ハートビームの代償と、新たな変化
「……ちなみに、その技って本当にそういう名前なのか?」
俺が尋ねると、セナの動きが止まった。
「え?」
「ハートビーム。さっき叫んでたやつ」
セナは、ほんの一瞬だけ俺から視線をそらした。
「……正式名称は、高出力収束放射機能だけど」
「長いな」
「うん。だから……」
セナはそこで言葉を切った。
「MAの高出力兵装は、誤作動を防ぐために音声認識による発動確認が必要なの。装着者本人の声を登録して、発射準備が整った状態で、あらかじめ登録した呼び出し名を認識すると作動する仕組みになってる」
「なるほど。簡単には撃てないようになってるわけか」
「そういうこと。高出力兵装だから、意識しただけで発射されるより、明確な命令を必要とする設計なんだよ」
それ自体は、よく考えられた安全装置だと思う。
戦闘中に誤って発動すれば、味方を巻き込む可能性もある。起動条件を厳しくしておくのは当然だろう。
問題は、そこじゃない。
「それで、どうしてハートビームなんだ?」
「…………」
セナは黙った。
頬が、さっきよりも赤くなった気がした。
「いや、短くて呼びやすい名前にする必要があったんだよね?」
「そ、そうだよ! 長すぎる正式名称じゃ、戦闘中に呼び出しづらいでしょ!」
「それは分かるけどさ」
「短くて、聞き取りやすくて、ほかの命令と混同しにくい名前がいいって、そういう判断をしただけだから!」
セナは少し早口になっていた。
どうやら、本人なりに理由があるらしい。
だが、その顔は赤いままだ。
「……自分で登録したのかよ」
「う、うん。適合試験のときに、呼び出し名を登録する必要があったから……」
「それで、ハートビーム?」
「……悪い?」
セナが、上目遣いでこちらを見る。
いや、悪いとは言っていない。
いないのだが。
「いや、別に悪くはないけど……。もっとこう、ほかになかったのかなって」
「考えたよ!」
思った以上に大きな声が返ってきた。
セナは自分の声に驚いたように口を閉じ、それから恥ずかしそうに目をそらした。
「……でも、短くて、分かりやすいから」
「そ、そうか」
「そうなの!」
いつもなら冷静に説明を続けるはずのセナが、今は妙に必死だ。
戦闘中はあれだけ堂々と技名を叫んでいたのに、こうして落ち着いてから指摘されると恥ずかしいらしい。
……どうやら、本人も名前のかわいらしさを自覚していたようだ。
俺は笑いそうになるのを必死にこらえた。
「まあ、威力はすごかったよ。あの魔犬を吹き飛ばしたんだから」
「でしょ? 高出力兵装としての性能は十分だと思う」
セナは、ここぞとばかりに話題を性能へ戻した。
だが、頬の赤みはまだ消えていない。
「ただ、MAのエネルギーをかなり消費するみたい。発射準備にも時間がかかるし、照準を固定してから音声命令を出す必要があるから、いつでも撃てるわけじゃないよ」
「なるほど。連発できないうえに、発射のタイミングも考えないといけないのか」
「そう。だから、これからは黒瀬さんと相談しながら使うつもり」
「いや、俺を巻き込むなよ!」
思わず抗議すると、セナは少しだけ頬を膨らませた。
「だって、戦闘中に援護してもらうんだから、相談しておいたほうがいいでしょ?」
「それはそうだけど……」
「じゃあ、いいよね?」
「……はい」
俺は渋々頷いた。
神代が、そんな俺たちのやり取りを見ながら淡々と口を開いた。
「威力は十分だったわ。次も使えるの?」
「うん。ただ、出力を上げるとMAのエネルギーをかなり消費するみたい。連発はできないかな」
「なら、使用するタイミングは考えたほうがいいわね」
「そうだね。そこは黒瀬さんと相談するよ」
「だから、俺を巻き込むなって!」
俺の抗議は、二人にきれいに無視された。
神代はすでに協会への報告内容を整理し始めているし、セナはMAの動作確認を続けている。
どうやら、この二人にとって、ハートビームという名前は特に問題ではないらしい。
……いや、セナはさっきまで恥ずかしそうにしていたはずなのだが。
機能の説明をしているうちに、少し落ち着いたのだろうか。
そのとき、配信のコメント欄が目に入った。
『今のハートビームって何www』
『正式名称が高出力収束放射機能なの草』
『音声認識で発動するのか』
『じゃあ、その名前を考えたのセナさん?』
『ハートビーム、自分で登録したのかよw』
……しまった。
今の説明、全部配信に乗っていたのか。
「お前ら、今の戦闘を見てたんだよな!?」
俺が思わずカメラへ叫ぶと、さらにコメントが流れていく。
『見てたよw』
『見てたからこそハートビームが気になるんだよw』
『セナさん、顔赤くない?』
『魔法少女セナ爆誕』
『自分で名前つけたのかわいい』
「ちょ、ちょっと待って!」
セナが慌ててカメラのほうを振り向いた。
「違うから! これは、音声認識の安全装置に登録した呼び出し名であって、別に技名をつけたかったわけじゃないから!」
『必死で草』
『説明すればするほど恥ずかしいやつw』
『ハートビームが定着しそう』
「定着しなくていいから!」
セナは顔を赤くしたまま、カメラから視線をそらした。
……ああ、これは完全にいじられる流れだ。
本人が否定すればするほど、コメント欄が盛り上がっている。
「セナ、落ち着け。別に変な名前だとは言ってないだろ」
「黒瀬さんも、面白がってるでしょ!」
「いや、俺は事実を確認しただけで……」
「さっきから、ずっと笑いをこらえてるじゃない!」
「……それは、まあ」
否定しきれなかった。
セナは不満そうに俺を睨んだあと、もう一度カメラへ向き直った。
「とにかく! 高出力収束放射機能は、MAの重要な機能の一つです。発動には音声認識による確認が必要なので、戦闘中に勝手に作動することはありません!」
説明自体は正しい。
正しいのだが。
『必死の釈明w』
『正式名称で言い直してるのかわいい』
『じゃあ実演でもう一度ハートビームを!』
「やりません!」
セナは即座に答えた。
その返事があまりにも早かったので、俺はとうとう吹き出してしまった。
「黒瀬さん!」
「悪い、悪い!」
「絶対に笑ってる!」
「いや、だって……!」
「もう!」
セナは顔を真っ赤にして、俺からぷいと視線をそらした。
戦闘中は冷静に状況を見極め、MAを使いこなし、危険な魔物を相手に立ち回っていた。
それなのに、戦闘が終わればこれである。
……いや、俺も人のことは言えないのかもしれない。
かつてSランク探索者だった俺が、今では配信でPON扱いされているのだから。
しばらくして、セナはようやく落ち着きを取り戻した。
「……もう、この話は終わり。次の探索では、MAの性能をもっと詳しく確認するから」
「そうだな。今回の戦闘で分かったことも多いし」
「うん。それに、必殺技も……」
セナはそこで言葉を止めた。
自分がまた口にしてしまったことに気づいたらしい。
そして、俺と目が合った。
「……何?」
「いや、何でもない」
「今、何か言おうとしたでしょ!」
「言ってない、言ってない」
「絶対に言おうとしてた!」
セナはまた頬を赤くした。
どうやら、しばらくはこの話題から逃げられそうにない。
俺は苦笑しながらカメラに向かって、改めて説明した。
「今回の戦闘では、セナの試作兵装が有効に働いた。詳しい仕組みについては公開できないけど、MAの運用に関しては、今後も検証が必要だと思う」
『ハートビームも?』
「そこはいいんだよ!」
またしても、コメント欄が笑いで埋まった。
セナは何か言いたそうに俺を見たが、最後には小さくため息をついた。
「……もう、勝手にして」
そう言いながらも、頬の赤みはまだ残っていた。
俺は苦笑しながら配信を終了した。
◇
探索を終えて隔離施設へ戻ったあと、俺は装備を外してソファに腰を下ろした。
さすがに疲れた。
オーガ戦のときとは違う意味で、今日は身体を酷使した。
ブースターで飛ぶたびに着地点を警戒し、氷床で滑らされ、氷柱で殺されかける。あそこまで動きを読まれると、身体能力だけで押し切るのは難しい。
「……しかし、あんな戦い方をする魔物が出てくるとはな」
俺は自分の右腕を見下ろした。
今日の戦闘では、イグニスとグラキエースを何度も切り替えた。
イグニスを呼び出して炎を放ったとき、右腕の奥まで熱が走った。グラキエースを使ったときには、左腕の内側に冷気に似た感覚が残った。
最初は、武装の使用に伴う感覚だと思っていた。
だが、変身を解除したあとも、しばらく感覚が消えなかったのだ。
「……何だったんだ、あれ」
右腕を握り、開く。
左腕も同じように動かしてみる。
特に異常はない。痛みもなければ、動きが悪くなったわけでもなかった。
ただ、武装を呼び出したときの感覚が、いつもより身体に近かった気がする。
まるで、炎や冷気を扱う機能が、武器だけではなく、俺自身の身体にも少しずつ馴染んできているような――。
「……気のせいか」
今はまだ、確かなことは何も分からない。
イグニスは炎を放つための武装で、グラキエースは氷を操るための武装だ。それ以上の変化が起きたと判断するには、材料が足りない。
ただ、俺の身体は、三年前にあの世界へ落ちてからずっと変化を続けている。
変身できるようになったことも、黒い剣を呼び出せるようになったことも、最初から使いこなせていたわけではない。
今回の感覚も、その変化の一部なのだろうか。
俺はしばらく両腕を見つめていたが、やがて考えるのをやめた。
分からないことを、今ここで考えても仕方がない。
必要なら、また検証すればいい。
「……とりあえず、今日は休むか」
俺はソファに深く沈み込んだ。
右腕には、もう熱は残っていない。
左腕にも、先ほどの冷気の感覚はなかった。
それでも、どこか引っかかるものがあった。
いつか、この感覚が何を意味していたのか分かる日が来るのかもしれない。
そのとき、俺の身体が今とは違う形に変わっている可能性だってある。
だが、今はまだ先の話だ。
俺は目を閉じ、短く息を吐いた。
◇
その日の夜。
ウォッチャーの監視室では、ガルムとフェンリルの戦闘映像が解析されていた。
「……やはり、自然発生した個体ではないな」
映像を確認していた男が呟く。
「はい。戦闘中の連携は非常に組織的です。片方が対象の回避方向を制限し、もう片方がその動きに合わせて攻撃する。さらに、相手の行動に応じて役割を調整しています」
「アビス側の軍用魔獣か」
「その可能性が高いと考えています。炎の魔犬ガルムと氷の魔狼フェンリル。どちらも、アビス側で戦闘用に育成され、徹底的な訓練を受けた個体と見られます」
男は、映像を止めた。
画面には、黒瀬がブースターで跳び、着地した瞬間に足元を凍結される場面が映っている。
「着地地点への凍結、横方向への回避を制限する滑走氷、転倒後の追撃。さらに、岩棚へ移動しようとした際には、着地点へ氷柱を形成している」
「はい。黒瀬が最初の攻撃を受けたあと、同じ回避手段を取ると予測したように見えます。単に事前に罠を配置したというより、戦闘中の行動を見て対策を変えている可能性があります」
「面白い……と言いたいところだが、これは厄介だな」
男は別の画面に目を移した。
そこには、MAを起動したセナの戦闘データが表示されている。
「MAの適合状態は?」
「試験中の数値は安定していました。少なくとも今回の戦闘では、顕著な異常は確認されていません」
「黒瀬との連携も、想定以上に機能したようだな」
「はい。セナがガルムを引きつけ、神代がフェンリルの動きを一瞬止めたことで、黒瀬が武装を切り替える時間を確保できています」
「高出力収束放射機能の使用データは?」
「確認できています。エネルギー消費は大きいものの、近距離での制圧力は十分です。発動時には、装着者本人の音声認証と登録済みの呼び出し命令が必要となっていました」
「誤作動防止の仕組みが、実戦でも機能したわけか」
「はい。なお、装着者はこの機能を『ハートビーム』と呼称していました」
男は、数秒だけ黙った。
「……記録には正式名称を使っておけ」
「承知しました」
「ただし、装着者による呼称も備考に残しておくように。現場での運用に影響するなら、無視する理由はない」
「分かりました」
男は映像を見つめた。
黒瀬は、予想以上の速度で変化している。
変身の制御、武装の形成、そして複数の武器を使い分ける戦闘能力。
その一つひとつが、ウォッチャーにとって興味深い観測対象だった。
セナのMAも、黒瀬と比較することで初めて分かることがある。
そして、アビス側は、そうした研究が十分に進むまで待ってくれるわけではない。
「……こちらも、悠長にはしていられないな」
男は静かに呟いた。
それは、人類を救うための決意ではなかった。
状況がさらに悪化すれば、研究環境も観測対象も失われる。その前に、できるだけ多くの情報を集めておく必要がある。
ただ、それだけのことだった。
◇
炎の魔犬ガルムと、氷の魔狼フェンリル。
黒瀬たちが遭遇した二体は、単に強いだけの魔物ではなかった。
アビス側で徹底的な訓練を受けた軍用魔獣であり、互いの攻撃を利用しながら、相手を追い詰める戦術を身につけていた。
滑る氷で回避を封じ、着地点に氷柱を発生させ、倒れた相手の起き上がりまで狙う。
その二体が、探索者協会の想定していた浅層に現れた。
ダンジョンの異常は、確実に進行している。
そして、人類側ではSランク探索者が複数人、敵幹部の能力によって無力化されていた。
黒瀬は変身を制御し始めた。
セナはMAを実戦で使い始めた。
神代の目も、強敵との戦闘で新たな意味を持ち始めている。
だが、新しい力を得たからといって、それで状況が好転したとは限らない。
敵もまた、こちらの力を上回る手段を持ち、戦術を磨いているのだから。
そして、黒瀬の身体にも、まだ本人が理解していない変化の兆しが現れ始めていた。
それがどんな形で表れるのか。
右腕が炎を放ち、左腕が氷を撃ち出すような姿へと変わるのか。
今の彼には、まだ知る由もなかった。




