(21)友達
気掛かりだった報酬はちゃんと出た。戦場での働きと王族救出分で、親父の義手義足代・道場建設代までは賄えた。道場再建代までは届かなかった。もう少し働かなくてはならない。
「勇者ってどんな仕事をするんだろうな」
「……悪者退治?」
謁見室を出てから、俺はフィアにそう聞いた。いざ任命されたとて、具体的に何をするかぼんやりとしている。これから申しつけられるらしいので、しばらく王城に滞在することになった。
「よう、ちょっといいか?」
「はい?」
リベリオ王子に声を掛けられた。高楼の方へ案内される。
「私は外していますね」
「あ、ああ」
フィアが気を利かせたのか、その場から離れた。
「いやあ、なんか巻き込んじまって悪いな」
「いえ……」
一般人が立ち入ることがないであろう区域で俺は王子と二人きりで会話をする。
とても見晴らしの良い高楼だ。遠くに戦場だった平野が見え、階下には城下町が見える。
「お前、ラディクトと知り合いだったみたいだな」
「はい。たまに村に視察にきていたので、その際に剣を教わりました」
「オレも軍略とか戦闘とか教わってたけどな、めちゃくちゃ真面目な奴で」
将軍のことを語る王子は懐かしい思い出を語るかのようで、怒りは見られなかった。
「まさかあんなことをするとは、と思ったが、検分をしたら……」
「それ、俺が知っても大丈夫なやつですか?」
「お前はもう知っちまってるから、知らねえと気持ち悪いだろ」
「それはそうです」
俺は、ラディクト将軍が『栄誉の戦死』として服毒死した、という事実を知ってしまっているのだ。
おそらく、これは重要機密だ。この国の英雄が謀反を起こしたなどと国民に知られてはならないのだ。国民へは、将軍が栄誉の戦死を遂げたと伝えられている。国葬が行われたらしい。
俺はその秘密を守り、俺自身がその後釜の英雄として振る舞わなくてはならないのだ。
――国とは、物語で成り立っている
「まず、お前もあの場で見ただろ。ルルカがラディクトに魔法を掛けたとこ」
「はい。額に鍵穴のような光が……」
「あれ、魔法による洗脳を解いたらしいんだ」
「洗脳……」
将軍が精神に異常をきたしている様子は見られなかったが、元々抱いていた心の歪みが増幅されたのではということだ。
「ルルカが神託でラディクトの謀反を察知して知らせてくれたんだ。にわかに信じ難いと思われるが、オレにも心当たりがあったから、なくはないだろうと思ったんだ。オレも神言を拒否する前、内側から壊せ、という声が聞こえたことがある」
……情報量が多い。
まず、神託とは――神言とは違うもの。それを受託するのが「神託の巫女」だ。
ということは、ルルカは神託の巫女ということになる。いや、身分的にどうなのか? 俺が気安く接していい階級の人間なんだろうか?
そして、王子は神言を拒否した、と言った。
神言が聞こえないと言っていたが、元々聞こえてたということだ。それを拒否したから聞こえなくなったということになる。
聞こえなくなる前、洗脳に近しい神言が聞こえていたということだ。だから、将軍が謀反を起こしたのも、こういった働きかけがあったのでは、と瞬時に推測して、巫女の言葉を信じ俺を引っ張っていったというわけだ。
「ラディクトは昔、家の女中に想いを寄せていた。その女中は白相の者だった」
そのような個人的な話を聞いてもいいのだろうかと思ったが、背景情報として必要なのだろう。
「その白相の者は戦争が始まると、魔力炉への魔力提供のため供出される。その度、衰弱し、亡くなってしまった」
王都ではその、白相の者というのが魔力提供をする、というのが常識のようだが、田舎村ではそんな話は聞いたことはなかった。王子はそれを共通認識かのように話すが。
「ラディクトが騎士として階級が上がっていき、この国の盾、英雄として指揮を取り、戦へ力を注げば注ぐほど白相の者たちの魔力が吸い上げられていくというわけだ」
話が繋がってきた。これは動機だ。将軍が人間として苦悩し、凶行に至ったその要因。
「ある時、一人の女から神殿へ呼びつけられたらしい。それは神言経由で」
――それは、豊かな黒髪で緑の目をした美しい女だった
王子がその女の特徴を言うと、俺の顔を見る。俺は、その女と髪の色と瞳の色は同じだが、何ら関係はない。
それにしても神言で誘われて行くとは不可思議だ。後で深く推論する必要がありそうだ。
「その女に術を掛けられたのだろう。それからただ、頭に流れ込む声に従い、これまでの思いを果たすように望みを叶えようとした。苦しみを終わらせたかったそうだ」
ここまで王子は説明すると深く息を吐いた。
「はぁ……、気持ちはわからんでもないけど殺されてたまるかってもんだ」
「そもそも、エネルギー源の問題なのではないかと」
「はは、それを言うか」
これは、きっと言ってはならないこと、不可視の問題として処理されてきたことなのだろう。白相の者たちという犠牲の下成り立っている構造がある。それは触れてはならない問題なのだ。
「そうなんだよな。オレはそういうの嫌だから自分の体力しか使わねえ。騎乗器にだって一週間かけて魔力溜めたからな」
「すごいですね。俺も頑張れば魔具を使えるかも」
「はっ……、そういやお前、無属性なんだってな」
「理属性です」
「嘘つけ」
徴兵検査で嘘をついて理属性で通したのを思い出し、再びそう言い張ってみた。無属性というのはやはりまずいかと思って今さら取り繕ってみた。それでも思いっきり「無属性魔法・気合い」と言ってしまっている。王子がそれを受けて笑ったのにつられて俺も笑ってしまった。
「ははっ、お前、マジでおもしれーな。ってか、俺がいきなり引っ張っていっても、めちゃくちゃ連携うまくいったし、あれやべーからな。ぶっつけ本番」
「王子の指示が上手かったので」
「いや、お前の察しはなかなかだぜ? 平民でこれはなかなか……いや、士官学校でもいなかったな」
士官学校なるものを初めて聞いた。王侯貴族専用の学校なのだろう。またしても未知の世界に触れた。
俺は教会で勉強をしたが、習ったのは少しの読み書きと計算だけだ。あとは独学で難しい字などを覚えたり、フィアに聞いて古代文字なども覚えた。
「士官学校……もしかして、古代文字とか分かります?」
「えぇ? お前、分かるのか!? オレ、研究系の座学はそこまで得意じゃねぇ。好きなのは軍事学とかだ」
「軍事学も面白そうです」
「はは……、お前、やべー平民だな!」
村の連中とはできない話ができて面白くなってきた。学がある人間と話すのは高揚する。
「うーん、ってかよ、ダチだ! お前はオレとダチになれ」
「え?」
「友達、だ」
王子が満面の笑みで手を差し出している。邪気がなく屈託のない顔だ。俺は思わずその手を握った。
「いやあ、士官学校で友達できなくてよ、あまりダチがいねえんだ。みんなオレを見たら逃げる」
それはそうだろうと思った。声がデカいし圧が強い。貴族みたいな人間はあまりこの王子のような人間は得意ではなさそうに思える。
「平民が友達って問題ないですか?」
「ねえよ」
友達、とは許可制なんだろうか。こと、この関係に関しては許可がいるのではと思うが。
「丁寧語も敬語もなしでいいぜ、名前で呼んでもいいぞ。無礼は許す」
王子は腕を組みながら顎を上げ、鼻を鳴らし、口角を上げそう言い放った。
「じゃあ……リベリオ、よろしく」
「おうよ」
俺にも友達ができた。俺も友達が少ないのだ。フィアは家族だからちょっと違う。村で友達と言えるのは虫取り網のアミッドくらいだ。なにしろ、俺は無属性だから。
国家という構造に思うところはあるが、リベリオのその言葉と縁については違和感なく受け入れられた。
――この高揚感は、きっと本物だ。




