三年前の事故の真相――俺は『適合者』だった
少しだけ悩んだが、結局俺はその依頼を受けることにした。
ぶっちゃけて言えば、切実に金がなかったからだ。それに、念のためもう一度探索者協会とやり取りして確認したところ、俺は案内さえすれば、ほとんど戦わなくてもいいという話だった。それも決め手になった。
「案内人ね。仲間たちは死んでるし、俺しかいないってことなんだろうな」
仲間たちが生きていて、Sランクの能力を維持していたのなら、俺など呼ばれもしなかっただろう。
自分に言い聞かせるように呟いて、俺は苦笑しながら肩をすくめた。
指定された日、俺は集合場所である探索者協会のロビーへ向かった。
そこには、依頼人側の探索者が四人、すでに待っていた。
装備を見れば、すぐに分かる。こいつらは強い。
統一された防具には見慣れない黒い意匠が施され、武器や装備も、かつて俺が使っていたものより明らかに新しく、性能の高そうなものが揃えられていた。
しかし、どこか違和感がある。
チグハグというか……うまくは言えないが、装備に着られているような印象を受けた。
「黒瀬さんですよね」
先頭に立っていた男が一歩だけ近づき、顎を僅かに引いて俺を見る。表情は硬く、歓迎するというより、本当に俺で間違いないのかを確かめているような視線だった。
「ああ、俺が黒瀬旭だ」
俺も相手の目を真っ直ぐ見返し、僅かに目を細める。
男は小さく頷いたものの、その目には俺自身への興味らしいものはほとんど浮かんでいなかった。
「時間がありません。すぐに行きましょう」
男は一度だけ時計へ目を落とし、すぐに俺へ視線を戻す。言葉遣いこそ丁寧だが、返事を待つこともなく、ダンジョンの入口へ身体を向けた。
俺を一人の探索者として見るつもりはないらしい。
だが、それでいい。
俺は俺の仕事をするだけだ。
同行者の一人が、周囲を警戒しながら小型の記録用ドローンを取り出した。
手のひらから放たれたドローンが低い駆動音を響かせながら上昇し、俺たちの頭上を一定の距離で追従していく。
「依頼人への記録用です」
男は機体が安定したのを確認してから、俺へちらりと視線を向けた。
「そうか。依頼人が何を知りたいのかは分からないが、確かに記録は必要だからな」
俺も軽く頷き、飛び上がったドローンを見上げる。
そう説明されれば、それ以上追及する理由もなかった。
俺も一応、配信をしておいたほうがいいだろうか。
胸ポケットに入れたスマホ型の安いカメラを、ミュートのままオンにした。
四人とともにダンジョンへ入り、十層、二十層、三十層と順調に進んでいく。
深く潜るほど魔物も強くなり、地形も複雑になっていったが、それでも同行者たちの動きにはほとんど乱れがなかった。
三体の魔物が前方から飛び出してきた。
先頭の男が右手を僅かに上げ、後ろの三人へ合図を送る。表情は驚くほど冷静だった。
「――散開」
短い指示と同時に、黒い光が走る。
一体目が倒れ、続けざまに二体目、三体目までがほとんど間を置かず地面へ崩れ落ちた。
誰も勝ち誇った顔をしない。仲間同士で確認し合うこともなく、それぞれが無言で武器を構え直す。
戦闘というより、決められた作業を処理しているような手際だった。
「……ずいぶん手際がいいな」
俺は倒れた魔物を眺めながら、感心半分、警戒半分で男に声を掛ける。
男は足を止めず、前を向いたまま目だけを俺へ向けた。
「三年前と同じですよ」
「……何? どういうことだ、それは」
俺は眉を寄せ、男の横顔を見る。
その言葉が妙に引っかかった。
しばらくして、俺の中にも別の違和感が生まれ始める。
ここから先は、以前の探索でも辿り着いたことがある。
俺は足を緩めながら、壁や分岐を見回した。
地形にも確かに見覚えがあるはずなのに、いざ思い出そうとすると、その先の記憶だけが妙に曖昧だった。
どこを通ったのか。どこで何を見たのか。
断片だけが霧の向こうに隠されているようで、はっきりとした形にならない。
「ここから先は、俺でも知らない」
俺は前方を見つめたまま、苦いものを噛み潰したように口元を歪め、後ろの仲間たちへ伝えた。
その直後だった。
「下がれ」
先頭の男が片手を横へ伸ばし、四人へ制止の合図を送る。
表情が険しくなり、その目だけが頭上を鋭く捉えていた。
次の瞬間、男が腕を振る。
黒い光が鋭く空中を走り、俺たちの頭上を飛んでいたドローンが一瞬で粉々に砕け散った。
「……何を?」
俺は飛び散った残骸へ目を向け、それから男を見る。
声には困惑と警戒が滲み、右手が自然と剣の柄へ伸びた。
男は落下していくドローンの残骸を冷たい目で見つめてから、ゆっくりと俺へ視線を戻した。
「もう必要ない」
その言葉を聞いた瞬間、ようやく俺は理解した。
最初から、こいつらは深層を案内してほしかったわけじゃない。
俺をここまで連れてくること、それ自体が目的だったのだ。
「お前たち……何者だ?」
俺は男たち全員を見回しながら、ゆっくりと剣を抜いた。
その瞬間、四人が一斉に動いた。
速い。
あまりにも速かった。
俺が目を見開いた次の瞬間には、四人の姿がそれぞれ別の方向から迫っている。
互いに一言も交わしていないのに、視線と僅かな手の動きだけで連携しているのが分かった。
反射的に身体を捻って避けようとする。
だが――三年前なら避けられたはずの攻撃に、今の俺の身体はついてこなかった。
かつてなら見切れた軌道が、今はただの黒い線として視界を横切っていく。
次の瞬間、黒い光が足元を走り抜けた。
まるで身体そのものを縫い止めるように、俺の自由が奪われる。
「ぐっ……!」
俺は苦痛に顔を歪め、動かなくなった脚へ視線を落とす。
必死に身体を動かそうと歯を食いしばるが、脚は言うことを聞かなかった。
先頭の男が、そんな俺を見下ろしながらゆっくりと歩み寄ってくる。
「我々はアビス帝国の者だ」
男は俺の前で立ち止まり、感情をほとんど見せないまま真正面から俺の目を見据えた。
「アビス……帝国?」
聞き慣れない名を確かめるように呟き、俺は困惑したまま男を睨み返す。
男は俺の反応を確認するように目を細め、それからゆっくりと俺の胸元へ視線を落とした。
「三年前から、お前の身体には特殊な反応が残っている」
男はそう言いながら、俺の胸元を指で示した。
「俺の身体に?」
俺もつられるように胸元へ目を向ける。
男は静かな声で続けた。
「だから確認する。お前がまだ、人間の側にいるのか。それとも適応してこちら側に来たのか」
意味が分からない。
「どういうことだ。まったく意味が分からない」
焦りを隠せないまま問い返す。
だが、男の表情からは何も読み取れない。
「ダンジョン探索で人間の体が強化される理由は何だと思うか?」
男はまるで答えを試すような口調で問いかける。
俺は戸惑いながらも、知っている常識を答えた。
「魔力によるもの、じゃないのか?」
「では魔力とは何だ?」
「体を強化したり、魔法を使えるようにするものだろう?」
男は僅かに口角を上げた。
「ふ。因果が逆だ」
「逆だと? それは一体どういう意味だ?」
男はほんの一瞬、仲間の方へ視線を送った。
「わからないならそれでいい。だが、かつてのお前が強い力を手に入れたことには、我々が関係しているとだけ言っておこう」
男が仲間たちと短く視線を交わし、再び俺へ向き直る。
その声音には、ほんの僅かに苛立ちが混じっていた。
次の瞬間、男の手から伸びた黒い光が、一直線に俺の胸へ向かってくる。
「がぁっ!」
触れた瞬間、全身を引き裂かれるような激痛が走った。
俺は胸元を押さえようと腕を動かすが、身体が言うことを聞かない。
歯を食いしばり、苦痛に顔を歪めながら、それでも何とか意識を繋ぎ止めようとする。
三年前の事故以来、胸の奥にずっと残っていた、言葉では説明できない何かが、その瞬間になって初めて、はっきりとした存在感を持って主張し始める。
心臓とは違う。
魔石とも違う。
もっと別の何かだった。
それが黒い光に触れた瞬間、大きく脈打つ。
「やはり……適合者か!」
男は目を見開き、思わず一歩だけ後ろへ下がった。
その表情に、初めて驚きが浮かぶ。
だが、それは一瞬だった。
男はすぐに仲間へ視線を送り、僅かに顎を引く。
四人のうち一人が無言で頷き、それを確認した男が再び俺へ視線を戻した。
「何なんだ……これ……」
俺は苦しげに息を吐きながら男を見上げ、震える声で問いかける。
だが、答えは返ってこない。
男は俺を見つめたまま唇を固く結び、他の三人へ目を向ける。
三人もまた互いに顔を見合わせるだけだった。
誰一人として答えを持っていない。
その沈黙が、かえって不気味だった。
やがて男が、僅かに手を上げる。
その合図を見た三人が一斉に表情を引き締め、無言のまま身構えた。
次の一撃が、容赦なく身体へ叩き込まれた。
「これでも生きていられるなら、やはりお前は此方側だ!」
衝撃が全身を突き抜け、俺は声を上げることすらできないまま身体を弓なりに反らす。
その瞬間、身体の奥で何かが砕けたような感覚がした。
そして俺は、そのまま暗闇の底へと落ちていった。




