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元Sランクの俺、今は底辺ダンジョン配信者ですが、三年前の事故現場に戻ったら突き落とされ、最強の力に目覚めました  作者: 水源


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炎の魔犬と氷の魔狼

 数日後、適合試験と装備の点検を終えたセナは、MAの試験運用に参加することを決めた。


 協会の監視下で、異常があれば即座に撤退すること。MAの起動時には身体データを継続して計測すること。そして、装着者が制御不能になった場合に備え、停止手順を準備しておくこと。


 そうした条件を整えたうえで、俺たちは再びダンジョンへ向かうことになった。


「今回は、MAの試験も兼ねた探索になる。前回と同じ指定区域を中心に、無理のない範囲で行動してくれ」


 協会の担当者から説明を受け、俺たちは機材を確認した。


 今回も配信は許可されている。ただし、MAについては、公開できる情報を限定することになっていた。


「セナは、配信でどこまで説明する?」


「特殊な試作兵装を使う、とだけ伝えるつもり。詳しい仕組みについては、今は話せないから」


「それでいいと思う」


 俺はカメラを確認し、配信を開始した。


「こんばんは、黒瀬旭です。今日は協会の監視下で、前回より少しだけ探索を進める予定だ。引き続き、異常があればすぐに撤退する」


『お、再びダンジョン配信!』


『今回はオーガ出ないよな?』


「出ないでほしいな、俺も」


『フラグ』


「そういうこと言うなって」


 軽口を叩きながら、俺たちは指定区域へ入った。


 同行者はセナと神代。協会の監視システムも、俺たちの位置と映像を追っている。


 前回のオーガ戦から、まだそれほど日数は経っていない。だからこそ、今回は慎重に進むつもりだった。


 ところが、通路を進んでしばらくしたところで、俺は妙な気配を感じた。


「……止まってくれ」


 俺の声に、セナと神代が足を止める。


「何かいるの?」


「分からない。ただ、魔物の気配にしては……」


 そのとき、通路の奥から低い唸り声が響いた。


 続いて、空気が急激に熱くなる。


 岩肌の向こう側から、炎をまとった巨大な犬型の魔物が姿を現した。


 全身を覆う炎が揺れ、その口元から熱気が噴き出している。


「……魔犬か」


 俺が呟いた直後、反対側の通路からも、別の影が現れた。


 こちらは狼型。


 青白い冷気をまとい、足元には霜が広がっている。吐き出す息が白く凍り、周囲の空気まで冷え込んでいく。


 炎の魔犬と、氷の魔狼。


 まるで性質の異なる二体の魔物だった。


『何だあれ』


『犬と狼?』


『どっちもデカすぎるだろ』


『浅層で出るような魔物じゃないぞ……』


 コメント欄にも、戸惑いが広がっていた。


 協会の通信が入る。


『こちら監視班。該当する出現記録は確認できません。黒瀬さん、セナさん、警戒を強めてください。危険と判断した場合は、即座に撤退してください』


「了解」


 俺は短く返事をした。


 ただ、二体の動きを見ているうちに、別の違和感を覚えた。


 炎の魔犬は、こちらの様子を窺うように歩みを緩めている。


 一方の氷の魔狼は、俺たちの立ち位置を確認するように視線を動かしていた。


 互いの動きを確認し合い、こちらの逃げ道を探っているように見える。


 普通の魔物が、ここまで連携するものなのか。


「……セナ、神代さん。警戒してくれ。こいつら、ただ突っ込んでくるだけじゃなさそうだ」


「私もそう思う」


 セナは武器を構え、落ち着いた声で答えた。


 神代も、二体の動きをじっと観察している。


「……来るよ」


 セナがそう告げた直後、炎の魔犬が地面を蹴った。


 巨体が、信じられない速度で迫ってくる。


「っ!」


 俺は黒い剣を呼び出し、正面からの突進を受け流した。


 だが、魔犬はそのまま通り過ぎなかった。


 攻撃をかわした俺の進行方向へ、身体をひねって追撃を仕掛けてくる。


「しつこいな!」


 俺は短く叫び、ブースターを噴射した。


 横へ跳び、巨体の突進を避ける。


 その瞬間、氷の魔狼が口を開いた。


 冷気が床を走る。


 俺が着地しようとしていた場所が、一瞬で薄い氷に覆われた。


「なっ――!」


 足が床に触れた瞬間、身体が滑った。


 踏ん張ろうにも、靴底が氷を捉えられない。横向きの勢いが残ったまま、俺の身体が予想以上に流れていく。


 慌ててブースターを吹かせば、今度は壁に激突しかねない。


「くそっ……!」


 何とか身体をひねったものの、肩が岩壁にぶつかった。


 痛みが走る。


 その隙を、炎の魔犬が見逃すはずもなかった。


 低く唸り、俺の倒れ込んだ位置へと飛びかかってくる。


 起き上がろうとした足元には、氷が広がっていた。


 体勢を立て直せない。


 魔犬の顎が迫る。


「黒瀬さん!」


 セナが飛び出した。


 だが、通常の装備のままでは間に合わない。


 セナは迷うことなく、手にしていた結晶を握りしめた。


「MA、起動! 変身!」


 結晶が光を放った。


 その光はセナの手首から腕へ、肩から胴体へと一気に広がり、全身を包み込む。


 白い装甲が腕と脚を覆い、ピンク色のラインが胸部から腰へ走った。関節部には滑らかな銀色のパーツが展開し、腰にはスカートを思わせる分割装甲が広がる。頭部には細いアンテナ状のパーツが伸び、額の結晶が明るく輝いた。


 背後に光の輪が広がり、きらめく粒子がセナの身体を一周する。


 最後に、両腕の装甲がカチリと固定された。


 ……思った以上に、華やかな姿だった。


 いや、華やかというより。


「……魔法少女?」


 俺は思わず口にしていた。


「黒瀬さん、感想はあとでね!」


 セナはきっぱりと言い返した。


 その声はいつもどおり落ち着いていたが、装甲に覆われていない顔の頬が、ほんの少し赤くなっているように見えた。


 ……もしかして、本人もこの格好を気にしているのか?


 いや、今はそんなことを考えている場合じゃない。


 セナは気を取り直したように、魔犬へ向き直った。


「さあ、行くよ!」


 その声と同時に、彼女は地面を蹴った。


 炎の魔犬が、セナへ向かって突進する。


 セナは正面から受け止めようとはしなかった。相手の突進に合わせて身体をずらし、腕で攻撃の軌道をそらす。


 それでも、巨体の勢いを完全に殺すことはできない。


 セナの身体が大きく押し流され、靴底が岩の上を滑った。


「っ……重い!」


 それでも、彼女は倒れなかった。


 通常の装備なら、一撃を受けた時点で体勢を崩していただろう。MAによって強化された身体能力と防御力があってこそ、踏みとどまることができた。


「黒瀬さん、立って! その犬、起き上がるところまで狙ってる!」


「分かってる!」


 俺は腕をついて身体を起こそうとした。


 その瞬間、氷の魔狼が再び冷気を放つ。


 床が白く染まった。


 逃げ道を塞がれた。


 炎の魔犬はセナを振り切ろうと身体をひねり、再び俺へ向かってくる。


 その動きに、迷いはなかった。


 まるで、俺がどこへ逃げるか、どの瞬間に体勢を崩すか、すべて把握しているようだった。


「……こいつら、俺の動きを読んでいるのか?」


「違う!」


 セナが即座に否定した。


「黒瀬さんが動いてから対処しているんじゃない! 先に逃げ道を潰して、選択肢を減らしてるんだよ!」


 その言葉で、俺はようやく気づいた。


 ブースターで飛べば、着地点を凍らされる。


 横へ逃げれば、滑る氷で体勢を崩される。


 転倒すれば、起き上がる瞬間を狙われる。


 そして、俺が一匹に対応している間に、もう一匹が次の攻撃の準備を整えている。


 ただ強いだけの魔物じゃない。


 互いの攻撃を利用し、相手の行動を制限する戦術を取っているのだ。


「神代さん!」


 セナが叫ぶ。


「氷の狼を止められる?」


「一瞬なら」


 神代は即座に答えた。


 その目が、氷の魔狼を捉える。


 だが、魔狼は神代の視線を感じ取ったのか、頭を少しそらした。視線を合わせないようにしている。


「……警戒してるね」


 神代は淡々と呟いた。


「でも、こちらも黙って見ているわけにはいかないわ」


 神代の目が、再び魔狼を捉える。


 魔狼が一瞬だけ別の方向へ視線を向けた。


 その隙を逃さず、神代は能力を発動した。


 魔狼の身体が硬直する。


「今よ!」


 神代の声が響いた。


 俺は立ち上がり、右手を構える。


 黒い剣を消し、代わりに別の武装を呼び出した。


 腕を覆うように、炎を放つ兵装が形成される。


 イグニス。


 身体の奥から、熱が立ち上る。


「まずは、足場を取り戻す!」


 俺は床へ向けて炎を放った。


 氷が一気に溶け、白い蒸気が広がる。


 滑っていた足元に、再び岩肌が現れた。


 視界を覆う蒸気の向こうで、炎の魔犬が唸り声を上げる。


 しかし、今はまだ動かない。


 俺はその隙に、武装を切り替えた。


 今度は、冷気を伴う兵装が現れる。


 グラキエース。


「動きを止める!」


 俺は、神代の能力で動きを封じられている氷の魔狼へ狙いを定めた。


 床から氷の拘束が伸び、魔狼の前脚に絡みつく。


 だが、拘束が完全に決まる前に、魔狼の身体が動き始めた。


 訓練された魔物は、拘束された状態でもがくだけではなかった。


 体重を後方へ移し、前脚を引き抜こうとする。


 氷が軋んだ。


「黒瀬さん、長くは止められない!」


「分かってる!」


 俺はさらにグラキエースを操作し、拘束を強めた。


 その間に、炎の魔犬が動き出す。


 セナの腕を振り払い、こちらへ突進してきた。


「セナ、下がれ!」


「大丈夫!」


 セナは魔犬の進路へ再び踏み込み、突進の衝撃をまともに受けないよう、肩と腕で軌道をそらす。


 魔犬の巨体がわずかに横へ流れた。


 その隙に、セナが武器を振り抜く。刃が魔犬の肩口を捉えた。


 深い傷ではない。


 それでも、魔犬の動きが一瞬止まった。


「黒瀬さん、今!」


 セナの声に、俺は即座に反応した。


 グラキエースの拘束を解き、炎の魔犬へ向き直る。


 だが、魔犬は傷を負っても怯まなかった。


 むしろ、こちらの攻撃を避けるように身体をひねり、再び突進の姿勢を取った。


 その動きに合わせて、氷の魔狼が床を凍らせようとする。


 連携が崩れていない。


 こちらが対応策を見せるたびに、次の動きを変えている。


 俺はブースターを起動した。


 今度は、横へ大きく飛ぶのではない。短い噴射で身体を浮かせ、氷の届いていない壁際の岩の突起へ移動するつもりだった。


 床を滑るより、足場を変えたほうが安全だ。


 そう判断したのだが――。


 着地しようとした瞬間、岩の表面が青白く光った。


「……は?」


 突起の根元から、鋭い氷柱が突き上がってくる。


 一本ではない。


 俺の着地点を囲むように、複数の氷柱が一斉に伸びていた。


「おい、マジかよ!」


 足を下ろす場所がない。


 空中では、すでに移動の勢いがついている。ここで何もしなければ、腹や胸に氷柱が突き刺さりかねない。


 俺は反射的にブースターを最大出力まで吹かした。


 軌道を無理やり変える。


 だが、狙った方向へきれいに飛べるわけではなかった。


 氷柱の先端が、装甲の脇腹をかすめる。


 次の瞬間、俺の身体は岩壁へ向かって吹き飛ばされた。


「ぐっ……!」


 肩から壁に激突し、視界が揺れる。


 そのまま床へ落ちかけたところで、俺は腕を伸ばして岩肌にしがみついた。


 あと少し、反応が遅れていたら。


 あと少し、ブースターの出力が足りなかったら。


 氷柱に貫かれていた。


 本当に、死んでいたかもしれない。


「黒瀬さん!」


 セナの声が聞こえる。


 だが、返事をする余裕はなかった。


 足元には、すでに新しい氷が広がっている。


 地面へ降りれば、また足を取られるかもしれない。かといって、この場所に留まれば、次の氷柱が飛び出してくる可能性がある。


 そして、炎の魔犬は、俺が壁際に追い込まれたことを理解したかのように、こちらへ向き直っていた。


 逃げ道を塞ぐ。


 着地を狙う。


 転倒したら起き上がりを狙う。


 さらに、足場の安全を確保しようとしたら、その場所そのものを殺傷用の罠に変える。


「……お前ら、本当に犬かよ!」


 思わず叫んだ。


 返事の代わりに、魔犬が低く唸る。


 どうやら、文句を言っても攻撃をやめる気はないらしい。


「黒瀬さん、今は下を見て!」


 セナの声が、鋭く響いた。


「そのまま飛び続けたら、次も狙われるよ! フェンリルは、黒瀬さんが次にどこへ行くかを読んでる!」


「そんなこと、言われなくても分かってる!」


「なら、今は無理に飛ばないで!」


 セナは、炎の魔犬から視線を外さずに言った。


「地上に降りる場所を、私が作る!」


 彼女はMAの出力を上げ、魔犬の突進に合わせて踏み込んだ。


 俺は、彼女の言葉を信じて次の機会を待った。


 こちらが動けば、その先を潰される。


 なら、敵の動きを変えるのは、俺ではなくセナの役目だ。


 彼女は正面から受け止めるのではなく、突進の進路をわずかにずらし、魔犬の巨体を岩壁側へ誘導した。


 巨体が壁へぶつかり、衝撃で足を止める。


 セナは、その隙に後退した。


「黒瀬さん、今!」


 俺は短くブースターを吹かし、氷柱が生えていない床へ飛び降りた。

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