(11)神託の巫女
リベリオは出陣前にある場所へ寄る。
「よぉ、ルルカ、元気か?」
「はい。異常ありません」
「なんだよそれ」
ルルカと呼ばれた少女は胸に手を当て、己の気の巡りを意識してそう応えた。リベリオは「元気か?」の受け答えとしてずれたものを感じた。
「ですが、私は今日も聞こえません。こんな、国の一大事だというのに」
「別におまえが何かする義理はねえ」
「そうおっしゃるのは、あなただけ」
ルルカは首飾りの水晶を触れながら、神妙な顔でそう訴えた。リベリオが柔らかくそれに応える。
「神託なんてものは聞こえなくても生きていけんだろ」
実際に神言が聞こえないリベリオが自らそう言った。
――彼女は「神託の巫女」である。
この世界の人間に降りてくる神言というものは、確定された過去のこと、今目に見えるもの、これから起こるであろうこと、それらの断片だ。王族が閲覧権を持つ「英知の書」は問いを立てると、その答えを理解可能な事柄として集積された神言の中から引き出すことができる。
神託の巫女は、英知の書を介さずに導きを受けることができるのだ。問いを立てることもなく、豊穣をもたらす方法や、危機を免れる方法などを得ることができる。それを「神託」という。
神言と神託は別のものである。
ルルカは神言を聞くことはできており、神言石も水晶の形の神言器となっている。だが、まだ彼女は神託を聞いたことはない。
「いっそ、何も聞こえなければここから出られるでしょうか。わたしも壁に頭を打ち付けましょうか」
「それはよせ。頭がおかしくなったと思われるぞ」
リベリオが真顔でそう言うと、ルルカは笑う。
「ふっ、ふふ。王子、本当にそれ、やってる」
「はっ、ガチだからな」
ルルカの口調が緩んだ。これが二人だけの時に出る自然な口調だった。
「王子は王子なのに、壁に頭打って思春期の暴走扱いされてて、ふふっ、いい、好き」
「笑うなよ。ハッ、めちゃくちゃ頭スッキリするぞ」
ルルカが口に手を当て笑い、リベリオは笑みを漏らしながら己の頭を指差す。
「まだ、頑張ってみる。ホラ吹いて巫女やっていくから」
「ああ。皆バカだから騙されるぞ」
――彼女はこの神殿に物心ついた頃から囚われていた。
亡き母親の後を継ぎ、巫女として過ごしている。身分は公女に準じる扱いだが、敷地より出ることを許されず、部屋の扉には護衛という名の監視兵が常在しているほどだ。
「神託」は公益だ。なので、神託の巫女は国家が管理するものとなっている。他国や在野に流すことは許されない。
逆に言えば、神託あってこその巫女であるともいう。神託を受けられない存在を巫女として扱うことは是非を問われる。
彼女は齢十五にして未だ神託を受けたことがない。なので、その身を守るためそれらしいことを発言し、神託として告げていた。熟考して、実行しても差し障りのないことを言っている。
身を守るため、母にそう教えられそうしてきた。母は神託を受けられない者の末路について話すことはなかったが、彼女はそれとなく察していた。
王家と神殿は密接な関係にあるが、王族と巫女が親密な関係になるのは良しとされていない。とりわけ男女であれば、なおさらだ。
リベリオは木を登り、窓を伝ってルルカの部屋に侵入している。密かな逢瀬というわけだ。
(こんなもんに振り回される奴なんていなくなればいい)
国民へ神託を披露するルルカの心痛を抱えた顔を目にし、リベリオは己の主義も相俟って気に掛けていた。通い詰めて笑顔を引き出すことができた。今日もこうして、気になり顔を見に来たというわけであった。
「……ご武運を」
「ああ」
ルルカが手を伸ばし、リベリオがその手を取り握る。
「……!」
バチ、とルルカの中に何かが降りた。神言器の水晶が虹色に光る。
「王子、これは神託です。ついに降りました」
「なんだと……」
「戦場を駆ける長剣を手にした大男を目にしたら、身を逸らしてください」
「なんだそれ」
ルルカの青い瞳も虹色に変わり、明らかに変化が訪れていた。本能的にこれが真なる預言であると知らしめられる。
「なんか……随分ピンポイントだな? ってか、そいつなんなんだ」
「わかりませんが……、おそらく一目で分かる、とても目立つ者だと思います」
「オレが、そいつを見かけたらその場を離れるかなんかすればいいんだな?」
「はい。それが合図なのだと思います」
「わかった」
そうして巫女より神託を受けた王子は戦場へ赴く――




