(20)勇者という構造
勇者とはそうやって任命されるものなのか? 英雄譚に登場する英雄のことなのではないのか?
「あの、俺はリベリオ王子に雇われた傭兵で……。勇者とか何のことか」
勇者になろうがなるまいが、報酬はもらえないと困る。傭兵としての仕事は完遂したので、それは主張しておかなければならない。
「あ~、ありがとな! 突然の依頼だったけどよくこなしてくれた。心配するな、報酬はちゃんと出す」
王子がそう約束してくれた。うむ、これで一安心だ。
「母上! こいつ、戦場から連れて来たんだけど、指揮官級を各個撃破した上で、総司令官のドラゴンも倒したぞ」
「まあ……、それはそれは……」
王子が高らかに俺の戦歴を王妃に説明すると、王妃は扇で口元を隠しつつ、俺を査定するかのように見つめる。
「勇者です。勇者決定です」
なんだそれは。
「あぁ……勇者様……! なんという奇跡」
王女も両手で口元を覆いながら感極まったかのように俺をそう讃えた。ちょっと待て。
「勇者ゼンよ。我が国の栄誉のため尽力するがよい」
さっきまで泣きそうな顔をしていた国王が姿勢を正し、威厳を湛えながら俺にそう告げた。
――うん、これは夢だ
思考が混濁している。天井がぐるぐる回る。視界がおかしい。言葉が出てこない。
……ほら、夢だった。
目が覚めれば寝台の上だ。
「ゼン、やっと目が覚めた」
目を開けるとそこにはフィアがいた。すごく懐かしい感じがする。見慣れた顔を見て、心から安堵した。
「……変な夢を見ていた」
「どんな?」
「王族達に俺は今日から勇者だ、とか言われた」
「あ、あぁ……それは……」
体を起こし、あたりを見回す。あれ? いつもの俺の部屋ではない。少し広めで内装に装飾が施されていて、貴族の館の客間のようであった。この寝台も七十七冊もの日記をしまい込んでいる粗末めなものではない。広くて敷布が清潔で、綿が入ったように柔らかい。
「ここは……? 俺は?」
「……三日ほど寝込んでいました」
「は?」
……夢じゃなかった。
俺は「閲覧室」でラディクト将軍と対決した後、王族達に勇者と任命されていた最中に倒れたそうだ。ここは王城の一室だという。部屋を見渡したら脱がされた鎧が手入れをされ、吊されていたのに気付く。ドラゴンの血を浴びて汚れていた体は拭かれ、清潔な衣服に着替えさせられていた。ずいぶん手厚いな?
「俺、魔法が使えるようになったんだ」
「え、そうなんです?」
「無属性魔法・気合いだ」
「え?」
フィアに魔法が使えるようになったこと、その技名を説明したら怪訝な表情をされた。
「王子も神言が聞こえないそうで、同じように体力を魔力に変換するイメージでやってみた。そしたら使えるようになった。親父がやってるのと似たような感じで身体強化するつもりでやった」
「え、ええ、すごい」
フィアが両手で口元を押さえ、感嘆した。こうして報告できたのが嬉しい。いつも俺も魔法が使えないか話し合っていたからだ。
「だが、これは俺には過ぎた力のようだ。土壇場で試すもんじゃないな。今後の研究課題だ」
「そうですね。体への負荷が高いのかもしれません。だからこうしてなかなか目が覚めなくて……」
よく考えてみれば、ドラゴンなどを倒して全力疾走してから、ラディクト将軍と対決していた。普通に疲れるか。あまりにも見るもの全てが面白く、気になりすぎて駆け抜けてしまった。
「ところで、フィア。お前、どうしてここに?」
「お呼びがかかりました」
俺が倒れてから、王子が俺の関係者を探し、王城へ来るよう呼びつけたという。転移器に乗る前に見かけていたのを覚えていたようだ。目聡い。
「ニキも呼ばれて王城に泊まっているんですが、ゼンが寝ている間、やることがないと言って酒場などに行ったりしてました」
「そうか。お前はずっとここにいて待っててくれたのか」
「はい」
かなり寝込んでいたのに、ずっと目覚めるのを待っていたとか、暇だったと思う。それなのに待っていたとは。でも起きた時に知った顔があって安心した。
「ありがとう」
「え、あ、はい……」
俺が礼を言うと、フィアは俯き、肩をすくめ耳を赤くした。肌が白いから分かりやすい。なんだか、こいつはいつもそんな感じだ。
「あ、目覚めたら知らせろと言われていました」
「そうだな。報酬をもらいにいかないとならんな」
「そ、そうですね……」
「ん?」
フィアの態度に何か引っかかるものを感じたが、ともかく報酬はもらいにいかないとならないので、俺は着替えてフィアとともに王族と謁見することにした。
「よお、元気になったか」
「はい。おかげさまで。ご迷惑おかけしました」
謁見の間に王族が集結していた。
王子が気さくに声を掛けてくる。思わず、つられて気軽に返事しそうになるが、丁寧語……丁寧語……と意識して棒読みで返した。
「ゼン」
「ああ」
王族の前に出ると、フィアが俺をつついて合図したので、膝を付き傅いた。それでもフィアは上羽織を目深に被っている。こういったものは目上の者の前では外すものとフィア自身から聞いたことがあるが、敢えてのことなのだろうか。
「此度の活躍、誠にご苦労であった。戦場での活躍も検分し、把握しておる。大義だ」
玉座の国王がそう俺へ労う。あの泣きそうな顔をしていた時とは大違いだ。威厳を込め、そう上から言い渡してきた。
「そなたを我が国の勇者として栄誉を与えよう」
……それ、まだ言う?
「あの、俺は、そんな、大層な」
正直、報酬をもらって早く帰りたい。その前に王都をフィアと一緒に歩いて見たことのないものを見たい。帰ってから魔法の研究をしたい。あれをちゃんと使えるようにしたい。
「……王命であるぞ」
急に空気が変わった。背中に冷たいものが走る。本能的に周りが気になり、状況を確認してしまう。王族の周りに精鋭とみられる武装した近衛兵がいる。俺は帯剣を許されておらず、丸腰でこの場にいる。
「ラディクトが『栄誉の戦死』として毒杯を飲んだ」
衝撃的な事実を告げられた。将軍が死んだ――
「ラディクトが戦死し、この国は英雄を失ったのだ」
これは、知ってはならないことを知らされているのでは、と思った。
「この国には次の英雄が必要になる。分かるか?」
喉が貼り付くような感じを覚えた。無理矢理唾を飲み込む。
横にはフィアがいる。守り抜かなければならない。
「――分かりました。俺はその栄誉をありがたく賜ります」
こうして俺は勇者になるとともに、勇者というものの構造を知ってしまった。




