いからか」


これで、目的は達成できたことになる。


「親父には土産などなしだ。借金返済が一番の土産だからな」

「そうですね」


ゼンの言い分はもっともなのだが、個人的な父親への態度が見てとれて、フィアは少し笑ってしまった。


「あとはおまえへの分だ」

「え?」


ゼンはそう言い、フィアの左手を取り、手にした何かを親指から順にあてがっていく。


「急いで選んだから、大きさをよく見てなかった」


外套のおかげで囲まれたり声を掛けられることはないが、視線を集めているのがいたたまれないので、ゼンはゆっくりと品物を選べなかったと言う。


「よかった、薬指なら入る」

「え、え?」


その指にはめられたのは指輪であった。


「魔力を体力に変換する指輪らしい。俺には効果はよくわからんが、おまえは体力より魔力が圧倒的に多いので、これで釣り合いが取れて疲れにくくなるといいのだが……」


特に感情的な意味があるわけではなく、実用的な意味で彼はそんな贈り物をした。


「あ……っ、あり、が、とうござい、ますっ」


フィアは耳まで顔を赤くした。ぎゅう、と胸の前で指輪をはめられた手を握り、それをもう片方の手で包む。鼓動がうるさい。止まない。なんということをしてくれるのだろうかと思った。

はめられてすぐに分かったが、この指輪の効果は玩具程度のものだ。でもそれは言わない。効果などどうでもいい。そう思った。


「よかった。効果が分かったら教えてくれ」


フィアに贈り物を快く受け取られたのを見たゼンはゆるく笑いかけた。


「もう少し歩けるか?」

「……はい」


そう問われ、彼女は手を引かれ彼とともに歩く。



「ここは……?」

「ちょっと静かだろ」


街外れの小高い丘に来た。人はほぼ見当たらない。ゼンは外套の上羽織を取る。それとともにフィアの上羽織も取る。そして、フィアが見上げると笑みを見せる。


「もう日が沈むな」


夕焼けが綺麗だった。目に染みるような光が二人を包む。


「こんなことになってしまったが、おまえが側にいてくれて助かった」

「あ、はい。お役に立てて嬉しいです……」

「俺が手柄を上げられたのは、おまえが道を切り拓いてくれたおかげだ」


まっすぐな言葉がゼンからフィアへ告げられる。偽りなく抱いた感謝の気持ち、好意。


「おまえは言っただろ? 俺と戦うなら怖いものはないって。俺もそうだ。おまえと戦ったから怖いものはなかった」


覚えていた。覚えられていた。そんな言葉を。


「勇者なんてものにはなりたくはなかったけど、これで世界に挑む権利を得た」


逆光が彼を照らし、沈みゆく夕日が炎のようであった。それはまさしく勇者を彩る光。

彼女は彼のそんな姿を見て、厳かさとともに崇高さを見た。


「俺は世界を知りたい」


それが彼の望みであり願いだった。

彼女はその願いを叶えたいと思った。



「はい、どこまでもお供いたします」

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フィアが健気可愛いです!
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