迫り来る異変とMAの決断
翌朝十時、俺は探索者協会の会議室で、昨日の試験配信についての報告を受けていた。
向かい側には協会の担当者が二人。隣にはセナと神代恵理が座っている。
「まず、お二人とも大きな負傷がなかったことは幸いでした。しかし、今回のオーガ二体の出現については、看過できない問題だと考えています」
担当者はタブレットを操作し、壁のモニターにダンジョンの地図を表示した。
そこには、俺たちがオーガと遭遇した場所が示されている。
「ご存じのとおり、あの区域でオーガの出現が確認された記録はありません。さらに、ここ数日の出現記録を調べ直したところ、従来の傾向から外れた魔物が確認される事例が増えています」
「今回が初めてじゃないってことですか?」
セナが尋ねた。
「はい。ただし、現時点では個々の事例に直接の関連があるとは断定できません。ダンジョン内部で何が起きているのか、引き続き調査が必要です」
「……嫌な話だな」
俺は椅子の背もたれに身体を預けた。
浅い階層でオーガが二体も現れた時点で、普通ではない。しかも、それが単発の異常ではない可能性まである。
昨日は、自分の意思で変身を制御できたことを素直に喜んでいた。
だが、ダンジョンの状況が悪化しているのなら、俺が力を取り戻すのを待ってくれるわけではない。
担当者は、次の資料を表示した。
「もう一つ、重大な問題があります。先日、敵のアビス幹部と交戦したSランク探索者のうち、複数名が戦闘不能になっています」
「戦闘不能って、怪我をしたということですか?」
俺の問いに、担当者は首を横に振った。
「負傷もありますが、それだけではありません。身体の一部が動かなくなり、戦闘を継続できなくなった者もいます。環境適応細胞に由来するエネルギーの働きを遮断された可能性が指摘されています」
「エネルギーを遮断……」
俺は眉を寄せた。
単純に能力を無効化するのとは違う。
環境適応細胞の働きに依存する身体機能や装備が、エネルギーを遮断されることで機能しなくなる。そういう能力なのだろう。
それがSランク探索者に通用しているのなら、厄介どころの話ではない。
「生命力そのものを奪われたわけではないと聞いています。ただ、現状では、同じ能力に対してどう対処すべきか、確実な方法が見つかっていません」
「つまり、Sランクでも安全じゃないってことか」
「残念ながら、そうなります」
会議室が静かになった。
ダンジョンの危険度は上がりつつある。しかも、その内部で戦う探索者側の主力は、敵幹部の能力によって複数人が無力化されている。
この状況で、今までと同じ探索体制を維持できるとは思えなかった。
「黒瀬さん。今回の試験では、変身を自分の意思で行い、武器を形成し、解除するところまで確認できました。これは大きな進展です。ただし、現時点では、あの敵幹部の能力に対して有効かどうかまでは分かりません」
「まあ、そうでしょうね。俺だって、まだ自分の身体のことを全部理解しているわけじゃありませんから」
「今後の探索については、これまで以上に慎重に判断する必要があります。異常な出現が続く場合には、指定区域であっても探索を中止していただく可能性があります」
「分かりました」
俺は頷いた。
以前なら、自分が強くなれば何とかなると考えていたかもしれない。
だが、今は違う。
俺の変身能力にも、まだ分からないことが多すぎる。敵幹部の能力も、ダンジョンで起きている異常も、対処法が確立されているわけではない。
力を取り戻すことと、生き残ることは別問題なのだ。
◇
その日の午後。
協会での面談を終えたセナのもとに、ウォッチャーから連絡が入った。
俺と神代も同席することになり、施設内の面談室で、御堂と名乗る男と通信越しに話すことになった。
画面に映った御堂は、いつもと変わらない落ち着いた表情をしていた。
『お時間をいただき、ありがとうございます。今回、星宮さんに相談したいのは、以前お話ししたMAの件です』
「MAモデュレイテッドアーマーの試験運用について、ですよね?」
『ええ。予定していた段階的な試験を、前倒ししたいと考えています』
セナが一瞬、俺のほうを見た。
俺も同じことを考えていた。
「急にどうしてですか?」
『ダンジョン内の魔物の出現傾向が変わり始めています。それに、敵幹部との交戦でSランク探索者が複数名、戦闘不能になった』
御堂は、そこで言葉を切った。
『既存の戦力だけで、これからの状況に対応できるとは限りません。MAが実戦でどこまで通用するのか、確認を急ぐ必要があります』
「人類を守るため、ということですか?」
俺が尋ねると、御堂はわずかに目を細めた。
『それも結果としてはあり得るでしょう。しかし、私たちが約束できるのは、MAの有効性を検証することと、得られた情報をもとに今後の判断を行うことまでです。装着者の安全を無条件に保証することはできません』
ずいぶん正直な答えだった。
少なくとも、都合のいい言葉でセナを説得しようとしているわけではないらしい。
『星宮さん。適合性の事前確認では、現時点で試験を進められる結果が出ています。ただし、実際にMAを起動した際の身体変化まで、完全に予測できるわけではありません。異常が生じた場合に備えて停止手順を用意していますが、それですべての変化を元に戻せるとも限りません』
「……その危険性は、前にも聞いています」
『ええ。だからこそ、最終的に試験運用に参加するかどうかは、星宮さん自身に判断していただきたい』
御堂は、こちらを急かすことなく続けた。
『ただ、状況が悪化してから試験を行おうとしても、十分な設備や支援を確保できるとは限りません。今なら、協会の監視下で試験を進められる。私たちは、その機会を逃したくないと考えています』
「なるほどな」
俺は腕を組んだ。
ウォッチャーは、状況が悪くなることを警戒している。
それは間違いない。
ただ、その理由が人類を救いたいという使命感だけではないことも、なんとなく分かる。
彼らにとって、俺の変身能力も、MAの適合者であるセナも、非常に興味深い観察対象なのだ。
試験を先送りにしている間にダンジョンの異変が拡大し、必要な観測ができなくなる。そうなる前に、できることを進めておきたい。
合理的といえば合理的な判断だった。
「セナ、どうする?」
俺は彼女に尋ねた。
決めるのはセナ自身だ。
MAは、ただの防具ではない。適合できなければ身体そのものに異常が生じ、人間の姿を保てなくなる危険もある。
それを理解したうえで、どうするか。
セナは少しだけ考えてから、御堂へ視線を戻した。
「試験を受ける前に、もう一度だけ確認させてください。起動後に身体の変化が制御できなくなった場合、どこまで対応できるんですか?」
『身体変化の進行を抑えられる可能性はあります。ただし、完全な停止を保証できるものではありません』
「分かりました。では、適合試験の結果と、異常が出た場合の手順を事前に確認させてください。それが終わってから、最終判断をします」
『承知しました。資料をお送りします』
御堂は、そこで少しだけ笑みを浮かべた。
『慎重な判断だと思います。こちらとしても、適合性を無視して試験を強行するつもりはありません』
「……ありがとうございます」
通信が切れたあと、セナは小さく息を吐いた。
「MAを使うこと自体には、まだ迷いがある。でも、昨日のオーガ戦を経験して、考え方は少し変わったかな」
「装備の限界を感じたからか?」
「うん。攻撃を避けられても、倒せなければ意味がない。これからもっと強い魔物が現れるなら、今のままでいいのか考えなきゃいけないから」
俺は頷いた。
「ただ、焦って決める必要はないぞ。ウォッチャーが急いでいるからって、セナまで急ぐ必要はない」
「分かってる。だから、必要な確認を済ませてから決めるよ」
セナは、いつもの落ち着いた表情に戻っていた。
MAは危険な兵装だ。
それでも、今の彼女は、恐怖だけを理由に可能性を捨てるつもりもないらしい。
俺はその判断を尊重することにした。




