反撃、そしてハートビーム!
## ハート型の必殺技
だが、フェンリルはすぐに反応した。
俺が着地しようとしている場所に、再び冷気が走る。
今度こそ足場を奪われる――そう思った瞬間だった。
「させないわ」
神代が、静かに呟いた。
彼女の視線が、フェンリルを捉える。
魔狼が首を振り、視線を外そうとした。
だが、今度は間に合わなかった。
神代の目が、魔狼の動きを一瞬だけ縛りつける。
冷気の放出が止まった。
その一瞬を利用し、俺は岩肌へ足をつける。
何とか着地できた。
それだけで、胸の奥から安堵が湧いてきた。
「……助かった」
「お礼は後でいいわ。次が来る」
神代は淡々と答えた。
その言葉どおり、炎の魔犬が再びこちらへ向き直る。
フェンリルの拘束は長く続かない。
俺は立ち上がり、黒い剣を構え直した。
「……分かったよ。もう、好き勝手には飛ばない」
ブースターは強力だ。
地上では届かない距離を一瞬で移動できるし、攻撃を回避する手段としても役に立つ。
だが、着地点を予測され、そこに氷床や氷柱を用意されるなら、下手に飛ぶことがかえって危険になる。
今は、地形と相手の動きを見極めるほうが先だ。
セナがガルムの動きを見ながら、俺へ声を飛ばした。
「黒瀬さん、イグニスを使うなら、ガルムに直接撃つより、まずは足場を確保して!」
「分かってる!」
「フェンリルのほうは、神代さんが止められる一瞬を狙って! 拘束を長く維持できるとは思わないで!」
「了解!」
俺は短く返事をした。
セナはMAの性能だけに頼っているわけではない。相手の攻撃の癖を観察し、味方が取るべき行動を整理している。
しかも、自分がガルムを引きつけている間に、神代の援護と俺の攻撃が成立するよう、位置取りまで調整していた。
あの冷静さがなければ、俺は今ごろ、氷柱に串刺しにされていたかもしれない。
「神代さん、もう一度だけ頼めるか?」
「できるけれど、次は相手も警戒するでしょうね」
「十分だ!」
神代の視線がフェンリルを捉える。
魔狼はすぐに反応し、首を振って視線を外そうとした。
しかし、その動きが一瞬だけ遅れた。
「今よ!」
神代の声が響く。
魔狼の身体が硬直する。
「グラエース!」
俺は氷の拘束を放った。
今度は前脚だけではなく、後脚にも拘束を絡ませる。
魔狼が身体をよじる。
氷が軋み、亀裂が走った。
だが、すぐには動けない。
俺はイグニスを呼び出し、魔狼の正面へ炎を放った。
氷の防御が熱を受けて溶け始める。
蒸気が立ち上り、魔狼の視界を遮った。
その隙に、俺は黒い剣を呼び戻した。
「これで、どうだ!」
蒸気の向こうから踏み込み、魔狼の側面へ斬撃を放つ。
魔狼が身体をひねったものの、完全にはかわしきれなかった。
黒い剣が深く食い込み、魔狼は低い唸り声を上げて地面に倒れ込んだ。
「よし……!」
思わず声が漏れた。
だが、まだ終わりではない。
ガルムが、仲間を倒されたことを察したかのように、こちらへ向き直った。
その動きには、単純な怒りや興奮だけでは説明できないものがあった。
攻撃を続けるべきか。
退路を確保するべきか。
あるいは、こちらの支援役を先に排除すべきか。
そんな判断をしているように見えた。
そして、魔犬が選んだのは神代だった。
神代の能力が厄介だと判断したのだろう。
ガルムは、俺のほうへ向かうのではなく、神代へ向かって突進した。
「神代さん!」
俺は反射的にブースターを吹かそうとしたが、足元にはまだ氷が残っている。
無理に飛べば、また着地を狙われる。
その一瞬の迷いを、セナが埋めた。
「こっちは私が!」
MAをまとったセナが、魔犬の進路へ飛び込んだ。
真正面からぶつかるのではなく、進路の端へ回り込み、前脚の動きに合わせて身体を入れる。
ガルムの巨体が、わずかに傾いた。
セナはその隙を逃さず、武器を振るった。
今度の一撃は、魔犬の前脚へ深く食い込んだ。
巨体がバランスを崩す。
神代は、即座に距離を取った。
「セナ、無理をするな!」
「分かってる! でも、今なら――!」
ガルムが体勢を立て直そうとした瞬間、俺はグラエースを放った。
氷の拘束が、魔犬の前脚へ絡みつく。
炎が氷を溶かそうとする。
だが、そのわずかな時間で十分だった。
セナが魔犬の正面へ向き直った。
両腕を構えると、MAの胸元にある結晶が明るく輝く。
続いて、両腕の装甲に沿ってピンク色の光が集まり始めた。
普段の武装とは違う。エネルギーが集まっていくにつれて、セナのMAから細かな駆動音が響き、胸元の結晶が規則的に明滅する。
両腕の前方に集まった光は、少しずつ強さを増していった。
だが、まだ発射されない。
セナが両腕を構えたまま照準を定めると、光が一点へと収束していく。
「……ここで使うのか?」
俺が呟くと、セナは迷いなく頷いた。
「うん。今なら、狙いをつけられる!」
ガルムが拘束を振りほどこうと暴れる。
その巨体を前にしても、セナは怯まなかった。
白とピンクの装甲が光を帯び、両腕にエネルギーが集束する。
その直後、MAの内部から短い電子音が鳴った。
発射準備が整った合図らしい。
セナは照準を固定したまま、息を吸い込んだ。
「必殺――ハートビーム!」
次の瞬間、セナの両腕から、鮮やかなピンク色の光線が放たれた。
いや、ただの光線ではなかった。
先端が二つに分かれ、上部が丸く膨らみ、中央にはくっきりとしたくぼみがある。その輪郭は、どう見てもハートそのものだった。
巨大なピンク色のハートが、ダンジョンの通路を一直線に突き進む。
その周囲では、桃色の光がきらきらと散っていた。
見た目だけなら、どこかの魔法少女が使う必殺技そのものだ。
ただし、その威力は冗談では済まなかった。
ハート型の光線がガルムに直撃した瞬間、魔犬の巨体が大きく弾かれた。
拘束されていた前脚が地面から浮き、巨体がそのまま後方へ吹き飛ばされる。
衝撃で岩壁が震え、周囲に土埃が舞い上がった。
「……は?」
俺は、思わず口を開けたまま固まった。
いや、威力はすごい。
すごいんだが。
ハート型のピンク色の光線で、魔物を吹き飛ばすって何なんだ。
しかも、セナは今、はっきりと叫んだ。
必殺、ハートビーム。
技名まで含めて、どこからどう見ても魔法少女だった。
それ以前に、さっきから光を集めていたのに、最後の一言が必要だったらしい。
あれは単なる掛け声なのだろうか。それとも、MAが音声を認識して発射するための命令なのだろうか。
そんな疑問が頭をよぎったが、考えている余裕はなかった。
「黒瀬さん、今!」
セナの声に、俺は我に返った。
「分かってる!」
俺は黒い剣を構え、ブースターを短く噴射する。
横へ飛ぶのではない。
ガルムの側面へ、低く踏み込む。
魔犬は体勢を立て直そうとしていたが、ハートビームによる衝撃で動きが鈍っていた。
俺はその隙を逃さなかった。
黒い剣を振り抜く。
刃が魔犬の首元を捉えた。
巨体が崩れ落ちる。
周囲に、静けさが戻った。
俺はしばらく剣を構えたまま、二体の様子を確認した。
やがて、完全に動かなくなったことを確かめてから、ゆっくりと息を吐いた。
「……今度こそ、終わったか」
黒い剣が消える。
続いて、全身を覆っていた装甲も失われた。
俺は、自分の身体に異常がないか確認しながら、周囲を見回した。
「セナ、神代さん。怪我は?」
「私は大丈夫。MAの反応も、今のところは安定しているみたい」
セナはそう答え、腕や肩を動かしてみせた。
神代も小さく頷いた。
「私も大丈夫。少し疲れたけれどね」
「よかった……」
俺は安堵の息を吐いた。
もし二人の援護がなければ、どうなっていたか分からない。
ブースターで飛べば着地点を凍らされ、横へ逃げても滑らされる。安全な場所へ移ろうとすれば、今度は氷柱が突き上がってくる。転倒すれば起き上がりを狙われ、こちらが一体に攻撃すれば、もう一体が援護に回る。
俺一人では、あの連携を崩せなかった可能性が高い。
「……あいつら、普通の魔物じゃないな」
俺が呟くと、神代も頷いた。
「ええ。こちらの動きを見て、攻撃の順番や狙いを変えていた。少なくとも、野生の本能だけで戦っているようには見えなかったわ」
「軍用犬……みたいなものか?」
セナが、倒れた魔犬と魔狼を見つめながら言った。
「訓練された犬と狼。互いの役割を理解して、相手を追い詰めるように動いていた」
「……冗談じゃないな」
俺は額に手を当てた。
まさか、魔物との戦闘で、ここまで組織的な連携を相手にすることになるとは。
しかも、敵は二匹とも、俺たちの攻撃に対応しながら動いていた。
ただの強敵ではない。
こちらがどう動くかを考え、それを利用して勝とうとする相手だった。
そのとき、セナが自分の装甲を見下ろした。
「……うん。これなら、何とかやれそう」
「MAのことか?」
「そう。思ったより、身体が動くね。防御もそうだけど、攻撃を受け流したあとに踏み込めるのがいい。これなら、接近戦で相手の動きを崩せる」
そう言ってから、セナは胸元の結晶を見つめた。
「それに、高出力兵装もちゃんと使えたし」
俺は、さっきの光景を思い出した。
あの威力は本物だ。
けれど、どうしても気になることがある。
「……ちなみに、その技って本当にそういう名前なのか?」
俺が尋ねると、セナの動きが止まった。




